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さて、殺ろう。
形状を確認し、殺せると確信した。
これ以上の観察は無駄だ。
あまり詳しく観察して思い込みを抱くと、それを裏切られた時に死ぬ。
人が相手なら体格から間合いを測ったりもするのだが、妖怪の場合は不意に腕が伸びても不思議じゃなかった。
特に今回のように半端に人に近い姿の妖怪は、首が真後ろを向いたり、腕の関節が真逆に曲がったりと、そうした動きで虚を突かれてしまう場合がある。
武芸者は肩の稼働や腕の長さ等から間合いを読む事が癖づいているから、人には不可能な動きや巨大化等でそれを狂わされると、思わぬ不覚を取るかもしれない。
だからこそ、人と戦う時以上に、妖怪との戦いでは陰気の動きを察し、行動を先読みする事が重要だ。
次の攻撃は、巨体を活かした上からの圧し掛かり。
しかしその時にはもう、俺は人百足の身体が降って来る範囲からは逃れてて、ついでにまた一太刀、その身体を刃で切り裂く。
光陰流がその名に冠する光陰とは、空に太陽が昇り、沈んで日が暮れる事。
つまり流れる時間を意味する言葉だ。
陰気から動きを先読みする事で、俺は常に人百足よりもほんの僅か、瞬きする程ではあるけれど、先の時間に立ち続ける。
故に人百足の攻撃は俺には届かず、逆に俺の刃は必ず人百足の身体に届いた。
こちらの気の使用は、周囲の陰気に肺を止まぬ程度の防御と、刃の強化、保護のみ。
相手の動きを先読みすれば、身体能力の強化は必要ない。
速く動く事よりも、早く動く事で相手を制するのが光陰流の得意とするところだ。
人百足がどれだけしぶといのかわからぬから、不必要な気の消耗は避けるべきだろう。
斬って斬って斬って、人百足の身体を削いでいく。
相殺を目的としている訳ではないとはいえ、気で強化した刃は、妖怪には効果的な攻撃だ。
斬られた痛みに怒りを覚えたか、人百足が足を、いや、この場合は無数の腕を、伸ばして掴みかかって来る。
でもその動きは読めているし、やっぱり伸ばしてきたかとくらいにしか思わない。
体重移動をして、摺り足で移動し、回避。
それから刃を振るって腕を切り落とし、その動作で体重を、重心を移動させて、また摺り足をして、スルスルと地を滑るように動きながら、俺は避けて斬ってを繰り返す。
戦況は、俺が人百足を圧倒していた。
けれどもそれは、当たり前の話である。
何故なら一度でも人百足に戦局が傾けば、俺が一撃でもまともに喰らえば、そこで戦いが終わる可能性もあるからだ。
妖怪はしぶとく、人は妖怪よりもずっと脆い。
気での防御はあるにしても、それだって万能のものではないから、妖怪との戦いは常に圧倒し続けて、そのまま倒し切らねばならない。
もちろん世の中には、妖怪の攻撃を敢えて受けて、それを防ぎ切って返すような戦い方をする武芸者もいるのかもしれないが、少なくとも俺はそうじゃないから。
……ただ、このまま倒し切れるかどうかは、少し怪しそうだ。
人百足は順調に切り刻めているが、それでも思ったよりもかなりしぶとい。
大きな傷を負わせる為に、深く斬り込みたいところだけれど、人百足は元気に暴れ回っていて、その隙も中々生じなかった。
このままだと、或いは俺が先に息切れしてしまう可能性がある。
六山の国からここまでの強行軍、特に寒さに耐える為に気を燃やし続けていた事が、俺の余裕を奪っていた。
だけどその、圧しているように見えて実は自分が窮地にあるという認識が、俺の命を燃え上がらせる。
躱して、斬って、己の中の気を消耗する度に、俺は自分の成長を実感する。
その感覚が、たまらなく楽しい。
もちろんその楽しい時間も、永遠に続きはしない。
俺の気と体力の限界という時間制限もあるけれど、それよりも早くに戦いを、人百足を観察していた八重が、奇襲による介入を行ったからだ。
属性の判別とやらが終わったのだろうか。
人百足の背後から少しずつ忍び寄っていた八重が、跳び上がって口から真っ白な息を吐く。
一体どんな肺の強さをしているのか、その白い息は人百足の巨体をすっぽりと包んで、その半分程を凍らせる。
驚くべき技だ。
だが驚くよりも先に、俺は身体が凍った事で動きを止めた人百足に止めを刺すべく動く。
敵に生じた隙を見逃せないのも、武芸者の本能のようなものだから。
残る気も、全て使う。
陰気からの防御に1、身体強化に3、それから刃に残りの6を込め、人百足に向かって大きく跳躍し、その身体の半ば以上を縦に真っ二つに切り裂いた。
人が数珠繋ぎに融合した姿の人百足は、どこが急所なのだかハッキリとしない妖怪だけれど、俺は今の一撃で、その命を絶ったと確信する。
俺の気と刃が、人百足の陰気の最も濃い、核のような何かに届き、それを斬った感触があったのだ。
辺りに響く断末魔の声。
人百足についた無数の人の口が、それぞれバラバラに悲鳴を、泣き声を、罵り声を上げていて、それが混ざり合って何とも不快な和音になってる。
けれども、人百足にはもう、その音を発するだけの力しか残ってなかったのだろう。
それを構成していた人の身体も、やがて崩れて塵と化し、風に吹かれて消えていく。
「四木様!」
八重がこちらに駆けよって来る。
俺はそんな彼女に一つ頷き、
「どれか家を借りて、少し休もう。それから、墓でも作って弔わねば」
そう言って刀を布で拭い、腰に納めた。
村人はさておき、その欲望の犠牲になった人々は、ちゃんと弔ってやりたい。
それから、これは口に出す気はないが、この村に生まれて、どこにも行けずに俺に滅ぼされた人百足の事もだ。
別に妖怪を滅して感傷的になったりはしないが、俺は先程の戦いで自分を成長させてくれたあの人百足が、そんなに嫌いじゃなかったから。
まぁ、見た目は実に気持ち悪かったが、敵として戦う分には実に楽しい相手だった。
「はい、そういたしましょう」
八重は、そんな俺に向かって柔らかく笑みを浮かべて、一軒の、比較的だが状態のマシな家を目指して歩き出す。




