第十一話(王太子視点)
「……私は、王都になど帰りたくありません!!」
張り裂けるような声が、雪に包まれた静寂を切り裂いた。
ルチアは一歩、前へ出ていた。
王太子殿下を、真正面から見据えて。
「それは……王太子殿下が、一番ご存じではありませんか!?」
その大胆な態度に、場の空気が凍りつく。
王太子だけではない。背後に控える者たちも、明らかに動揺していた。
聖女が、王太子に向かって声を荒げる。
それ自体が、あり得ない光景だった。
けれどルチアに、迷いはなかった。
彼女はもう、自分がどこに立っているのかを、はっきりと理解していた。
――私は、ヴァレリア様の庇護下にいる。
だからこそ、言える。
「私が倒れたとき……何度か、支えてくださいましたよね」
一瞬、間を置いてから、ルチアは続ける。
「その節は、ありがとうございました」
丁寧な礼。
けれど、それは前置きにすぎなかった。
「ですが――私が倒れたのは、王太子殿下の父君、国王陛下を癒したせいです」
はっきりと、言い切る。
「私の力は、使うたびに削れます。
それでも私は、命じられるまま、癒し続けました」
ルチアの声は、次第に熱を帯びていく。
「そして……」
彼女は、わずかに唇を噛んだ。
「王太子殿下が、私を何度も支えてくださったことで、
私は、貴族令嬢たちに目をつけられました」
空気が、さらに張り詰める。
「足を引っかけられました」
「シャンパンをかけられました」
一つ一つ、淡々と。
逃げ場を与えない、事実だけの言葉だった。
「もちろん、王太子殿下に直接の罪はないでしょう」
ここで、ルチアは一度、息を吸う。
「けれど――」
視線を、まっすぐに王太子へ向ける。
「これから申し上げることは、矛盾しているとお思いになるかもしれません」
それでも、と。
「何も知らずに。
何も見ようとせずに。
そうして“正義”の顔をして、偉そうに立っていること自体が――」
ルチアは、はっきりと告げた。
「私には、罪に見えます」
「それは……私の気のせいでしょうか?」
静寂。
雪が落ちる音さえ、やけに大きく感じられた。
誰も、すぐには言葉を発することができなかった。




