第十五話 来客
工場に見慣れない人間が来たのは、月曜日の午前中だった。
四十代の男性。スーツの仕立てがいい。名刺を出した。
「東洋繊維商事、桐島」と書いてあった。
社長は奥の机で書類を読んでいた。桐島さんが来たと伝えると、社長の顔が少し変わった。
「通して」
桐島さんは工場を一周見回した後、社長の前に座った。
私は隅で書類整理をしていたが、社長が「おって」と目で言ったので、そのまま残った。
「末永さん、最近JAXA(宇宙開発の国家機関)と仕事をされているそうですね」
「どこから聞いたとね」
「業界は狭いので」
桐島さんは笑った。感じのいい笑い方だった。
「素材の調達でお力になれることがあればと思いまして。東洋繊維商事は素材開発も手がけておりまして、宇宙関連の特殊素材も扱っています」
「うちはもう素材を選定しとる」
「そうでしたか。では、縫製技術についてはいかがですか。量産に向けた工程設計のご支援も――」
「縫製は、うちでやる」
社長は短く言った。
桐島さんは少しだけ表情を変えた。でも、笑顔は崩れなかった。
「失礼ですが、JAXA(宇宙開発の国家機関)案件となると、量産の際に御社の現在の体制では――」
「量産のことは、向こうと相談しとる。今は試作の段階や」
桐島さんが帰った後、社長は少し黙っていた。
「あの人、またくると思う」
「どういう人ですか」
「悪い人じゃない。ただ、商売が上手すぎる。うちの技術を安く買い叩きに来とる、というわけじゃないけど、主導権をどこに置くかの話が始まるけん」
「主導権、というのは」
「JAXA(宇宙開発の国家機関)との窓口を、間に入って取ろうとするかもしれん。素材を提供する代わりに、プロジェクト(仕事)全体の仕切りを取る、というのが商社のやり方やけんね」
私は桐島さんの名刺を見た。
東洋繊維商事。業界最大手の一つ。末永繊維とは規模が比較にならない。
「社長は、それを断りますか」
「……まだわからん」
社長は外を見た。
「うちには金も人も足りん。助けは必要かもしれん。でも、何を渡して何を渡さんかを、はっきりさせないかんとよ」
その夜、私は書いた。
渡せるものと、渡せないものの整理。
素材の調達ルート(仕入れ経路)。量産工程の設計。JAXA(宇宙開発の国家機関)との折衝窓口。
渡せないもの。
ヨシコさんの身体観察。トミエさんの縫い方。職人たちの指先が持っている四十年分の記憶。
これは渡せない。移転できない。
そもそも、言語化もできていない。
私はペンを止めた。
言語化できないものを守ることが、できるのだろうか。
了
次回 第十六話 交渉




