アの物語 『 』
みんなは、変な視線を感じたことある?
自分一人しかいないはずなのに、どこからか誰かに見られているような、そんな視線を感じたことはある?
僕はね、みんなも知っている通り、誰かに注目されることがすごく苦手だから、人並み以上に視線に敏感なんだ。
だから、ね。
分かるんだ。
幽霊ってね。僕たちが一人でいるのを見付けると、どこからかやって来て、ただ茫然と僕たちのことを見てるんだ。生きている僕たちを呪おうとする訳でもなくて、悪戯をしようとする訳でもなくて、ただ見てるんだよ。
たぶん、彼らは気付いてほしいんだと思うんだ。
生きている人間はこんなにも多くいるのに、死んでいる自分を見てくれる人は一人もいない。
――お願いだから僕を見て、僕はすぐ傍にいるんだよ。
君のすぐ隣で見ているんだよ。
だから、僕を見て――
自分のことを見てほしくて、彼らは僕たちが一人になるのを見付けては、僕たちのことをただ見てるんだ。
いつか、偶然にも目が合うことを信じて。
実の息に当たって火が消える。
五つあったロウソクも、今では陽平の一つが灯るばかりである。
実が物怖じして固まったときはどうなるかと思ったが、何だ意外にやるじゃないか、と涼弥は胸の中で予想以上に頑張った実に拍手を送ってやった。
そして、メガネの奥の瞳が、唯一の明かりを手にする陽平を捉えた。陽平は涼弥と視線を合わせ、小さく顎を引いてから囁くように喋り始めた。
「サルとヒトの違いが何かは、前に授業で渡辺が話してたよな」
「二足歩行、喋ること、火を起こすこと」
間を置かずに玲が言った。
授業中は読書に集中しているのかと思ったが、意外と聞いているらしい。さんざん渡辺をもてはやしておきながら、自分はほとんど覚えていないことを涼弥は多少恥ずかしく思い、唾を吹き飛ばしながら担任が語っていた話をおぼろげな記憶から掬い上げる。
――たしか猿は、短い間なら二本足で歩けるし、人の言葉ではないけど会話みたいなことはしてるんだっけか。けど、火だけは人にしか起こせないんだよな。
涼弥が授業の復習を密かにしているとは思いもよらない陽平は、皆周知であるかのようにさくさくと話を進めていく。
「二足歩行のことは一先ず置いといて――ここで大事なのは言葉と火。それは人間と猿、つまり、ヒトとケモノを分かつ境界なんだ。複雑な言葉が俺たち人間の知性の象徴とするならば、火は人の理性の象徴だといえると思うんだ。このことを念頭に置いて、今から俺がするある事件の話しを聞いてほしい」