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「居場所は?」
俺は迷い館に問う。
迷い館の話を聞いて、確かに色々とあの鬼、天邪鬼の事がわかった気はする。
何故、妖怪の身に合わない技を敢えて使っているのかも。
けれども俺にとって真に大事なのは、天邪鬼の居所だ。
天邪鬼がどんな妖怪であっても、結局のところ、俺がやるべき事は変わらない。
「いいや、姿を消してる間の天邪鬼の居場所は儂にもわからん。己の支配地のどこかではあろうけれども……。ただ、次が何時、どこに出てくるかは、今日、四木殿がここに泊まってくれた事で見えるようになった」
迷い館は一度首を横に振り、けれども次に、天邪鬼が何時、どこに姿を現すのかはわかると言った。
あぁ、以前に聞いた、俗楽の花は所属する者と、それに関わった人間の過去や未来がわかると聞いた覚えがある。
どうやらそれは、迷い館の能力だったらしい。
「次に天邪鬼が姿を現すのは十年後、四木殿が都で十二年に一度行われる天覧試合を制した一カ月後の夜に、朽ちた道場のような場所で、両者が向かい合うのが儂には見えた」
そして迷い館は未来を語る。
十年後、俺の前にあの鬼、天邪鬼は再び姿を現すと。
「……一体、どこまでが掌の上だ?」
俺は思わず、迷い館にそう問うた。
それではまるで、最初から俺と天邪鬼の再会は決まっていて、これまでのこの旅が、まるで無駄になってしまうかのように感じたから。
八重との出会いも、交わした会話も、最初から決まった筋書き通りだったなら、そこに何の意味があるのかと。
「いいや、何も。儂が見る未来はただの断片で、四木殿と出会う八重の未来に少しばかりの可能性を感じただけ。見えた未来とて、そうなりそうだと言うだけで、実現しない事も十分にある得る」
しかし迷い館は、笑いを浮かべて首を横に振る。
その笑みは、まるで俺の青さを笑うかのようだった。
「例えば、四木殿がその十年後の天覧試合を制さねば、未来は変わり、天邪鬼がどこに現れるかはわからなくなる。四木殿がそれまでに死んだ場合も同じくのぅ」
諭すような物言いをする迷い館。
けれども、恐らくその言葉に嘘はないのだろう。
俺を騙す心算なら、もっと上手い言いようは幾らでもあるのだから。
未来が絶対のものでないなら、俺も納得できる。
歩む道の先に何があるのかがわかっても、結局のところ、その道を歩くと決めるのは自分で、足を動かす努力も自分でしなきゃならない。
ならば俺の決断、努力、これまで積み重ねてきたものも、これから積み重ねていくものも、決して無意味ではないのだ。
「わかった。十年後だな。感謝する」
今の自分が、あの鬼に届かない事はわかってた。
これまでは鬼を追いながら、自分を鍛えていくしかないと思っていたけれど、追う必要がなくなって、残りの時間もハッキリとしたなら、効果的に自分を鍛えられる。
ならば、十年あれば届くかもしれない。
「かまわんよ。天邪鬼の事も、このまま放ってはおけんと思ってはおった。それにどちらが勝つかは、儂にも見えておらん。四木殿が喰われて終わるだけかもしれんのだ」
もちろん、迷い館が言うように、俺が負ける可能性は決して低くないだろう。
だがそれは、最初から覚悟をしていた事だ。
今、敢えて鬼の捜索を続け、寝込みを襲うという方法もありはするが……、見つかるかどうかは賭けになるし、それは俺の望む決着の形じゃない。
「故に四木殿よ。八重をもろうて連れていけ」
しかし続く迷い館の言葉は、あまりに予想外のものだった。
急に何を言い出すのかと、睨むように迷い館の顔を見ると、
「あの娘なら四木殿の修練の邪魔にはならんし、こちらから連絡を送る事もできるようになる」
ニヤニヤと、意地悪そうな笑みを浮かべてそんな言葉を吐く。
確かに八重なら、俺の修練の邪魔にはならないだろう。
いや、それどころか、旅の間に俺が急激に成長できたのは、彼女の助けがあったからだとすら、思っていた。
加えて俗楽の花と連絡が取れるという事は、寒村での人百足討伐のような、妖怪を退治する機会に巡り合い易くなる。
「俺は、鬼に食われて死ぬかもしれんのにか?」
でもそれらは、俺の都合に過ぎない。
八重が支えてくれたとしても、十年後、俺はその甲斐なく死ぬかもしれないのだ。
そんな俺に付き合わせて、一体彼女に何の得があるというのか。
「別に構わんよ。そうなれば八重は、子を連れてこの里に帰って来るだろうさ。そうすればこの里は、強い武芸者の血を手に入れる」
当たり前のように、迷い館は言う。
あぁ、子か。
どうして武芸者の血なんてものを迷い館が欲するのかはわからないが、八重はこの里でも立場がある様子だったし、子を残すのは義務のようなものなのかもしれない。
或いは俺だって、光陰流の道場を継いでいれば、当然のようにそれは義務であった筈。
自分が継いだものを子にも継承する為に。
そう、自分に先はないと思い、これまで意識もしてこなかった……、いや、意識をしないようにしてきたが、かつてはそれが当たり前だと育てられた。
……けれども、あぁ、何故だろうか。
その子を成す相手が八重になるかもしれぬと思うと、どうにも動揺が抑えられない。
「逆に四木殿が生き延びれば、有力な武芸者、及びその流派との伝手が手に入る。どちらに転んでも、里にとって損はない」
更に、迷い館は言葉を続ける。
別に俺が生きようが死のうが、俗楽の花にとって損はないのだと。
だがそれも、あくまで俗楽の花、或いは迷い館にとっての都合だ。
そこで生まれ育ったのだとしても、八重という個人の都合では、決してなかった。
「八重の気持ちはどうなる」
俺は何とか、絞り出すようにそう問うた。
相分かったと言いたくなってしまう気持ち、欲を押さえ付けて。
「それを気にするなら、猶更にもろうて連れていけ。その上で、生き残るといい。そうすればあの娘も泣かずに済む」
すると迷い館は、そう言って楽しそうに、これまでのニヤニヤとした笑みとは違い、大口を開けて呵々と笑う。
そうか。
だったら、相手があの鬼であっても、死んで食われる訳にはいかないなぁと、俺はそんな風に思ってしまった。
「一体、どこまでが掌の上だった?」
俺はもう一度その問いを口にする。
でも今度は絞り出すようにではなく、少しだが、笑いながら。
「いいや、何一つ。役割を引き受けておぬしと旅をすると決めたのは八重で、あの娘を連れて旅をすると決めたのは四木殿だ。全てはおぬしと、八重が決めて積み重ねてきたのだよ」
迷い館の答えはやっぱり変わりがなくて。
……そしてそれから、十年の時が過ぎた。




