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次に気付いた時は、俺は布団に寝かされていて……、結局、あの道場に俺以外の生き残りはいなかったらしい。
ただ父の躯は、首だけが奇麗に残されていたから、弔いに困る事はなかった。
尤も首以外の部分は、全て骨になっていたけれど。
当主を失い、門弟を失い、光陰流の存続は不可能になる。
元々光陰流は父が一代で立ち上げた流派で、道場がこの地に根付いてから然程に時は経っていない。
だからこの地には、他に頼るべき親戚も、俺の歳で母を養える稼ぎを得られる仕事もなかった。
故に俺と母は、父が父が光陰流を立ち上げる前に学んでいた流派、風神流で兄弟子だった人物、今は風神流の当主である伯・柳才師を頼って都に行く事となった。
柳才師は俺と母を温かく迎え入れ、父に代わって俺に稽古をつけてくれた。
……それから、もう四年だ。
俺は十六になり、柳才師からは目録を授けられる。
風神流では異例の速さとの事だったが、元より光陰流は風神流より分かれた流派であった為、基礎に共通する部分が多かったのも幸いしたのだろう。
だがその異例は、風神流の門弟達の反感を買ってしまった。
いや、単なる反感だったらまだ良かったのだ。
武芸者を武芸者たらしめる所以は武芸、つまりは実力である。
単なる反感だったなら、実力で弾き返す事も可能であった。
けれどもそれが、柳才師が風神流の後継に俺を選ぶのではないかという憶測、恐れに端を発するものであったから、話は実にややこしくなってしまう。
柳才師が、父との縁があったから、俺に殊更に目をかけてくれているというのは事実だ。
また柳才師の娘であるカナも、まるで俺を兄であるかのように親しく接してくれていて、……この事も門弟達の勘ぐりの一員になったのかもしれない。
そこに実力が伴えば、確かに、そんな風に考えてしまうのも無理のない話だった。
柳才師には息子が一人いて、この息子、タケルが風神流の跡を継ぐと周囲には目されているが、柳才師がハッキリとそれを口にした事はない。
もし、このまま門弟達の勘ぐりが高じて反感が高まり、タケルが俺を敵視するようになってしまった場合、これは非常に拙かった。
別に俺の事はいいのだ。
先も言ったが、武芸者であるならば最も重要なのは己の実力。
父もこれが足りなかったから、あの鬼に敗れて食われた。
周囲の反感は実力で弾き返せばいいし、それが足りなければ居場所を失う。
これは武芸者として当たり前だと受け入れられる。
……けれども、俺はよくとも柳才師の下で世話になってる母はどうだろうか?
母は風神流の道場に、手伝いとして置いて貰っている身だ。
俺への反感が高まれば、周囲からの母への当たりも強くなってしまうかもしれない。
かといって柳才師がこれを解決しようとすれば、周囲には俺への贔屓と映るだろう。
つまりここでの生活は、潮時だった。
柳才師には、恩がある。
この身が一人で生きられるようになるまでの四年間を世話して貰った。
そしてこの四年間で、以前の俺が習得しきれなかった技の数々を、身に付ける事ができた。
風神流では目録を授かったこの身だが、これが光陰流であったなら、もっと先に進んでいるとの自負がある。
これを仇で、迷惑をかけて返すような事があってはならない。
だから今日、俺はこの道場を発つと決意して、柳才師に暇乞いを告げた。
俺はこれより、あの鬼を追うと。
母には、既に相談済みだ。
「私は、夫だけでなく息子も鬼に喰われて失うのですか」
そんな風に言われた。
正直、俺はあの鬼を、きっとそこまで憎んではいない。
確かに鬼は父を殺したが、それは勝負の結果だった。
鬼が父の首を汚さなかったのは、自らが討ち取った武芸者への礼儀だったのだろう。
ならばあの勝負は、父が武芸者として力足りずに敗れたというだけの話である。
武芸者が勝負に負けたなら、命も、築き上げた流派の名声も、失ってしまうのは仕方ない。
いや、むしろ父は相手を妖怪として、門弟達と囲んで叩くという策を取ったのに、それでも鬼は父に対して武芸者としての礼を貫いたのだと考えれば、恨み言なんて言える筈がなかった。
父を喪ったばかりの当時はともかく、今ではそんな風に思えてる。
けれども、
「俺は、この先、どんな人生を歩もうと、この手で何を掴もうと、ある日、唐突にあの鬼が目の前に現れて全てを失うかもしれないと、恐れて生きる事になります」
父を奪われた恨みではなく、俺は俺の事情で、鬼と決着を付ける事を望んでいた。
死した父と鬼の関係はあの一戦で終わったのだとしても、生きる俺と鬼の因縁はまだ途絶えた訳じゃない。
「母よ。俺は死にに行くんじゃない。鬼に喰われに行くんじゃない。鬼を恐れず生きる為、鬼と決着を付けに行く」
父を喪った母を残して息子が危険に赴く。
それが親不孝である事は俺だってわかってる。
だけど俺が俺として生きる為には、これはどうしても必要だった。
加えて言うならば、俺の眼にはあの日、父と戦った鬼の技が今も焼き付いて離れない。
未熟な俺が魅せられた、人を越えた高みの武が。
どうしてそれを忘れて、武芸者として生きられようか。
もちろんこれは、母にはとてもじゃないが言えなかったけれども。




