第十三話(宰相視点)
手の中で、ぼろぼろと崩れていく薔薇を見つめ、私は小さく息を吐いた。
花弁は色を失い、指先に触れただけで灰のように落ちていく。
香りは、もうない。
「……王都の花は、全滅ですか」
背後からの問いに、私は否定も肯定もせず、ただ静かに頷いた。
「薔薇の都、とは……ずいぶん懐かしい言葉になりましたね」
そう呟いてから、くい、と眼鏡を押し上げる。
困ったように口元を緩めたその表情は、同情とも諦観ともつかない、どこか退廃的な色を帯びていた。
窓の外に広がる王都は、相変わらず整然としている。
人は行き交い、城は聳え、秩序は保たれている。
――だが、土が死んでいる。
花が咲かぬ都は、もはや“都”ではない。
それを理解できない者が、上に立っているという事実だけが、
この国で最も深刻な異変だった。
私は崩れた薔薇を、静かに手放す。
「……これは、最初の兆候でしたね」
誰にともなく、そう告げる。
声は穏やかだったが、その裏で思考はすでに次の段階へ進んでいた。
私は机の上に置かれた書類へと指先を伸ばした。
封蝋はすでに割られている。
中身も、読む前から分かっていた。
「鉱山の件ですが」
報告役の声は、わずかに掠れている。
「北部、東部、南部。すべて同じ状況です」
「金脈、銀脈、ダイヤ鉱床……採掘された瞬間に、ただの土と石に変わります」
私は思わず、小さく笑った。
「それはまた……随分と手の込んだ奇跡ですね」
奇跡、と呼ぶにはあまりにも皮肉だ。
いや――逆奇跡、と言うべきか。
「鉱山で金が急に土に変わるとは」
「富を生まない奇跡ほど、厄介なものはありません」
眼鏡越しに書類を流し見する。
数字は、どれも惨憺たるものだった。
王都の財源は、鉱山に依存している。
それが一斉に“死んだ”。
花が枯れ、鉱脈が消え、作物の育ちが鈍る。
――これは、偶然ではない。
「殿下は?」
何気ない調子で尋ねると、報告役は一瞬、言葉に詰まった。
「……ヴァレリア・ルピウスを追って、追放地へ向かわれました」
「正式に指定された場所です。ですが……」
「ですが?」
「……そこには、何もなかったそうです」
「小屋も、人の痕跡も。生活の形跡すら」
私は、静かに頷いた。
「でしょうね」
追放地は、あくまで国が“与えた”場所だ。
だが、もし――
それ以上に頭が回り、力を持つ存在が、
ヴァレリア・ルピウスの背後にいるとすれば。
そこに、彼女がいる理由はない。
「その後、殿下は周辺を探し回り……」
「地図に記されていない寒村に辿り着いたと」
そこで、私は初めて視線を上げた。
「一か月で、ですか」
有能とは言い難い。
判断力も、洞察力も、正直――凡庸だ。
それでも。
「……執念、というのは恐ろしいものですね」
追放の“真の行き先”は、
王都の上層部ですら正確に把握していなかった場所。
地図に載らず、記録にも残らない土地だ。
それを、力任せに嗅ぎ当てた。
「殿下は……かなり派手に動かれたようです」
私は、口角をわずかに上げた。
「そうですか。暴れてくださいましたか」
それは、心からの本音だった。
「殿下が暴れてくださったおかげで」
「私は、随分と楽に“そこ”へ辿り着けそうです」
薔薇が枯れ、鉱山が死ぬ。
それでもなお、王都は原因を探そうとしない。
――いや、探せないのだ。
自分たちが切り捨てた“存在”が、
この国を支えていた可能性を、
認めることになるのだから。




