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八重の表の顔は、修行の為に各地を巡り、自然の宿る古き神々を慰撫する巫女という事らしく、六山の国に辿り着いた彼女は、古く小さな社で祈祷を行った。
元より、八重はどこか神秘的なものを感じさせる容貌をしてるから、その彼女が祈祷を行う姿は、まるで小さな神がそこに降りてきたのかと錯覚させる静かな迫力がある。
その正体を知ってる俺ですらそうなのだから、彼女を初めて見た者が、その祈禱を目の当たりにすれば、誰も彼女が本当は忍びなのではないかなんて、疑いやしないだろう。
あぁ、いや、或いは八重が巫女だというのは、偽りの姿ではないのかもしれない。
芳信和尚は、人に寛容な大妖は、守り神として祀られてる事が多いと言っていた。
だとすれば八重がその守り神、俗楽の花の里がある地では、大妖に仕える巫女だったとしても、特に不思議はないのだから。
ちなみに八重のような巫女を含む神職と、芳信和尚のような僧侶の違いは、俺もあまり詳しくはないんだけれど、なんでも前者は大いなる存在である神や、聖獣等を祀り、後者は死した人々に安寧が持たされるように祀り慰めるのだそうだ。
またこの神武八州を統べる皇も、この地に残った神の一柱なので、その御方に仕える都の役人も、分類的には神職になる。
簡単に言えば、国や大いなる存在の為の神職と、人々の為の僧侶と言い換えるとわかり易いかもしれない。
尤も僧侶もこの地に生きる人々の為、神武八州の安寧には協力しているので、俺のようなそちらの世界とは縁の薄い人間からすると、神職も僧侶もあまり違いのない、偉い、尊い人達だってくらいの印象しかないんだけれども。
まぁ、さておき、八重の祈祷が終わった後は、六山の国の有力者である、泰山家の屋敷に招かれた。
なんでも祈祷の礼に、一晩歓待してくれるらしい。
祈祷を行った八重だけでなく、護衛の俺も招いてくれるというのだから、何とも親切な話である。
ただ、招きに応じて訪れた泰山家の屋敷は、思ったよりもかなり小さい。
泰山家は六山の国に仕える家臣の中では、文官の筆頭だという話だったのに、屋敷の広さも立派さも、都で道場を構える柳才師のそれに劣る。
六山の国力の乏しさが、こんなところにも可視化されているのだ。
けれどもそのもてなしは暖かかった。
食事は干した肉を、雪に下に隠れた冬の山菜や、芋と一緒にゆっくりと煮こんで戻した鍋で、それを泰山家の当主自らが振舞ってくれる。
巫女である八重はともかく、一介の武芸者でしかない俺までそうやってもてなしてくれるというのは、普通なら考えられない事だろう。
これが柳才師のように、名の売れた武芸者であったなら、指南役として国主に招かれたり等して、その家臣たちも対等に、或いは一目置いて接してくれるが、今の俺にはそれだけの実績も名も、何もないというのに。
そのもてなしは、贅の限りを尽くしたものには程遠かったが、心尽くしは素晴らしく、俺が泰山家、いや、六山の国に好意を持つには十分過ぎる。
けれども、だからこそ食事の後、俺にあてがわれた部屋を訪ねてきた八重に、この六山に起きた事件の話を聞いて、俺はそれに怒りを覚えた。
八重は祈祷の際に、社に隠された他の忍びからの調査報告書を見つけていたという事で、その内容を俺に教えてくれたのだけれど、……六山の国で起きた銀山の坑道が崩落した事件は、浮雲の里の忍び衆による破壊工作だったそうだ。
依頼主は、六山と木材の取引をしてる下流の国々の一つ。
なんでも六山の行う銀山開発は、鉱山からの鉱毒被害を心配する下流の国々の、強い反対にあっていたらしい。
だが碌な産業もなく、民の暮らしも決して楽ではない六山は、これをどうにか打開しようとなけなしの金をはたいて山師を雇って鉱脈を発見し、銀山の開発を開始した。
これに成功すれば、六山と下流の国々の力関係は逆転する。
木材という運びにくい商品は、川を使って下流にしか運べない為、買い叩かれる事も少なくなかったそうだ。
そして買い叩かれても、食料や生活に必要な物資を買う金を得る為には、六山は木材を売るしかなかった。
しかしこれが銀ならば、取引の相手は下流の国に限らない。
寧ろ、銀山の規模にもよるけれど、わざわざ他に売りに行かずとも、銀を欲する商人が、六山にまで買いに来る。
その際は、きっと食料や物資も運んできてくれる筈だった。
……だけど、銀山の坑道が崩落した事で、その全てが無になってしまう。
「坑道は、単に入り口が崩れただけじゃなくて、広い範囲が一晩のうちに、一気に崩されて埋まっています。恐らく浮雲の里は、かなり手練れの忍びを複数派遣したのでございましょう」
八重の言葉に、俺の背筋に冷たいものが走る。
大勢の人手をかけて、数ヵ月、或いは年単位の時間を掛けて開発を進めていた鉱山を、たった一晩で一気に崩壊させる力。
それがどれ程のものか、俺には想像もできない。
だが腹立たしいのは、それ程の力の使い道だった。
六山の人々が希望を込めて掘っていた銀山を潰して、希望を奪うような真似をせずとも、その力があればもっと違う事ができるだろうに。
「この崩れた坑道を再び使えるようにする為に、優れた山師を雇う余裕は、もう六山にはありません。恐らく他国からの支援を受けて、利益を折半するような契約で、銀山の再開発が行われると思われます」
八重の物言いから察するに、その支援を行う国というのは、結局は下流の国々何だろう。
つまるところ、銀山の坑道の破壊は、その利益の折半の為に行われたのだ。
鉱毒の被害を心配して、銀山開発に反対していたという建前があるにもかかわらず、利益が出るとなればあっさりとそれを翻す。
「そういうやり口は、好きじゃないな……」
俺は、思わずそう漏らしてしまう。
「ですが、この破壊工作はかなり穏当に行われたようです。人を巻き込まない時間を選び、手段を取って、坑道を破壊する以外の被害を発生させませんでした。本当はもっと手荒に、昼間に多くの人足を巻き込んで坑道を破壊した方が、確実に銀山の開発は止まりますから。恐らく、指揮を執った者が余計な被害を好まぬ性質なのでありましょうね」
八重のその言葉に、俺は少しハッとする。
なるほど、そういう見方もできるのか。
確かに、銀山の開発を止めたいならば、坑道を壊すだけじゃなくて、人死にも出した方が確実だ。
浮雲の忍びがそれを敢えて避けたから、この六山に暮らす人々に余計な被害が出ずに済んだのか。
坑道の破壊が下流の国からの依頼なら、別に忍びだけが悪い訳じゃない。
忍びには忍びの事情があるのだろうし、忍びを利用する者も悪いのだろう。
……そもそも、余所者の俺が銀山の破壊に憤ってみたところで、何の意味もないのだし。
「この件は、恐らくこれ以上の問題は起きないでしょう。他国の支援を受けて銀山の開発が再開しても、六山の国力が極端に高くなって、周囲とのバランスが崩れる事もありません」
八重は、この件に関しては肯定的な様子だった。
そしてそれは、そうなのかもしれないと俺も思う。
銀という富を六山が独占していたら、或いはそれを狙ったどこかの国と戦争が起きていた可能性がある。
山に囲まれた六山は守りには適した国だけれども、食料の輸入を他国に頼る六山を干上がらせる手は無数にあった。
しかしその銀という富が幾つかの国で分散されるなら、それに益を受ける国も、六山の防衛に参加する事になる筈だ。
そうなると六山の守りはより強固になり、干上がらせるような類の策謀も無効にできる。
色々と感情的には納得がいかないところもあるけれど、理性で物事を考えるなら、確かにこの形は収まるところに収まったと言えるのかもしれない。
だが一つ気になるのは、八重はどうしてこの話を俺に聞かせてくれたんだろうか。
俺に何かを考えさせたかったのか、それともこの話を、彼女も一人では抱えて痛くなかったのか。
……でも、そんな理由で任務で知り得た事情を、俺に教えるとは思えないんだけれども。
まさかこれも、問えば『四木様なので大丈夫です。しかし他の方には、この事は話さないでくださいませ』なんて風に言われるんだろうか。
「念の為、明日は現場の崩れた坑道も実際に確認しておきたいと思います。四木様もお付き合いくださいますか?」
俺は疑問を抱きつつも、八重の申し出に頷いた。




