第八話(王太子視点)
私は、まず「追放先」とされていた場所へ向かった。
地図に記されたその地は、文字通りの地の果てだった。
風は荒れ、地は痩せ、夜になれば魔物が這い出る。
――追放とは名ばかりだ。
これは、死ねと言っているのと同じだ。
道中、魔物に襲われた。
護衛は傷を負い、私自身も剣を抜いた。
王太子が、追放地で魔物と剣を交えるなど、本来あってはならない。
それでも進んだ。
そこに彼女がいるはずだと、信じていたからだ。
だが。
そこに「ヴァレリア・ルピウス」はいなかった。
小屋もない。
人の気配も、生活の痕跡もない。
あるのは、荒野と冷たい風だけだった。
――欺かれた。
そう理解するのに、時間はかからなかった。
彼女は、ここにいない。
いや、最初からここへ来てすらいないのだ。
私は地図を何度も広げ直し、
村とも呼べぬ寒村の噂を拾い集め、
辿り着いては違い、また向きを変えた。
追放地を探し回って、一ヶ月。
ようやく辿り着いた先が、ここだった。
雪は、やけに白かった。
白一色の中で、道だけが不自然に踏み固められている。
――ここは、追放先ではない。
地図のどこにも記されていない場所だ。
馬を止め、息を整える。
外套は裂け、装いは崩れ、威厳どころか王族の面影すらない。
この姿で彼女の前に立つなど、あり得ない。
私は一度、引き返した。
水を浴び、汚れを落とし、
剣を磨き、髪を結い直し、
外套を新しいものに替える。
王太子は、王太子でなければならない。
威厳は装備だ。崩れれば負ける。
そうして再び馬に跨り、
私は――威風堂々と、その村へ姿を現した。
すべては、悪女を断罪するために。
小屋の扉が開いた。
現れたのは、ひとりの女性だった。
――いや。
ヴァレリア・ルピウス。
息が止まる。
美しい。
あまりにも、当然のように美しい。
雪の中に立つ姿は静かで、
冬の光を受けて、彫像のようだった。
――騙されるな。
私は心の中で自分を叱りつける。
美しいのは罠だ。
静かなのは計算だ。
あれは、悪女だ。
だから私は、声を尖らせた。
「よくも王族と国を欺いたな、ヴァレリア・ルピウス」
彼女は驚きもせず、ただ瞬きをする。
「……殿下?」
その声。
昔と変わらない、柔らかい声。
胸の奥が勝手に疼くのを、私は怒りで押し潰した。
「白々しい。ここは追放先ではない。
公爵家の力で、場所をすり替えたな?」
そのとき。
彼女の背後から、影がひとつ現れた。
聖女――ルチア。
以前の青白さは消え、
整えられた姿で、ヴァレリアの傍に立っている。
侍女のように。
いや、それ以上に――彼女を庇う者として。
私の中で、何かが冷えた。
「聖女を返せ」
その言葉に、ルチアは一歩前に出た。
ヴァレリアを守るように。
……なるほど。
ここまで、聖女を堕としたか。
「今回のようなことをした以上、
追放などという甘い処分では済まされない」
私は言い放つ。
「悪女よ。
王宮の地下牢が、これからのお前の居場所だ」
そう言いながらも、
私は――彼女から目を逸らせなかった。
美しい。
腹立たしいほどに。
だからこそ、私は確信する。
――ヴァレリアは、本物の悪女だ。




