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第十七話

王都の門が開いた瞬間、国王は勝った顔をしていた。


薔薇の枯れた都。土の死んだ国。

それでも、王冠だけはまだ重い。だからこそ、王はそれを信じた。

――奪えば戻る。奪えば、都はまた息をする。


「見ろ。兵は集まった。民は黙る。貴族は従う」


そう言い放つ声は大きい。

だがその足元で、貴族たちは目を合わせなかった。


彼らは従っているのではない。

隠れているだけだ。


飢えた民衆の前へ出れば石が飛ぶ。

倉を閉ざした家には夜ごと火がつく。

泣き叫ぶ声が、門の外まで届く。


「子どもが死んだ!」

「畑が死んだ!」

「王は何をした!」

「聖女様を捨てた罰だ! 聖女様を返せ!」


誰もが怒っていた。

怒りは祈りになり、祈りは呪いになり、都を満たしていた。


それでも王は笑った。


「黙れ。国は王が動かす」


そして、滑稽なほど意気揚々と行軍を始めた。


――王都を出て、すぐ。


背後で、空気が割れた。


号令でもない。

太鼓でもない。

ただ、刃が風を切る音がした。


振り返るより早く、隊列の後ろが崩れる。

槍が倒れ、馬がいななき、兵が雪を転がる。


「な――」


王の喉から出た声は、言葉にならなかった。


旗が見えた。


黒く硬い意匠。

鉄のような規律。

それが、風の中で揺れる。


「フェロス帝国……だと?」


理解が追いつく前に、すべてが終わった。


数で勝っているはずの軍が、形のまま切り取られていく。

指揮の声が届かない。

味方同士がぶつかり、逃げ道だけが踏み固められる。


王の周りに残った護衛は、十にも満たなかった。


そして――捕えられた。


縛られた腕が痛い。

王冠が歪む。

誇りが、ほどけて落ちる。


連れて行かれたのは、戦場ではない。


王都の広場だった。


民が集まっていた。

いや、集められていたのではない。

最初からそこにいたのだ。


飢えた目。

泣き腫らした目。

憎しみだけが生き残った顔。


高台に立つ男が、国王を見下ろす。


フェロス帝国軍最高指揮官――カシウス。


「さて。国王をどうするか」


静かな声だった。

嘲りも、怒りもない。

ただ、手順を確認する声。


「それは私が決めることではない」

「――国民に聞くべきだろう?」


民衆が、息を吸う音がした。


次の瞬間、叫びが爆発する。


「殺せ!」

「憎い!」

「許さない!」

「子どもを返せ!」

「家族を返せ!」

「聖女様を返せ!!」


殺せ、殺せ、殺せ。


大合唱だった。

一人の声ではない。

飢えた都そのものの声だった。


国王は喉を鳴らした。

助けを求める相手は、もういない。


貴族は隠れた。

王太子は遠くにいる。

神も、沈黙している。


カシウスは一度、民を見回した。

そして、頷いた。


「ならば――答えるのみだ」


処刑は速かった。

ためらいはない。

儀式もない。


首は落ち、掲げられた。


さらし首。


都に、歓声とも嗚咽ともつかない声が満ちる。

その下で、血の匂いだけが冷たく残った。


――そして、その日のうちに。


王宮は、空になった。


侍従もいない。

騎士もいない。

ヴェルディアの紋章も、もう壁に残っていない。


いるのは、フェロスの軍服だけ。


玉座の間は、広い。

広いまま、空虚だ。


男の硬質な軍靴の音だけが、空の玉座の間に響く。


カシウスは中央へ進み、段を上がり、玉座に腰を下ろした。


背後では、部下たちが黙って見ている。

誰も声を上げない。

ここが“そういう場所”だと、理解しているからだ。


カシウスは、軽く口元を上げた。


「言われた通りに動いたら、まさに言われた通りの結果になるとは。これはおもしろい」


笑った。

嘲りではない。

盤面の通りに駒が倒れたことを楽しむ、乾いた笑みだった。


「……なるほど。これから交渉する相手とは、ふざけた態度では向き合えないな」


そう言って、もう一度だけ笑う。


「――笑えるくらいに、正確だ」


部下たちは黙っている。

誰も、その“相手”の名を口にしない。


だが全員が、同じ方向を理解していた。


寒村。

町。

そして、そこにいる“核”。

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