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暫く後、目を覚ました俺は、芳信和尚から少し穂玖詞寺に留まって修行をしていくようにと言われる。
「君の実力は仕事を任せるに十分だが、それでもここでの修行はこれからの旅に役立つ。君も、自分の知らぬ技が存在する事を知っただろう? 急ぎの旅でないのなら、少しでも自分の知らぬ技への対処を学んでいきなさい」
……と、そんな風に。
そうまで言われれば、否とは言えない。
柳才師の頼みとはいえ、自分の技を見せた上で、その対処を学んで行けと言ってくれるなんて、武芸者ならばあり得ない事である。
自分の技を披露するのは、優位を手放すに等しいのだから。
もちろん名や金、地位や弟子を得る為に技を披露する、技を売る事はあるけれど、俺にそうしたところで芳信和尚には何の得もない筈なのに。
これが武芸者と僧の違いだろうか?
いずれにしてもその言葉からは、深い優しさを感じた。
寝泊まりの場所は、客用から、他の僧等と同じ場所になる。
お客様扱いは終わったって事だろう。
だから俺も、他の僧らと同じように寺の用事をして、慣れぬ経を読み、同じ訓練を積む。
別に鬼を探す旅を諦めて僧になろうって訳じゃないが、それが向けられた厚意に対する最低限の礼儀だと思ったからだ。
他の僧等も、そんな俺に対して好意的に接してくれた。
特に仲良くなれたのは、想念という名の同い年の僧。
彼は刀の扱いに興味があるらしく、俺は彼に刀の扱いのコツを教え、彼は俺に穂玖詞寺で学べる槍術のコツを教えてくれる。
芳信和尚との手合わせで俺が敗れたのは、相手の気を読めなかった事もあったが、その後に打ち合いに持ち込めたにも拘らず、俺の膂力を技量でいなされた点が大きい。
打ち込んだ木刀に丸で手ごたえはなく、芳信和尚の棒に威力を全て吸い取られ、そして同じ勢いで回転した棒に襲われた。
まるで俺が風車を回したかのように。
ここで学んだところで、あの法力で気を隠す技を俺が会得する事はできないだろう。
法力は長年の修行の末に扱えるようになるもので、一朝一夕では身に付かない。
けれども、法力の存在を確かに認識した俺は、僧というその力の使い手の傍で過ごす事で、法力が動く気配、使われる気配を少しずつだが察せるようになっていく。
短期間の修行でそれが可能になったのは、元より俺が、気という力の扱いになれているからか。
法力とは真逆の力である呪力の行使も、今の俺は察せる筈だ。
恐らく、芳信和尚がここで俺に学ばせたかったのはこの察知だ。
何故なら妖怪の中には、陰気だけでなく呪力を行使して術を扱うものもいるそうだから。
あの鬼がそうした術を扱う類の妖怪には見えなかったが、この先、法力や呪力の察知は、俺の旅に必要となるんだろう。
……そうして、穂玖詞寺での修行を始めてひと月が過ぎた。
空気はすっかり冷たくなって、冬の始まりを感じさせる。
幸いこの辺りは雪が積もっても街道が通行不能になる程じゃないから、旅を再開しても問題はない。
これがもう少し北に行って連なる山を越えたなら、そこから先は豪雪地帯になるという。
冬の冷たい空気は己の中で気を燃やす感覚を掴み易くさせるからと、光陰流でも風神流でも、冬の寒稽古はしっかりとやらされる。
どうやらそれはこの穂玖詞寺でも同じのようで、僧等が皆、もろ肌を脱いで地に座禅を組み、寒空の下で気を燃やす。
本来ならば俺もそこに混ざるべきなんだろうけれど、今日は芳信和尚に話があるからと、呼び出しを受けた。
用件はもうわかってる。
あの鬼に関して知ってる事を教えてくれるのか、或いはこの先、俺がどうするのかって話だろう。
穂玖詞寺での生活、修行も悪くないが、何時までもここに留まる心算は、俺にはない。
何時までもここに留まれるなら、そもそも俺は風神流の道場を離れるって選択をしなかった。
一時、足を止めたり、回り道をするくらいは構わないが、それも結果として目標に近付く事に繋がるならばの話である。
その事は芳信和尚も承知のようで、
「さて、君が来てからひと月、私も色々と調べてみたのだけれど、君が遭遇した妖怪、鬼に繋がる情報は得られなかった」
話は余計な前置き無しで始まった。
でも、俺がこの寺で修行してる間、芳信和尚は情報集めに動いてくれていたのか。
考えてもなかった事に、思わず頭が下がる。
頭の中にある知識だけじゃなく、伝手を使って得られる情報も含めて、この人は物知りなのだろう。
「正直、私の耳に届かないとなると、普通の探し方でその鬼を見付け出す事はほぼ不可能に等しいだろう」
しかしそんな物知りですら、鬼に関する情報は何も持っていないのだ。
確かに、芳信和尚ですら手掛かりの得られない鬼を、一体どうやって見付ければいいのか。
その時、俺の顔には、無念や諦観といった感情が浮かんでしまっていたのかもしれない。
だが俺の顔を見た芳信和尚は首を横に振り、
「ただ、君が会った鬼が大袈裟じゃなく本当に千の時を修練したと言うなら、それはきっと大妖だ。有象無象の妖怪ならともかく、大妖に関しては、詳しく知ってる者がいる」
大妖と、俺が知らぬ言葉を口に出す。




