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爆発と、それによる火災の騒ぎに紛れて港町を脱出した僕と八重は、陸路で開戸の国から脱出を図る。
舶来の妖怪、リッターとの戦いによる疲労はあったが、それでも野宿をしながらの強行軍で、人目のない場所では駆けて移動をしたから、どうにか国境が封鎖される前に開戸の国を出て、隣国の静馬の国に入った。
なんでも八重曰く、主要な街道にある舶来衆の砦を浮雲の忍び衆が攻めて破壊した為、そちらに開戸の兵が割かれ、脱出に使った小さな道は国境の警備も手薄になってたらしい。
さて、静馬の国は開戸の国と関係が悪く、開戦も然程遠くはないだろうと言われる国だ。
こういう言い方だと、静馬の国が悪い風にも聞こえかねないが、拡張を続ける開戸の国が周辺国を飲み込んで、静馬の国と国境を接するようになったのだから、良い関係が築ける筈がないのは当たり前である。
尤も俺としては、別に静馬の国の状況には然程の興味はない。
重要なのは、開戸との関係が悪い静馬なら、開戸や、舶来衆の放つ追っては来ないだろうって事だった。
つまり、強行軍の垢を落としてゆっくりと休める。
開戦が然程に遠くないとはいっても、今日明日の事ではないだろうから。
宿の入り口で足を洗い、更に湯を貰って部屋で体も洗う。
それだけでも、垢と一緒に疲労が落ちて、ホッと一息付けた心地だ。
加えて食事と、睡眠が、安心して取れるとなれば、二日もあれば、戦いや強行軍で溜まった疲労は、俺の身体から奇麗に抜けた。
しかし、俺の身体はそれで問題がなくなったが、宿で休むだけでは、どうにもならぬ事もある。
それは舶来衆の幹部、リッターとの戦いで掛かった、愛刀、刃鉄への負荷。
あの戦いの最後、リッターは陰気で刃鉄を止めた。
そう、刃鉄は陰気の手で掴まれたのだ。
物理的な動きを止める程に濃い陰気。
そんなものをまともに浴びれば、そのまま刃が朽ちて圧し折れてもおかしくない。
刃鉄が無事に形を保てたのは、破られたとはいえ、俺の気の防御があった事と、それから刃鉄自体の頑丈さだろう。
見た目は、特に問題はなさそうに見える。
宿で休む間、できる限りの手入れもした。
けれども気を通してみれば、少しだが、それでも明らかに、以前よりも気の通りが悪かった。
僅かであっても違和感のある状態で、武器に命を預けられない。
専門家による本格的な手入れが今の刃鉄には必要だ。
とはいえ、旅の予定を決めるのは俺じゃなく、八重である。
或いは彼女に指示を出す俗楽の花か。
既に大妖と会う許可を得た俺ではあるが、だからといって護衛の仕事が終わった訳じゃない。
実際に大妖と会うまでは、なるべく俗楽の花の印象は良くしておきたいし、何よりも、目的を果たしたからって八重の護衛を終わりにする程、俺は薄情じゃない心算だから。
急ぎで次の仕事がある場合は代用の刀の購入も視野に入れながら、俺は八重に、刃鉄の不調と、手入れを専門家に頼みたいとの希望を告げた。
すると彼女は少し考えてから、
「では一度、炭谷の国に向かいましょう。炭谷の惣元衆なら腕は確かな筈ですし」
そんな風に言ってくれる。
あぁ、確かに惣元衆なら、特にあの、以前にも手入れを頼んだ弘毅なら、安心して刃鉄を任せられるだろう。
本当は、刃鉄を打った鍛冶師に相談するのが一番ではあるのだろうけれど、……作者がどこの誰であるのかという話は、生憎と俺は全く知らなかった。
いや、仮に知っていたとしても、刃鉄が打たれたのは随分と前の筈だから、鍛冶師が現役を退いていたり、或いは既に亡くなっている可能性の方が高い。
「それは助かる。けれど、急ぎで俗楽の花の任務があったりはしないのか?」
八重の言葉は有難かったが、念の為、無理はしていないか否かを、俺は確認する。
刃鉄の調子が悪くとも、俺自身が戦えない訳ではないのだ。
俺の腰にはもう一本、これまた四木家の家宝の一つである脇差があった。
これを使っても戦えるし、何なら俺は、素手でもある程度は戦える。
必ずしも、刃鉄の手入れを最優先にしなくてはならない程に切羽詰まってはいないのだけれど……。
「いえ、四木様には万全であっていただきとうございます。それに刀の修繕に時間が掛かるようでしたら、それが終わる頃には、北に向かうにもちょうどいい時期でしょうから」
八重は首を横に振って、そう言った。
どうやら彼女は、既にこの旅の終わりを見据えている様子。
……そうか。
八重との旅も、もう終わりが近いのか。
それを意識すると、少しばかり寂しく思う。
思えば、八重の護衛をしてる間、妖怪の討伐は幾度かしたが、人間と戦う機会は殆どなかった。
忍びである彼女の護衛をすると決まった時は、他の忍びと戦うも事になるのかと、薄らぼんやり想像をしていたのに。
先日、舶来衆の商館で警備の兵を無力化はしたが、あれを忍びに含めるのは違うだろうし……。
だがこの旅は、それでもとても有意義だった。
色々なものを見て、それに関して八重と話して知見を広げ、手強い妖怪と戦って自分の成長を実感する。
この旅が終わった後、鬼の行方を知った後、俺がどうなるかはわからない。
もし仮に、鬼に敗れて食われるのだとしても、この旅に出た事に関しては、悔いを持たずに逝くだろう。




