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今の攻防で、気付いた事が幾つかある。
一つは、俺は自分が思っていた以上に、ずっと強くなってるって事。
少なくとも、風神流の道場を旅立った直後の俺だったら、今の攻防は真逆の結果になっていた。
……不思議な事もあるものだ。
道場に籠って鍛錬を積んでいた頃よりも、旅をしてるだけの今の方が伸びてるなんて。
そりゃあ幾つかの、得難い経験はできたけれど、それだけでこうも変わるのだろうか。
こうして強敵と相対して初めて気付いたが、今の自分は驚く程に研ぎ澄まされている。
もう一つ気付いた事は、あの夜、どうして鬼の一撃を受けて自分が生き延びたのか。
ずっと疑問に思っていた事が、リッターとの攻防で閃くように解を得た。
しかしこれは、今の攻防には関係のない話だから、ひと先ずはさておこう。
余計な事に気を取られて戦える程、目の前の敵は甘くない。
最後に、まぁ、これは予想もしていたが、リッターの、あの鎧の中身は空っぽだって事。
つまりは生物じゃなく、器物が陰気によって命を宿した妖怪だ。
さっきの一撃は掠めただけだが、仮にこれが深く届いていても、リッターは血を流さなかったし、致命となるには程遠かった。
刀でその命を絶とうとすれば、それこそ鎧を両断するくらいの、深い深い斬撃を決める必要がある。
さて、厄介だ。
それ故に、面白い。
血も、気も、沸き立っているのを感じる。
されどその手綱は、俺の意志が確りと握っていた。
仕留める手は、切り札はある。
切り札は温存しておくべきで、これまではずっと温存してきたが、それでも所詮は手札の一枚、勝負に勝つ為の手段に過ぎない。
問題はその手札が切れる状況に、最適な間合いに入れるか否か。
「―――――――!」
雄叫びのように、鎧が鳴って、リッターが一気に踏み込んでくる。
その攻撃は、先程までよりも随分と大振りで、いや、それどころか別々に使っていた陰気を含んだ圧すら、その剣に乗せていた。
不可視の三本目の腕すら添えてまで威力を増した攻撃。
その狙いは、こちらに受け流しをさせぬ事だ。
廊下という狭い場所では、回避に使える空間も限られる。
故に相手の攻撃を受けて流すという防御手段が非常に重要だったのだけれど、ここまで威力に重きを置かれると、流石に厳しい。
単なる強いだけの攻撃ならともかく、その剣から術理が失われた訳ではないのだから。
あぁ、敢えての大振りは、こちらの回避の空間を、より多く削り取る意図もあるのか。
圧され、下がって、徐々に追い込まれていく。
しかしリッターの戦い方が変化した事は、俺にとっては好都合だ。
まず第一に、陰気を含んだ圧が剣に乗った事で、他の陰気の動きを、つまりはリッターの動きの先読みがし易くなった。
受け流しは封じられたけれど、これはそれを補って余りある。
リッターの強みは、まるで武芸者が気を扱うのと同じように、陰気を操るところだったのに。
今の戦い方はその強みを自ら捨てたに等しい。
……果たしてそんな愚を、この強者が犯すだろうか?
自らの技に自信があったのなら、それを上回られた事が悔しかったのかもしれない。
以前の手合わせで、芳信和尚を相手に俺が身体能力任せの力技に頼ったように、窮して安易な道を選んだのかもしれない。
或いは、リッターはこの神武八州で、気や陰気から相手の動きを先読みするだけの実力を備えた武芸者と戦った事がないのかもしれない。
理由は色々と考え付くが、そのどれもが剣を交えて感じ取れるリッターの人物像、いや、この場合は妖怪像とのズレがある。
ならばこれは、俺がリッターの動きを読んで、剣を掻い潜り、懐に潜り込むように誘導する為に、わざと見せた隙なのだろう。
人百足は、誕生の経緯から纏う陰気は強かったが、何の経験も持たず、ただ暴れるだけの、生まれたばかりの妖怪だった。
けれどもこのリッターは、恐らく誕生から数百年は経た、格のある妖怪である。
戦いの中での詐術も、心得があると考えるべきだ。
でも、俺は敢えてその誘いに乗って、剣を掻い潜ってリッターの懐に潜り込む。
繰り返すが、今の流れは俺にとって都合が良い。
たとえこの先に相手が罠を張っていようと、既にそれを予期しているなら、優位のみを喰い取って、その罠を回避すればいいだけだ。
それができるか否かは、俺とリッターの実力勝負。
俺の切り札か、リッターの罠か、どちらが優れているか次第だ。
そして、俺の刀の動きが止まる。
リッターが張っていた罠は、間近に迫った俺に対して、全力で絞り出した陰気。
それが俺の刀、刃鉄に絡み付き、気の防護を打ち破って、その動きを止めたのだ。
つまりは、隠し持っていた第四の腕。
強引に捻り出したそれは、俺が間近に迫らなければ使えなかったのだろう、リッターにとっての隠し札。
なるほど、いい手だ。
それは俺の想定を超えてきた。
これだから武人は侮れない。
それが妖怪であってもだ。
だが、リッターは運がなかった。
そもそも俺はリッターに対して、刀で勝負を決める気はなかったのだから。
鎧という無機物の妖怪であるリッターには、刀による斬撃の効果は薄い。
血を流さぬリッターに、腰を据えてじっくりと攻められていたら、たとえ技が多少上回っていても、いずれは押し切られてしまっただろう。
しかしリッターは勝負を急いでしまったから、俺の切り札が突き刺さる。
刀を手放した俺はリッターの腹、硬い金属の胴鎧に拳を添えた。
これで決着。
パンッと音を立てて、リッターの胴鎧が消し飛んだ。




