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八重椿(転生忍者奮闘記外伝・壱)  作者: らる鳥


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 カランと、リッターの握っていた剣が床を転がり、……俺は一つ息を吐く。

 どうにか、勝てたか。


 今の拳打の技の名を、俺は知らない。

 にも拘らず、俺があんな技を放てた理由はただ一つ。

 あの拳打は、以前に俺が、鬼から喰らって死にかけた技だから。


 父を喪ってから、風神流の道場で過ごした四年間、俺が組み打ちの技を練る事に最も力を傾けた理由のもう一つが、これだった。

 鬼から受けた技の再現。


 それが振るわれる様を何度も見て、更には自らの身体で受けた技だ。

 武芸者の端くれなら、それがどういう術理の技なのか、考えはするし、試しもする。

 ただ、それを再現できるまでに熱中したのは、我ながらやり過ぎの感はあるけれども。


 でも実際にこの技を妖怪に放って、確信ができた。

 あの夜、俺がこの技を喰らって生き延びた理由。

 それはこの技は本来、人に向けて放つものではないからだろう。

 いや、より正確に言うならば、これは妖怪を滅する為に生み出された技である。


 技の術理は、踏み込みにより生じた力、振動を、拳にまで伝える間に、各部の関節で捻りを加えて増幅するというもの。

 但しこの時、増幅される力に気を乗せると、気の力も大きく増幅されていく。

 その結果が、陰気で守られたリッターの胴鎧をも、弾け飛ぶように粉砕した一撃だ。

 妖怪にこれを打ったのは初めてだが、以前に岩を相手に試し打ちをした時は、岩も砕けて粉々になった。


 では何故、そんな威力の一撃を受けて俺は生き残ったのか。

 人を殺すには過剰な力だからと、あの鬼が加減をしていたのはもちろんあるだろう。

 けれどもそれ以上に、あの時受けた攻撃は振動だけで、気が乗っていなかったから、俺は生き残るのができたのだ。

 あの鬼は妖怪で、気を扱う事はできないのだから、それは当然の話である。

 しかしその代わりに、鬼は陰気を扱えた筈。


 この疑問を抱いた俺は、これまでずっと考えてきた。

 だがリッターと刃を交える事で、俺はその理由を理解した。


 気を前提とした人の技と、陰気を前提とした妖怪の技はまるで違うのだと。

 鎧ではあっても人の形をして、剣に術理を宿したリッターも、その陰気の使い方は不可視の腕で、相手の動きを抑え込むという、気とは全く違う陰気の性質を生かしたもの。

 武人の妖怪であってもそうなのだ。


 気の使用を前提とした技に、陰気は合わない。

 これが、あの鬼の拳打を受けて、俺が生き残った最大の理由だろう。


 そして、つまりこの拳打は、あの鬼が編み出した技ではなく、人が退魔の技として編み出したものを、鬼が覚えて使っているのだと、俺は推測する。

 どうしてあの鬼は、わざわざ自分に合わぬ人の技を振るうのか。

 確かに、あの夜、鬼は陰気を活かした攻撃を、俺の少なくとも俺の意識がある間は、一度も使っていなかったように思う。


 一つの疑問が解消して、また一つ疑問が生まれた。

 確かなのは、あの鬼は千年の修行した強い妖怪だが、千年の修行を経た割に弱いという事。

 数十年の修練しか積まぬ人間の父が、ある程度は食い下がれた程度にだ。

 あの鬼の技が、途轍もなく優れていた事実には変わりない。

 けれども俺が幼い頃に感じた程に、果てしなく遠い相手ではないのだろう。


 構えを解き、落とした刃鉄を拾って鞘に納めた俺の隣に、

「四木様、お見事です」

 スッと八重が現れる。

 どうやら彼女は、先に五花を救出する事を選ばず、俺の戦いを見守っていた様子。


「……申し訳ございません。あまりに、戦いが見事で、四木様が楽し気で、加勢する隙を見出せませんでした」

 恥じるようにそう言う八重に、俺は思わず笑ってしまう。

 確かに、今の戦いは楽しかった。

 割って入られたからといって怒りはせぬが、……そう、彼女が割って入ってこなかった事に、少し感謝すらしてる。


「あの剣は?」

 床に落ちたリッターの剣を見て、八重が問う。

 どうするのかって意味だろうが、俺は首を横に振る。

 確かに見事な剣ではあるが、戦利品として得たところで俺には使えぬし、何よりも妖怪が握っていた剣だ。

 そのまま手に取るには危険が多い。


「何かありそうな剣だが、今は処理をしている時間もない。先を急ごう」

 本来ならば、へし折るなりなんなりするべきなんだろうけれど、正直、今はその余裕がなかった。

 時間はもちろん、俺の残りの体力も。

 振動と、気を体内で増幅する先程の拳打は、その威力に見合った負荷を俺の身体に残してる。

 もう一体、舶来衆の幹部が現れるなんて事になったら、流石に勝ち切れる気がしない。


 ただ、今宵の修羅場は既に山を越えたという予感はあった。

 恐らくは、八重も同じくそう感じていたのだろう。


「はい、そう致しましょう」

 彼女は笑みを浮かべてそう言って、俺を先導して奥へと向かう。



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