24
船旅は、特に何の問題も起きない穏やかなもので、それ故に俺はすぐに飽きてしまう。
いや、自分で歩くでもなく、あまり変わりもしない海の景色を眺め続けるのは、正直に言って退屈である。
棒振り等の鍛錬をしようにも、周囲を船員達が歩き回っているのでは、どうしたってやりにくいし。
するとそんな俺の様子を見て、八重が船員から釣竿を二本、借りてきてくれた。
どうやら、これで一緒に暇を潰そうって事らしい。
或いは彼女も穏やか過ぎる船旅に暇を持て余したのだろうか。
いずれにしても、折角、八重が釣竿を借りてきてくれたのだからと、ありがたくそれを受け取って、針を結んで海に糸を垂らす事にする。
実は、やり方は知っていたが、実際にこうして釣りをするのは初めてだ。
というのも、川で魚を獲るのなら、こんな風に釣り糸を垂らして待つよりも、水面近くの魚に印字撃ち、石を投げて仕留める方が手っ取り早いから。
しかし流石に海の魚が相手となると、俺の印字撃ちも届きはしなかった。
いや、そもそも、魚を獲る事が目的なのではなくて、釣りという遊びで暇を紛らわせるのが目的なのだから、ここで印字撃ちをしようとするのは無粋にも程がある。
まぁ、別に漁師でもないのだし、遊びの心算で気軽にやるかと、海に釣り糸を垂らした俺。
ただ釣りを始めてすぐに、俺はこの遊びが、考えていた以上に難しく、奥が深いのではないかと思い知る。
何しろ、まず第一にこの海のどこに魚がいるのか、全く見えやしないのだ。
これが川ならば、魚が水中を泳ぐ姿がある程度は見えるし、そうでなくともいそうな場所の目星が付く。
けれども見通しの悪い、深くて暗い海の水は、その中にいる魚の姿を覆い隠してしまっていた。
そうなると、もう当てずっぽうで糸を垂らすか、或いは気を感じ取って魚の居場所を特定するしかないんだけれど……。
海という大量の水は、気の探知すらも難しくしている。
でもここで魚の位置の特定を諦め、当てずっぽうに糸を垂らすのは、武芸者としては敗北だ。
目で見て、海の暗さと深さを見通せぬのは仕方がなかった。
だが気の探知を諦めるのは、武芸者にとって、仕方ないでは済まされない。
俺は目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。
芳信和尚のように、法力で気を覆い隠すような技を使っているならともかく、相手は単なる魚である。
海の水が幾ら分厚くとも、その中にいる魚の気を掴む事は、必ずできる筈だから。
さて、感覚を研いでみると、俺は海の水の中には、無数の小さな命があって、それらの発する気が邪魔で、魚の気配を捉えられていないのだと気付く。
一体水中に何がいるのか、ちょっと気になってしまうけれど、それはさておき、理由がわかれば対処は、……決して簡単ではないけれど、一応は可能だ。
層のようになる別の気に惑わされず、魚の気を探して捉える。
意識を海に沈めていって、それから広げて、俺はついに魚の姿を水中に見付け出す。
しかしそれで釣りは終わりじゃない。
この魚に針を食わせて、そして船にまで釣り上げて、漸く釣った事になる。
なのにこの魚は、間近に落とした俺の針に、全く見向きもしなかった。
まぁ、そりゃあそうか。
俺だって、鉄の針なんて喰いたくはない。
ならば魚を釣る為には、この針を魚に餌だと誤認させる必要がある。
その為に俺にできるのは、やはり気の操作だった。
俺の気を、竿から糸へ、糸から針へと流し込み、針に溜める事で、まるで針が生きて気を発しているかのように錯覚させるのも、理屈の上ではできる筈。
武芸者程ではないけれど、生き物は多くが気や陰気を、なんとなくだが感じる事ができる。
例えば、道場の庭木に留まった鳥が、道場で気を使った打ち合いが始まった瞬間、それを察して飛び去ってしまうように。
もし仮に、今、俺が強く気を発すれば、この船の近くにいる魚は全て逃げてしまうだろう。
難しいのは、釣竿と糸を通す気は隠蔽して、針に届けば逆にその気を露わにするという、真逆の気の操作だ。
また、針に溜める気の量が多過ぎてもいけない。
針に溜める気の量が多過ぎると、釣りたい魚が、針が自分よりも身体の大きな存在だと誤認してしまう。
かといって逆に気の量が少なすぎれば、魚に存在を主張できなくなるから、本当に繊細な気の操作が必要になる。
……普段、ここまで繊細に気を操作する事は、あまりなかった。
しかもその気を届かせ、溜める先は、視界に入らぬ海の中の針だ。
釣りは単なる遊びの心算だったが、これは中々に、いい鍛錬になるかもしれない。
繊細な気の操作を続けていくうちに、集中した俺の感覚はより広がって、姿を捉えた魚の、今度は動きが手に取るように分かり出す。
魚は今、俺が海に垂らした針の存在が、徐々に気になり出していた。
だが、ここで釣る事を焦ってはならない。
焦れば気の操作に乱れが出て、魚は驚き逃げるだろう。
既に状況は整っている。
後は魚にとっては餌に見えているだろう針を、竿を少し動かして、まるで逃げ出そうとするかのような動きを加えてやれば……。
バクリと、魚は気によって誤認させられた、存在しない餌に食らい付く。
そうなればもう、後は暴れて食い千切られないように糸と針を気で強化して、一気に船の上に引き上げた。
漸く、釣果一つ。
釣りとは、何と難しい遊びだろうか。
しかし俺は自分の釣った魚の大きさに満足し、どうだと言わんばかりに八重を見やる。
でも彼女は、何時の間に釣り上げたのか、八匹もの魚を既に桶に入れて泳がしていて、……俺の視線に気づき、困ったような顔でこう言った。
「四木様、集中してらっしゃったのでお声をかけられませんでしたが、……あの、針には餌を付けた方が、魚は釣れやすいかと思います。いえ、普通は針だけでは魚はあまり釣れません」
……まぁ、そういう事もあるかもしれない。




