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寒村を出立して南へ三日で羯磨の国を抜け、そこから南西に四日進むと、炭谷の国に辿り着く。
八重曰く、炭谷はこの辺りで最も名の知れた国であり、その産業は炭の生産と、鍛冶らしい。
俺も、炭谷の国って名前は知らなかったが、この国の鍛冶衆、惣元衆の名前は耳にした事がある。
確か昔の名工、愛弥惣元の流れを汲む鍛冶衆の筈だ。
愛弥惣元の打った刀は柳才師も一振り所有していて、それは大切に扱っていた。
さて、この国で八重は、俗楽の花の連絡員と接触し、次の指示を受け取るそうだ。
その為に少し時間が必要になるだろうとの話だったので、俺はこれをいい機会だと思い、使っている刀を手入れに出す事にする。
もちろん刀の手入れは普段から自分でしているし、何かを斬る際にも、その刀身は気で保護しているんだけれども、……先日の妖怪、人百足との戦いでは些か酷使した。
今のところ、特別に不具合を感じる訳ではないけれど、万が一という事もあるだろう。
故に、念の為に、専門の職人に見て貰おうと考えたのだ。
優れた職人の多い地なら、一体、誰に刀を預けるかは悩みどころだが、幸い、以前に柳才師から預かった紹介状の中に、炭谷の惣元衆の一人に宛てたものがあったので、その職人を頼る事にする。
預ける刀は腰に差した大小の内、大の方、打ち刀で、銘は刃鉄。
父が独立する際に、当時の風神流の当主から送られた刀で、四木家の家宝の一つだ。
特徴としては、打ち刀としては少し大振りな事だろうか。
繊細で美しいというよりも、頑丈で力強い印象を与える刃鉄は、床の間に飾るよりも、戦いに用いる事で輝く刀だと父は言っていた。
本当にそうだと思う。
俺はあまり刀の目利きができる方ではないけれど、折れず、曲がらず、妖怪との戦いも耐え抜いた刃鉄は、信頼できる刀だ。
手入れを依頼した職人、惣元衆の弘毅という男も、刃鉄を目にすると厳つい顔を綻ばせ、
「いい刀じゃないか。他所の刀だが、見事な迫力がある。それに大切に使われてるな。……ふん、これじゃあうちの刀を勧めるのは野暮そうだ」
褒めちぎるようにそう言った。
その物言いに、俺も思わず笑ってしまう。
まぁ、弘毅だって、本気で俺に惣元衆の刀を売りつけようだなんて思っちゃいない。
何しろ旅の武芸者が、そんなに裕福な筈がないのだ。
実際のところは、俺は八重から護衛や妖怪討伐の報酬としてそれなりの金子を貰ってるから、物次第ではあるけれど、刀の一本くらいなら手が届かなくもないとは思うが……、これは俺が仕事に恵まれているからの話である。
腕を磨く為、或いは磨いた腕を高く買ってくれる支援者を探そうと旅をしてる武芸者なら、その懐は寂しい。
手入れだって、柳才師の紹介状があったから弘毅のような職人が引き受けてくれたが、そうでなければ支払い能力を疑って、断られる可能性すらあっただろう。
持つべきものはコネと金と言うべきか。
武芸者ならばまずは実力が第一だけれど、それだけで世の中は渡ってはいけない。
三日間、俺は弘毅に刃鉄を預け、その間は、炭谷の国に留まる事になる。
八重も武器の手入れの必要性はわかっているから、三日間の滞在に快く賛成してくれた。
また彼女も、俗楽の花との連絡には同じくらいの時間が必要になるそうで、お互いに都合も良かったのだ。
刃鉄を預けた三日間は、弘毅が別の刀を貸してくれた。
大小の小の方、脇差だけでも町中での護衛ならば十分だけれど、急に腰の重みがなくなると軽さに寂しさを覚えるので、この貸与はありがたい。
しかしこの貸与された刀が、間に合わせの貸し出し品とは思えぬ良い刀だった。
刃の美しさはもちろんの事、こしらえの仕事も丁寧で、柄は手に吸い付くように馴染む。
何よりも、腰に差した時の収まりが良い。
あぁ、刀を勧めるのは野暮だと言った癖に、こうした形で誘惑するのか。
俺は思わず笑ってしまう。
誰にでも、こうして刀を貸し出す訳じゃないだろう。
場合によっては、いや、惣元衆の打ったひと振りだという事も加味すれば、恐らくこの刀は預けた刃鉄よりも値が高かった。
刃鉄は優れた刀だけれど、その真価は見抜き難いし。
仮に手癖の悪い者にこんな刀を貸し出せば、そのまま持ち逃げされてしまうのがオチである。
もちろん俺は、幾ら高価な刀と引き換えでも、家宝である刃鉄を置いてはいかないが、弘毅がそれを知る筈もない。
これも柳才師の紹介状の信頼か。
或いは俺の刀の扱いに、俺自身に信を見出してくれたのか。
理由の殆どは前者、柳才師の保証への信用だろうが、幾らかでも、後者も含まれていれば嬉しいなと思う。




