第九話
ルチアは、あまりにも多くの傷を負ってきたせいか、
とても寂しがりで、甘えん坊な女の子だった。
この小屋には、気づいたときには寝室が二つあった。
それでもルチアは、
「ヴァレリア様の隣でないと、不安なのです」
そう言って、夜になると私のベッドに潜り込んでくる。
眠っている間も、指先が私の袖を探していることがあった。
まるで、離れてしまえば二度と戻れないと恐れているようで。
その手負いの姿が、あまりにも切なくて。
私は、ルチアの願いをできる限り叶えようと心がけた。
今の私たちは、たった二人きりの家族のようなものなのだから。
そんなある夜のことだった。
ルチアは眠る前、ベッドの上で背筋を伸ばし、
小さく呼吸を整えてから、私をまっすぐに見つめた。
「ヴァレリア様」
その声は静かだったけれど、
逃げ場を断つような覚悟が滲んでいた。
「どうか……私のすべてを、聞いてくださいませ」
「そして、私の懺悔をお聞きください」
私は、何も言わずに頷いた。
ルチアは、感情を押し殺すように語り始めた。
できるだけ淡々と、事実だけを並べるように。
それでも、ときおり言葉遣いが崩れ、声がわずかに震える。
それだけ、この話が彼女にとって重いものなのだと、
私はその声で理解した。
身じろぎもせず、
耳も、心も、すべてを彼女に向ける。
ルチアは少し視線を落とした。
どこから話せばいいのか迷っているようで、
けれど、もう逃げないと決めた人の表情だった。
「……私が、聖女として覚醒したのは、八つの時でした」
淡々とした口調。
けれど、その声はほんのわずかに掠れている。
「伯爵夫人が、私の目の前で倒れたのです。
激しい頭痛で、床に崩れ落ちて……」
その光景を思い出すように、
ルチアは言葉を慎重に選びながら続けた。
「怖くて、どうしていいか分からなくて……
ただ、手を伸ばしました」
すると、夫人の苦悶は和らぎ、
やがて静かに眠るようになったという。
「それを見ていた大人たちは、騒ぎ出しました。
“奇跡だ”と、“聖女だ”と」
その日のうちに、ルチアは教会へ連れて行かれた。
「……それからは、ずっと、でした」
小さく息を吸う。
「癒しを求められ、祈ることを求められ、
休むことは、ほとんど許されませんでした」
“聖女”としての価値。
それだけが、彼女の存在理由になっていったのだろう。
「間違ったことを言ってはいけない。
余計なことを口にしてはいけない。
そう言われ続けているうちに……」
ルチアは、そっと自分の喉に触れた。
「私は、だんだん、話すことが苦手になりました」
その仕草を見て、
どれほど多くの言葉を飲み込んできたのかが伝わってきた。
「……聖女には、声は要らないのだと、
そう思うようになったのです」
国王の癒しは、特に過酷だったとルチアは言う。
「一日に、何度も。
ほとんど一時間おきでした」
力を使うたびに、
彼女の身体は確実に削られていったのだろう。
「このままでは、死ぬのだろうと……
そう思ったことも、一度や二度ではありません」
それでも、拒むことは許されなかった。
ルチアはそこで言葉を止め、
ゆっくりと顔を上げた。
「……ヴァレリア様」
その瞳が、わずかに揺れる。
「ヴァレリア様が、何もしていないことは……
最初から、分かっていました」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「転んだときも。
シャンパンをかけられたときも。
ヴァレリア様は、ただ、そこにいただけでした」
それなのに。
「私は……声が、出ませんでした」
その言葉は、震えていた。
「違う、と叫びたかった。
私に足をかけたのは、
シャンパンをかけたのは、ヴァレリア様ではない、と」
けれど――
「言葉にしようとすると、
喉が凍るようで……」
それが、彼女の懺悔なのだと分かった。
「……ごめんなさい」
小さな声だった。
けれど、長い年月を押し潰して絞り出した声だった。
ルチアは、胸の前でそっと手を組む。
「それでも……」
その表情が、ほんの少しだけ変わった。
「ヴァレリア様に初めてお会いした時、
私は、隣にいたいと強く思ったのです」
「ここにさえいられれば、
他の場所なんて、必要ないと」
その一言で、
彼女がどれほど孤独だったのかが伝わってきた。
「ヴァレリア様に会うたびに、
また生きようと思えました」
だから、そばにいたのだろう。
だから、離れられなかったのだろう。
「……だから……ついてきてしまいました」
最後の言葉は、ほとんど囁きだった。
私は、しばらく何も言えなかった。
ただ、震える指先を見つめて、
この小さな身体に、どれほどの重荷が積み重ねられてきたのかを思った。
そして、静かに口を開く。
「……謝らないでくださいませ」
思った以上に、落ち着いた声が出た。
「ルチアは、十分すぎるほど、
頑張ってこられました」
そっと、その手を包む。
「今は……ここにいます。
それで、いいのですわ」
ルチアの瞳から、音もなく涙が零れ落ちた。
それは、聖女としてではなく、
ひとりの少女として流した涙のように見えた。




