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しかしそれでも、俺の力が必要とされる瞬間は突然やってくる。
波濤の国で現地の調査員か、それとも俗楽の花と接触したのだろう八重は、泊まる宿の俺の部屋を訪れて、
「四木様、どうかその御力を、貸してくださいませんでしょうか」
深々と頭を下げて、俺の助力を請うてきた。
だから俺は、
「わかった。何をすればいい?」
即座に頷き、八重に話の続きを促す。
もちろん、助力をするといっても俺にもできぬ事はある。
例えば、恩人である柳才師に迷惑が掛かるような真似は、俺にはできない。
けれども俺自身の力が及ぶ範囲なら、それが危険を伴おうとも、八重に協力すると決めていた。
「開戸の国で、俗楽の花の巫女が一人、舶来衆に捕らえられました。救出に向かいたく思いますが、彼女が捕まった以上、歩き巫女として開戸の国に向かえば、私もただ捕まるだけです」
そして八重の口から出た説明は、なるほど、それは確かに、俺の力も必要になるだろう。
巫女という神職を捕まえるのはおいそれとできる事じゃないから、舶来衆が余程の無法者でなければ、忍びだという確信を持って捕らえた筈だ。
ならば同じ巫女の姿で八重が開戸の国に向かっても、最初から疑いの目で見られ、或いは問答無用で捕らえに来るかもしれない。
「しかし歩き巫女でもなくば、女の一人旅はどうしても疑われます。故に、四木様の旅に私が同行しているという形を取らせていただきたいのです」
女の一人旅に比べれば、女連れの旅というのは、まぁ、なくもない。
例えば観光地に女中や、恋仲を女性を連れて遊びに行くって若侍はいるそうだし、任官を求めて妻子を連れて旅する浪人もいる。
後者は国許に妻子を残しておけぬ理由持ちかもしれないからと、多少の調べを受ける可能性もあるから、どちらかといえば前者のふりをすべきなんだろう。
だとすれば、旅の姿はもう少し金回りのよさそうな、遊びのある恰好にすべきか。
「ですが、……それでも恐らく、捕らえられた巫女を救出しようとすれば舶来衆との戦いは避けられぬでしょう。非常に危険がございます」
そう言ってもう一度頭を下げようとする八重を、俺は手で制して止める。
別に危険は構わない。
ここに来るまで舶来衆の名を何度も聞いて、薄っすらと敵対の可能性は考えていた。
鉄砲撃ちが多くいるとの事だったが、あれは戦の形を変えると柳才師が評価する程の武器だけれど、それでも武芸者に届く代物ではないのだ。
あれの使い手を危険だと言われると、まるで俺の実力が侮られているようにすら感じてしまう。
だが八重は、俺に向かって首を横に振り、
「四木様が鉄砲を問題としていないのは、わかっております。ですが舶来衆の恐ろしさはそこではないのです。少し前の話ですが、浮雲の里の忍びが舶来衆の幹部と交戦し、こう断じたそうです。舶来衆の幹部は、外つ国の妖怪だと」
思わぬ言葉を口にした。
舶来衆の幹部が妖怪?
人間の組織を妖怪が運営してるというのか。
そんな話、これまでに聞いた事もなくて、思わず耳を疑ってしまう。
しかも外つ国の妖怪だなんて、どうしてそんなものがこの神武八州に?
けれども、本当にそんな妖怪がいるとしたら……、
「四木様、嬉しそうで、ございますね?」
八重の言葉に、俺は思わず自分の口元を抑える。
思わず、表情に出てしまっていたか。
「いや、違う。ただ、そんな妖怪がいるなら、少しばかり興味深いと思ったんだ」
人の中に在りて、人の上に立つ妖怪。
それはどこか、人と同じ技を、人以上に使いこなすあの鬼に通じるところを感じるから。
守り神として、忍びを導いているらしい大妖よりも、よっぽど。
しかしどんな理由があったとしても、仲間が囚われた八重の前で、それを表情に出すべきじゃない。
「構いません。四木様が乗り気になってくださるのでしたら、私にとっては都合が良い事ですので。ただ……」
でも八重は首を横に振り、それから少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ただ、何なのだろう。
続く言葉が少し怖い。
「そう、ただ、四木様にそんなにも興味を持ってもらえる彼らが、少しだけ、羨ましゅうございます」
一瞬だけ、勿体ぶって続けられた八重の言葉は、俺が想像もしなかったもので、俺は思わず、返す言葉に詰まってしまう。
だけど、あぁ、これは八重に揶揄われているんだろう。
恐らく先程の失敗を、俺が気に病まないようにする為に、こうやって混ぜっ返してくれているのだ。
一つ、咳払いをして、自分の心を落ち着けた。
「……その舶来衆の幹部、外つ国の妖怪の情報は?」
これ以上気遣わせない為にも、俺は些か強引に、話を前に進める。
まずは敵の情報が欲しい。
俺は自分を馬鹿だと卑下する心算はないが、それでも敵の組織に囚われた者を密かに救出する為の策を思い付くような能力はないのだ。
故に、どうやって開戸の国に入り込むのか、どこに八重の仲間が囚われているのか等の情報は、あまり必要としていなかった。
結局のところ、救出の作戦は八重が考え、俺はその指示通りに動くしかないだろう。
けれども戦いに関しては、八重よりも俺の方が得意としている自負はある。
開戸の国や、舶来衆の兵士に関しては、鉄砲を使うという情報で十分だ。
余程の数を一度に相手するというのでもなければ鉄砲はあまり脅威にならぬし、仮に鉄砲を脅威に感じる状況になったとしたら、その時はもう救出どころの話じゃないし。
だから気になるのは、やはり舶来衆の幹部である妖怪の事だった。
ある程度、姿形だけでもわかっていれば、戦う気構えも作り易くなる。
他には、武芸者や高僧、陰陽師や忍び辺りがいれば、人間であっても厄介だけれど……、妖怪と違って、人間はどんな能力を持っていても大体は斬れば殺せるから、情報の必要性は妖怪に比べて低い。
ぶつかってみて相手より実力が勝れば勝てるし、劣れば死ぬ。
人間が相手なら、話はおおよそ単純に済むのだ。
「それを詳しく調べる為に開戸に潜入していた五花姉様が囚われてしまったので限られた情報しかありませんが……、恐らく五体の妖怪が、舶来衆の幹部です」




