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八重椿(転生忍者奮闘記外伝・壱)  作者: らる鳥


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 集落の外れの大きな屋敷、そこに案内され、

「ここが迷い館様のお屋敷です」

 と八重に言われ、俺は少し驚く。


 いや、別に変な建築様式の建物だった訳じゃなかった。

 変わった建物は開戸の国で色々と見たし、今更そんな事では驚かない。

 それどころか、些か古い印象は受けるが、手入れの行き届いた立派な屋敷だと思う。


 ただ俺が驚いたのは、その屋敷から、陰気を少しも感じなかったからだ。

 一瞬、俺はこの屋敷こそが迷い館と呼ばれる大妖だとの予想を外したのかと疑ったが……、しかし、この屋敷が放つ存在感はただ事じゃないし、俺を観察するような視線も感じる。

 ならばやはり、この屋敷こそが迷い館と呼ばれる大妖で間違いない。

 恐らくは、迷い館が己の陰気を完全に制御しているから、俺が陰気を感じないのだろう。

 まるで年経た達人の武芸者が、己の気を全く外に漏らさずに静かにたたずむのと同じように。


 だが、妖怪が己の陰気を制御している事には驚いたが、一体何故、そうしているのかがわからなかった。

 自分を隠すというのなら、この存在感も抑えなければ意味がないように思うのだけれど……。


 まさか、自分の中に入る人間を、己の陰気で傷付けない為だろうか?

 確かに屋敷、家は人を寒さや外敵から守るものだ。

 それが自分に住む人を傷付けるようでは、存在意義の否定である。

 また人が住まぬ家は早く朽ちるというし、もしかすると迷い館は、自らの存在の維持に人を必要とする類の妖怪なのかもしれない。


 案内されるままに屋敷の中に入れば、人の気配はしないのに灯りはついていて、いや、それどころか湯気の立つ夕餉まで二人分用意されていて、八重とそれを平らげる。

 食事を終えたら、次は風呂に案内された。

 木の風呂には暖かな湯が満ちていて、俺はそこで旅の垢と疲れを落とす。

 そして湯から上がって部屋に戻れば、既に布団が敷かれて用意されている。

 なんというか、至れり尽くせりだなぁと思いつつも、俺は遠慮なく寝転がった。


 布団の心地よさと睡魔に身を任せて意識を手放せば……、

「お主、儂の正体に気付いておる割に、寝入る事に一切の躊躇いがなかったのぅ。肝が太いにも程があろう」

 ふと気付くと、俺は畳の上に座していて、正面には、ピシリと背筋の伸びた一人の老人が、呆れ顔でこちらを見ていた。

 なるほど。

 これは所謂夢枕というやつか。

 俺が見る夢に屋敷の主……、というか屋敷そのものである迷い館が入って来てるのだろう。

 或いは、夢そのものが迷い館が用意した会談の場なのかもしれないが、まぁ、どちらでも大差はない。

 単に俺が自分に都合のいい夢を見ているだけという可能性も皆無じゃないが、それはもう考えても仕方ないので、考えない事にしようか。


「その上、理解も早いか。そう、お察しの通り、ここは儂、迷い館が見せる夢の中」

 老人は、俺を招いた大妖、迷い館を名乗る。

 やはりそうか。


 危険はなさそうに思ったが、俺が自身と、その周囲を確認すると、座した俺の傍らには、刀が一本、刃鉄だけが置かれてた。

 もう一本、普段から持ち歩いてる脇差の姿はない。

 これは、刃鉄には意識が芽生え始めてるから、夢の世界にも持ち込めたって事だと思われた。


 まぁ、いずれにしても武器が手元にあるというのは心強い。


「四木殿、よう参られた。夢を介しての対面で申し訳ないが、こうせんと儂は眷属の助けなく会話もできぬ身でな。おぬしとは他者を交えず、直接話をしたかったのだ」

 そう言って老人、迷い館が笑みを浮かべる。

 あぁ、なるほど。

 確かに屋敷には、言葉を発する口はない。

 精々できても家鳴りくらいだ。


 しかしどうにも、大妖ともあろう存在が普通には喋れないというのは意外で、少し面白く感じてしまう。

 俗楽の花の運営にも関与してるって話だったから、当たり前に喋れると思い込んでいた。


 とはいえ、妖怪には寧ろ人の言葉なんて喋れないものが大半なのだから、そういう事もあるか。


「いや、もてなしかたじけなく。俺は四木・壮史。大妖、迷い館にお尋ねしたい事があって参った」

 尤も今、こうして話ができているなら問題はない。

 俺は聞けたい事が聞けるなら、そこが夢だろうが、現だろうがどちらでもよかった。


 相手がこちらを知っているのは承知の上で、俺は改めて名乗り、ここを訪れた目的を告げる。


「あの小鬼、いや、今は不忍の鬼と名乗るそうだが、あやつの事だな。もちろん儂の知る限りを教えよう。だがそれには、この神武八州が今の形になった千年前の話や、忍びの里の成り立ち等、多くを聞いて貰う必要がある」

 すると迷い館は頷いて、知る限りを教えると言ってくれた。

 けれども、あの鬼、不忍の鬼を理解するには、どうやら長い話を聞く必要があるらしい。

 さて、千年以上も生きる大妖の昔話は、一体どのくらい長いんだろうか。

 俺は自分は、大抵の事にはあまり動じない方だと思ってるが、これは流石に、少しばかり構えてしまう。


「……まぁ、夜は長い。この年寄りの話に、暫し付き合ってもらえんか。何しろ、里の外の人間と直接話すのは、かれこれ二百年と数十年ぶりになるのでな」

 迷い館は、俺の様子に笑みを少し深くして、そうして語り始める。

 長い長い昔話を。




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