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崩落した坑道を確認した翌日、六山の国を出立した俺と八重が向かったのは、六山からは北西方向に幾つか国越えた先にある、羯磨という国の、更に北西の外れにある寒村。
前に話した通り、六山の国に出入りする山道は東西南北のそれぞれにあるが、この季節は南以外の道は、深い雪が積もっていて移動は危険だ。
しかし俺達は、敢えてその道を通って羯磨を目指す事になった。
なんでも八重曰く、なるべく早くに解決すべき案件を、俗楽の花から指示されたらしい。
一体、彼女は何時、俗楽の花と連絡のやり取りをしてるんだろう?
俺は護衛として、かなり長い時間八重の近くにいる。
もちろん女性である八重に四六時中張り付きっぱなしという訳にはいかないから、色々と傍を離れる時はあるけれど、……それでも怪しい気配が近付かないかどうかくらいは、察知できるように気を張っていた。
なのに俺の知らぬ間に、俗楽の花との連絡のやり取りができているというのは、流石は忍びと褒めるべきか、もっと警戒を厳重にした方がいいのか、悩むところだ。
まぁ、さておき、その案件を解決しに向かっていいかと、八重は俺に問う。
というのも、六山から北への山道を通る事もそうだけれど、この季節に北に向かって旅をするのは、雪と寒さで非常に危険である。
更にその寒村に到着すれば、ほぼ確実に妖怪と戦う事になるそうだ。
いや、より正確に言えば、俗楽の花は俺が妖怪と戦う想定で、八重にこの案件を指示したらしい。
だが八重は、俺が雇われているのはあくまで旅の護衛としてであり、妖怪の討伐は流石にその範疇ではないからと、もしも俺が拒むならこの案件は断るか、それが許されないなら自分一人で向かう心算だとそう言った。
気を遣ってくれるのは嬉しいが、彼女は何故、そこまで俺の意志を尊重しようとするのだろうか。
色々と気になりはするけれど、……そもそも俺には、妖怪の討伐を前に引き下がるという選択がない。
別に、その寒村の妖怪が俺の追う鬼でない事くらいは、当然ながらわかってる。
俗楽の花、忍びに関わる案件ならば、その妖怪の討伐を自らの武名とするのも難しいだろう。
けれどもそれでも構わない。
妖怪の討伐は俺の実力を磨くにも、大妖に会う為に俗楽の花の信頼を稼ぐにも、いい機会となる筈だ。
また、ここまでの八重との旅は、俺にとっても中々に楽しいものだったから、これを断ってこの旅が終わってしまったらと考えると、まぁ、少しばかり寂しく思うし。
第一、俗楽の花が俺が妖怪と戦う事を想定して指示した案件に、八重を一人で向かわせられる訳がなかった。
「四木様のお心遣い、本当に嬉しく思います」
俺が同行を了承すると、八重は安堵したように、それからどこか申し訳なさそうに、薄っすらと笑んで、頭を下げる。
その上で、一体何が待ち受けてるのかと問えば、
「あまり気持ちの良い話ではございませんが、羯磨の辺りは数十年前、長く不作が続いた事があります。飢えに苦しんだ村が、……悪しき行いに手を染める選択をしました」
八重は少し言葉を濁しながら、その寒村には昔、色々と不幸があったのだと言った。
不作が続いた村といえば、する事はなんとなくだが想像は付く。
食うに困って、口減らしに子を売った……なんて甘い話では恐らくない。
その村だけでなく、周辺の全てで不作が続いたなら、子の買い手もいなかったと思うから、口減らしは別の形で行われた筈だ。
つまり、口減らしのついでに飢えを満たしたか。
更にそれでも足りなくて、賊の真似事もしたのだろう。
「一度悪さに手を染めれば、人の箍は外れるのでしょう。その村は時折、村に訪れる旅人を襲ったり、街道を行く旅人を襲ったり、遠出をして子供を攫ったり、……色々な悪さをするのに躊躇いがなくなりました」
抑えがなければ水が低きに流れるように、箍の外れた人間も簡単に低きに落ちるようになる。
不作を耐え凌ぐ為に仕方なく手を出した行為に箍の外れた人は、次は手軽に欲を満たす手段として、それらを行うようになったのだ。
「事が露見しなかったのは、彼らの悪運と、その村が国の外れにあり、管理の目が届き難い場所にあったからでございます。ですが犠牲者の念や、積もりに積もった負い目は、陰気を呼び寄せて、その村の地下牢に妖怪を誕生させました」
代を重ねてそれらの行為は悪しき因習と化し、凄惨さを深め、妖怪を生み出すに足る陰気を溜め込むに至った。
……たしかに、あまり気持ちの良い話ではない。
人の業が妖怪を生み出す事があるというのは知っていたが、実際にそうやって生まれた妖怪にこれから会うのだと言われれば、やはり気分は複雑だ。
「不幸中の幸いだったのは、その妖怪が誕生したのは冬で、他所から雪に閉ざされた村を訪れる者もおらず、その妖怪は村の外の世界を知りません」
先日の八重との話では、六山の崩れた坑道に誕生していたかもしれない妖怪は、何ら悪さをしていないからと、強引に退治をする方向にはいかなかった。
だが今回の経緯で生まれた妖怪が、その村の人間と出くわして、ただで済んだとは思えない。
これから行く寒村は、正しくはもう既に廃村なんだろう。
「しかし春になり、雪が解けて旅人が村を訪れるような事があれば、その妖怪は新たな血肉を求めて、村を発ってしまうでしょう」
寂れた場所にある村なら、春になったからといってすぐに人が訪れるような事もあるまいが、万一は常に起きうる。
故に八重は、道程が強引であっても早めに村に行こうとしてるのだ。
でもそれはそれとして、俺としてはもう少しばかり重要な、気になる事が一つあった。
それは、
「一体、どうやってその村に妖怪が誕生した事と、その経緯を知れたんだ?」
何故俗楽の花が、それらを知ってるのか。
以前からその村に目をつけていたというのなら、彼らは妖怪が誕生するまで、村で行われた行いの数々を見逃してたって事になる。
いいや、それを責める気はない。
俗楽の花は忍びであり、国の組織ではないのだから、その村での行いを取り締まる義理なんてないだろう。
だったら何故、今になって妖怪を退治しようとするのか。
そもそも、俗楽の花は情報の収集を主として行う忍び衆だというのに、妖怪の退治をする事に何の益があるのか。
また、その村に妖怪が発生してから、村に人の出入りがないのなら、一体どのように妖怪が生まれた事は伝えられたのか。
護衛の身だからとこれまで詮索は控えめにしてきたが、今回の件に関わるならば、その辺りを問う権利はある筈だ。
俺がそれを問うと、八重は少し悩んでから、
「俗楽の花には、私のような巫女や、巫女が関わった人間の、未来や過去を知る術があります。なんでも自由に思い通りにという訳ではございませんが、今回は恐らく、私と四木様がその妖怪と対峙するところを見て、村の情報を洗い出したのでしょう」
なんて言葉を口にした。




