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第五話

朝の冷たい空気の中、小屋の扉を開けると、村は静まり返っていた。


雪は踏み固められている。

道は整い、崩れた家も見当たらない。

寒村と聞いていたけれど、荒れた様子はなかった。


……あら。


私は、ぼろぼろの防寒マントの前を押さえながら、一歩、外へ出る。

昨日は寒さに驚いたけれど、今朝はそれほどでもない。

空気は澄み、肺の奥まで冷えるのに、不快ではなかった。


小屋の前を通りかかった人影に、私はそっと声を掛ける。


「あの……」


男はぴたりと足を止め、こちらを向いた。


「昨日、食べ物を置いてくださった方に、お礼をお伝えしたくて。

どなたがくださったものか、ご存じですか?」


そう尋ねると、男は一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに首を振った。


「……存じません」


それ以上は何も言わない。

声は低く、落ち着いていて、余計な感情がなかった。


「そう……ですか」


私は微笑み、軽く頭を下げる。


別の人にも声を掛けてみた。

返ってくる答えは、同じだった。


存じません。

分かりません。

申し訳ありません。


けれど、皆、礼儀正しい。

立ち姿がよく、視線を逸らす角度まで揃っている。


……まるで。


私はふと、公爵家の庭を思い出した。

朝の見回りに出る騎士たち。

命令がなくとも、静かに役割を果たす人々。


ここ、とても公爵家に似ているわ。


村の住民は皆、公爵家の騎士のようだし、

小屋の中は、公爵家の私の部屋みたい。


私が世の中を知らないだけで、どこの人もこんなものなのね。


そう結論づけると、胸の奥が少し軽くなった。


――そのときだった。


「ヴァレリア様ーーー!」


遠くから、聞き覚えのある声が響く。


振り向くと、聖女様――ルチアが、小屋の方からこちらへ走ってきていた。

まだ足元がおぼつかない様子で、何度もよろめきながら。


「まあ!」


私は慌てて駆け寄る。


「まだ無理をしてはいけませんよ。どうして外へ――」


「私、ヴァレリア様が隠されてしまったのかと……!」


息を切らしながら、必死に言う。


「ああ、またお会いできて良かった……

わたし、ヴァレリア様が隣にいないと、不安で……」


そう言って、私の袖をぎゅっと掴む。


私は驚きつつも、その手をそっと包んだ。


「大丈夫ですわ。私はここにいます。

ですから、落ち着いてくださいませ」


ルチアの指先は、まだ冷たい。


私は彼女を支えながら、小屋へ戻った。


扉を閉めた瞬間、外の冷気が遮断される。

中には、焼きたてのパンと、出来たてのスープが用意されていた。


……まあ。


思わず立ち尽くしてしまう。


隣で、ルチアが息を呑んだような気がした。


私はふと視線を向ける。


ルチアは、愛らしい大きな目を、さらに大きく見開いていた。

瞬きもせず、まるで何かに張り付いたように。


唇はゆるやかに持ち上がり、笑みの形をしている。

けれど、その笑みはどこか動かず、作られたもののようにも見えた。


……あら?


そう思ったのは、一瞬だけだった。


きっと、温かい食事を見て安心したのだろう。

長い道のりで、よほど疲れていたに違いない。


「座りましょう。冷めてしまいますわ」


私はそう声を掛け、ルチアの肩に手を添える。


その瞬間、彼女の指先が、私の袖をぎゅっと掴んだ。


離さない、というよりも。

――離れない、という力だった。


私はその意味を深く考えず、ただ微笑んだ。


聖女様は、きっと今までずっと、ひとりで耐えてこられたのだ。


だから少しだけ、甘えたいのね。


私はそう思うことにした。


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