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渦潮の里の海賊行為を受けるかも、なんて風にいっていたが、船旅はとても順調で、淡美、浅海の二つの国を経由して、船は波濤の国へと辿り着く。
淡美の国は真珠が特産品で、浅海の国は風光明媚な景色で有名と、それぞれに特徴はあるけれど、基本的には先に訪れた汐網の国と大きくは変わらぬ、渦潮の里の影響力が強い小国だ。
けれどもこれから訪れる波濤の国は、自前で強力な海軍を有する大国だった。
いざという時に渦潮の里の戦力をアテにする必要がなく、また商業も活発な波濤の国は、渦潮の里の影響力が弱いどころか、海賊行為の被害もあって、寧ろ敵対的ですらあるという。
しかし、ならば波濤の国は舶来衆よりの姿勢を取っているのかと言えば、実はそうではなく、渦潮の里と同様に、いや、或いはそれ以上に、波濤の国は舶来衆と敵対関係にあるらしい。
これだけ聞くと、波濤の国は随分と好戦的なのだなぁと感じてしまうのだけれど、これもまたそうではなくて、舶来衆の方から、いや、より正確に言えば舶来衆が本拠を置く開戸の国が、波濤の国に対して敵対的な態度を取ってるそうだ。
何故、開戸の国が波濤の国に対して敵対的なのか。
その答えはわからないが、舶来衆を抱えてから、開戸の国は周辺国を併合する事で大国となった。
つまりは領土的野心が非常に高い国である。
今はまだ、直接領土が接しておらず、海上で船同士が小競り合いになる程度ではあるが、波濤の国も安心はできない。
「現状、波濤の国の海軍は、開戸の国が用いる高性能な船や、鉄砲や大砲等、舶来衆が齎した兵器に対抗できず、一方的にやられるばかりでございます。だからこそ波濤の国は、今の状況を変える為に何らかの動きを取るでしょう」
八重の補足の説明に、俺は一つ頷く。
そりゃあそうだ。
今がやられっぱなしなら、その状況を打破する為の策を練るのは当然である。
しかし鉄砲か。
以前、柳才師が新しい武器だと、どこからか一丁だけ鉄砲を持ち帰り、試し撃ちをして見せてくれた事があるけれど、まるで脅威には感じなかった。
大きな音と共に筒の先から真っ直ぐに鉛の礫を放つ武器だったが、そんなもの、向けられた筒の先に立たなければいいだけの話である。
一発撃つと次に礫を放つには時間をかけて弾込めをしないとならないから、俺には弓の方がよっぽど使える武器に思える。
けれども柳才師は、鉄砲を高く評価したようで、
『一丁だけでは大した事はできないが、数が揃えば戦の形を変えるだろうね。我々、武芸者には通用しなくとも、この鉄砲を上手く使えば、雑兵の部隊が武者の部隊を打ち破るよ』
なんて風に言ってたっけ。
大砲に関してはわからないが、恐らく言葉からして、鉄砲を大きくした物なんだろう。
まぁ、大砲はさておくとしても、開戸の国が鉄砲を使って波濤の国を圧倒してるというのなら、あの柳才師の言った通り、開戸の国と舶来衆は、この国の戦の形を変えつつあるのかもしれない。
「或いは、その動き次第では、海での戦況が大きく変わる可能性がございます。舶来の兵器に翻弄されてはいても、やはり波濤の国も大国ですので、その力は大きいのです」
海の状況がどう動くかを読む為に、俗楽の花は波濤の国の動きを注視しているという訳だ。
いや、もしくは、俗楽の花は情報を波濤の国に流す事で、その動きを都合のいいように操ろうとしているのかもしれない。
もちろん、情報屋として、波濤の国が良い取引相手であると見ているだけの可能性もあるが。
俺も八重と旅を続けていて、少しずつだがそうした情報を巡るやり取りの裏が、透けて見えるようになってきた。
恐らく八重が、今のように任務に関わる話を俺にしてくれるのは、俺にその話に関して考えさせて、視野を広げる為なんだろう。
一体、どうして八重が俺の視野を広げようとしているのか、それはまだ不明だけれども。
尤もその理由が何であれ、八重に俺への悪意がない事はわかってる。
何時もと同じように彼女の話に耳を傾け、ありがたく知見を広げさせて貰う。
……ただ、それを聞いたところで、やはり波濤の国でも俺にできる事はなさそうだ。
柳才師なら、波濤の国が鉄砲に打ち勝てる策を、一つや二つは思い付くのかもしれないが、俺はもう、単に避ければいいじゃないかとくらいにしか思えない。
そういえば柳才師の紹介状に、波濤の国の指南役に向けた物があったけれど……、うぅん、これは今回は、会わない方が良いだろう。
八重という忍びと行動を共にしている以上、万に一つの事があった時、俺にも疑いの目が向く可能性はある。
その時、柳才師の紹介状で指南役に接触していたら、……或いは柳才師にまで累が及ぶかもしれない。
流石に、父を亡くした俺と母を引き取ってくれた恩人に、そんな迷惑はかけられなかった。
結局、俺にできるのは武芸者としての技を振るうくらいなのだ。
そしてその機会がある時は、八重の任務に何らかの支障が生じたという事だろうから、なるべくならその機会もない方が良い。
これまで武芸者として、武を重んじて、技を磨いて生きてきた俺が、その力を振るう機会がない方が良いと考える日がくるなんて、どうにも皮肉な話ではあるけれども。




