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五日間滞在して、俺と八重は汐網の国を発つ。
その五日間、八重は色々と……、恐らくは俗楽の花との連絡の為に何やら動いていた様子だったが、それに関しては特に俺が手伝える事もなかろうと、あまり気にせぬようにしていたので良くは知らない。
では俺が何をしていたのかと言うと、棒振りをした、気を練ったり、要するに幾らかの鍛錬をしていたくらいだ。
あぁ、いや、それ以外にも、焼き魚の骨を奇麗に外す方法を、滞在してる宿で教えて貰った。
海の魚の旨さと一緒に。
これまで、俺は川の魚を、それもごく稀にしか食べなかったから、海の魚の味の濃さ、深さには衝撃を受けた。
別に川の魚の味にケチをつけてる訳じゃないが、これまでに俺が食べた事のある川の魚はあっさりとした味で骨ごと食べられるものが殆どだったから、初めて食べた海の魚の味は、まるで違って思えたのだ。
種類は違えど、同じ魚という分類の生き物でこうも変わるのかと首を傾げてしまったが、思えば人も生きる環境によって全く違った個性を持つのだから、川の魚は真水に、海の魚は塩水に生きると考えれば、この違いも当然なのかもしれない。
物の味を一つ知る。
単に珍しいものを食べたってだけなら、大した事のない話に思えるが、そこから波及して色々と思いを巡らせるなら、これはこれで貴重な経験なんだろう。
恐らく都にいたままじゃ、仮に海の魚を届けて貰って食べたとしても、味の違いに首を傾げて終わりだった。
海を見て、その広さを知って、その全てが塩の水である事にも驚いて、そこに暮らす魚を味わったから、この経験は俺の中に深く刻まれたんだと思う。
あぁ、いや、まぁ、都で海の魚を食べるなら、陰陽師が魚を凍らせて運ぶ必要があるし、実際に宮中ではそうやって海の魚が食べられる事もあるって話は聞いたし、それを経験すれば、また違った視野が広がるのかもしれないけれども。
経験と言えば、汐網の国を発った今も、俺は貴重な経験をしていた。
これまで、旅と言えば自分の足で歩く徒歩の旅だったが、今回はなんと船旅である。
海沿いの国を転々と移動して交易をおこなう大きな商船に八重の伝手、つまりは俗楽の花の伝手で、乗せて貰える事になったのだ。
目的地は、淡美の国と、浅海の国と、波濤の国。
どうやら今回の八重の、海沿いの国で調査員から、渦潮の里と舶来衆の勢力争いに関する報告書を受け取る任務は、汐網の一国で終わりではなかったらしい。
船に乗る際、
「兄ちゃん、随分と腕が立ちそうだけれど、間違っても船の上で暴れてくれるなよ。途中、渦潮の連中に止められたりするかもしれねぇけどよ、変に争わなきゃ客に危険はねぇんだからさ」
そんな風に船乗りに言われた。
どうやら渦潮の里に船を止められた時、要するに海賊行為を受けた際に、正義感を発揮して俺が戦ったりしないかを心配されたらしい。
……確かに、何の説明もなく海上で海賊に襲われたなら、俺は間違いなくそれを迎え撃とうとしたと思う。
でもその戦いで、俺が勝てば何の問題もないんじゃないだろうか。
なのに戦うなと言われてしまうと、まるで俺がその海賊に負けると思われてるみたいで、少しばかり業腹だった。
ただその感情を顔に出した心算はなかったのだが、
「四木様がいらっしゃれば海賊に襲われても追い払えるかもしれませんが、その次にこの船が襲われる時には四木様はおらず、海賊の恨みだけが残っているという事になりかねませんから……」
どうやら八重には俺の気持ちはお見通しらしく、笑いながらクイと袖を引かれてしまう。
なるほど、そういう事なら、仕方ない。
揺れる船の上での戦いにも、幾らかの興味はあったんだけれど……。
いや、もちろん、戦うなと予め言われていたのだから、別に八重の言葉がなくても勝手に戦ったりはしなかったが、まぁ、納得はいった。
納得せずに自分を抑えるのと、納得して大人しくするのでは、結果は同じでも俺の気持ちが全く違う。
ならば船の上にいる間は、大人しく船乗りたちのいう事を聞いて、のんびりと船旅を楽しむとしようか。
こんな経験も、滅多にできるものじゃないのだし。
もちろん、自分や八重の身に危険が降りかかりそうになったなら、大人しくし続ける心算は微塵もないが。
そんな事を考えて頷く俺の事を、何故だか八重が楽しそうに、笑みを浮かべながら見てる。
もしかして、考えが顔に出てしまっていただろうか?
それを問うのも些か恥ずかしく、俺は表情を取り繕って横を向く。
強い潮風が吹く海を、船がゆっくりと進み出した。




