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進んだ先、商館の奥は倉庫になっていて、そこには見慣れぬ舶来の品々が数多く置かれていたけれど、八重の目的はそこではなく、倉庫の一角に隠された地下への階段。
そしてその階段を下った先には、地下牢があった。
商館と地下牢なんて、実に合わない組み合わせに思うが、……まぁ、舶来衆の本拠地である事も考えると、こうした設備もあって当然か。
けれどもその地下牢もあまり使われてる様子はなくて、殆どが空だ。
唯一の例外は、最も奥の牢。
その中には、八重とよく似た巫女姿の、……女の石の像が置かれていた。
「これが?」
俺は念の為、八重に問う。
ここには舶来衆に捕まった彼女の仲間を助けに来た筈で、石像を盗みに来たのではない。
とはいえ流石に、ここまで八重に似ている、しかも非常に精巧な石像だと、何がどうなっているかは、何となくだが察しが付く。
「はい、五花姉様です。私達は敵に捕らわれた時、嬲られたり、情報を奪われぬ為に、自らを石と化す忍術を会得しています。もし石像が大きく壊されれば、そのまま死んでしまいますから、それは本当に最後の手段なのですが……、良かった。五花姉様は、ちゃんと無事です」
なるほど。
八重の言葉に、俺は納得して頷く。
舶来衆の幹部、つまり妖怪の仕業かとも思ったのだが、どうやら五花は自ら石と化し、この状態でも生きているらしい。
ならば一安心だ。
自ら石になる忍術があるのなら、当然ながら石から元の人に戻す忍術もあるんだろう。
流石にここから、石像を担いで開戸の外に逃げるのは、骨が折れるどころの話じゃない。
人に戻った五花が自分で歩ける状態か否かはわからぬが、仮に抱えて運ぶにしても、石像に比べれば人の方がずっと容易いから。
「あまり驚いてくださいませんね。これでも、秘伝の忍術でございますのに」
俺の反応が薄かったからか、ほんの少しだけ拗ねた様子で、八重がそんな事を言う。
というか、驚かせたかったのか。
しかし残念ながら、俺にとっては氷の息を吐くのも、石になるのも、同じくらいに不思議だから、今回のこれが特別な忍術だと言われても違いが判らない。
「秘伝なら俺に気軽に話すのはよくないだろう……。それよりも、戻せるなら戻して、早く退こう」
八重が色々と俺に話してくれるのは嬉しいが、それが彼女の失点になっても困る。
尤も舶来衆に対しては、五花が目の前で石になったのから既に知られている筈だし、そこまで強く秘密にしてる術という訳ではないのかもしれない。
まぁ、それよりも気にするべきは撤退だ。
ここはまだ、敵の掌中なのだから。
「はい、そう致しましょう。ですがこの術は非常に強力で、里の守り神様にか解除はできません。ですので、里まで五花姉様を運んでくださる方に来ていただきます」
俺が急ぐように促せば、八重は頷き、パンっと手を一つ打ち鳴らす。
さて、一体何が始まるのだろうか?
運べる者に来て貰う?
その言葉の意味は分からなかったが、八重がこれだけ平然としているのなら、彼女に任せて見守るより他にない。
「おいでくださいませ、童様」
そして八重は打ち鳴らした手をそのまま地に突くと、何かにそう呼び掛ける。
すると一体、これは本当にどういう仕組みなのかと驚いたが、そこには一人の童子が……、いや、薄っすらと陰気を漂わせてるところから察すると、一体の子供の姿をした妖怪が立っていた。
但しその子供の妖怪が漂わせる陰気は、これまで相対したどの妖怪ともまるで違う、静かで穏やかなものだ。
「おお、八重! 無事に五花を見付けたのだな! ああ、五花、可哀想に。自ら石になるのはさぞ怖かったろう。すぐに里に連れ帰ってやるからな」
だがその静かで穏やかな陰気とは裏腹に、発する声は甲高い。
口調は老成している風なのに、何ともちぐはぐな印象を受ける。
ただ、流石は妖怪というべきか、石と化した五花を優しく撫でると、その五花の石像は、子供の妖怪の懐にスルスルと吸い込まれて消えた。
質量的にはどう考えてもあり得ないのに、これまたどういう仕組みの術、いや、妖怪だから能力か。
突然現れて、質量を無視して物を運ぶ?
なんて便利で、都合のいい能力なんだ。
驚きを越えて、寧ろ感心していると、五花の石像をしまい終えた子供の妖怪が、ひょいとこちらを向いて、
「おっと、すまない。そちらは協力者の四木殿だな。拙は迷い館様の眷属、梅香童子と申す者。このような場で、きちんとした挨拶もできずに申し訳ないが、そなたに御屋形様からの言伝がある」
俺に名乗った。
そしてあちらは、既に俺の事は知ってる様子。
しかしそれはいいとして、迷い館というのは、八重の里の守り神をしているという大妖の事だろうか?
つまり大妖からの言伝があるって事か。
居住まいを正し、期待してその言伝に耳を傾けると、
「これまでの、それから今回の、そなたの献身、まことに感謝いたす。望むのであれば何時でも里に参られよ。客人としてお会いしようとな」
梅香童子が口にした言伝は、正に俺の期待に添うものだった。
どうやら今回の件は、俗楽の花にとってもかなり大きな働きだったらしい。
でも、そりゃあそうか。
敵対してる国に潜入して捕まった諜報員を救えだなんて、余程のモノ好きじゃなきゃ引き受けやしないだろう。
……すると俺は、その余程のモノ好きって事になってしまうが。
「拙も個人として礼を述べたい。これまで八重を助け、今回は五花の救出に協力してくれた事に感謝する。そなたが居なければ、恐らく五花の救出はかなわなかっただろう」
梅香童子とやらも霊を口にするが、まぁ、別に構わない。
俺が今回の件に協力したのは、大妖に会う為と、八重に助けを請われたからだ。
大妖が会ってくれるというなら、それ以上は、俗楽の花に求める心算はなかった。
「さて、八重、そろそろ送り返してくれ。客人と里に来る時期は、なるべく暖かくなってからを勧めるぞ。今は椿の花が見ごろだが……、まだ、里の付近は雪に埋もれていて、慣れぬ客人には寒かろうからな。では、四木殿、ひと先ずはさらばだ」
その言葉を残して、梅香童子の姿が消える。
いや、八重が送り返したのか?
妖怪を呼び寄せたり返したり、随分と不思議な、それから便利な忍術だ。
流石に少し気になって、色々と質問をしてみたくなったけれど、今はもう、本当にそれどころじゃないだろう。
五花を梅香童子に任せられたのはいいが、また時間を喰ってしまった。
できれば俺と八重も一緒に、その送り返す術とやらで移動させて貰えればよかったのだが、……それができるなら、八重は連絡員としてわざわざ各地を旅していないか。
そろそろ本気で、この国から逃げ出さなきゃ拙い。
「では四木様、最後に上の倉庫にあった鉄砲の為の玉薬に火をつけて、騒ぎに紛れて逃げましょう」
そんな状況だというのに、八重はまるで悪戯っ子のように楽し気な笑みを浮かべて、俺に向かってそう言った。




