快活少女は、悲鳴を上げる
『まもなく、長岡駅東口、終点でございます』
何処か昭和臭い女性のアナウンスが、ディーゼルエンジンと混じりながら車内に響く。
それまで呆然と車窓の景色を眺めていた少女――糸川 美鈴は、見慣れた駅前通りの光景が近づくにつれて、憂鬱な気持ちが募っていくのを感じていた。
複数の島に分かれたバスロータリーに、既に人工的な明かりが程よく照らされ始めている駅併設の商業施設――そんな街はすっかり夜の顔を見せ始めていて、地方都市らしい賑わいがそこにはあった。
学生の下校時間と社会人の帰宅ラッシュにぶつかる時間ということも相まって、エキナカのテナントや改札に続く通路でさえも、人が多く行きかっている。
そんな賑やかな喧騒の中、美鈴はすっかり冷めた内心を隠そうともせずに、瞳の奥の光を何とか灯しながら、大手通りに続く連絡通路を歩いていた。
「はぁ……」
深いため息を一つ吐きながら、重い足取りで無理にでも前に進もうとする美鈴。
彼女の内心にあるのは、寂しさでも悲しさでもなく、ただただ深い喪失感だった。
(怖がられちゃったなぁ……わたし……)
バスに乗る前の出来事を思い出すと、瞳の奥がじんわり熱を増して、視界の端が何度も揺らぎかける。
気を緩ませれば崩壊しかけそうな涙腺を何度も堪えながら、美鈴は何とか大手口――自宅がある駅の反対側のスカイデッキを渡り切った。
先ほどの東口と打って変わり、美鈴が今歩いている大手口は、駅直結の市役所がある事もあってさらに人出も多く賑やかだった。
そんな駅に吸い込まれていく人たちの流れを逆らうように、真新しいブレザーとスカートに身を包んだ美鈴は前へ進む。
そして歩くこと約一〇分弱。ようやく目的の建物の前に到着した。
視線を落としたまま、美鈴は狭い入り口のオートロックを解除して、一階に止まったままのエレベーターに乗り込む。
最上階のボタンを押すと、エレベーターは静かに重力を増して上昇し始めた。
ふと視線を上げてみれば、少し霞んだ視界の先で数字がゆっくりとカウントアップしている。
次第にリミットの数を満たそうとするころには、
「八階です。ドアが開きます」
やたら透明感のある女性の声が、美鈴を乗せた箱の中に響いた後に、ゆっくりと扉が開いた。
遅れて美鈴がフロアに降りると、エレベーターは誰に聞かせるわけでもなくアナウンスを響かせながら、再び扉が閉まる。
冷たい壁と床が広がる廊下に、所々に位置する丈夫そうな扉。
美鈴はエレベーターからもっとも離れた位置にある扉にカギを差し込むと、ようやく自宅の中に入った。
「ただいま……」
独り言のように呟くも、当然のように暗い廊下の先から返事はない。
とりあえず自分のためだけに廊下の明かりを灯すと、美鈴はそのまま暗いリビングの中に身体を滑り込ませた。
体温の欠片も感じない室内は、案の定今朝美鈴が焼いたトーストの匂いだけが残り続けている。
手探りで部屋の明かりをつけると、ダイニングテーブルの上に一つだけ変化があった。
美鈴は半ば内容を察していながらも、テーブル上に置かれたチラシ裏のメッセージと一つの袋を手にする。
―――またしばらく帰れない。いつもどおり、家を頼む。
残されていたのは、急いで書きなぐったであろう、たった二行のメッセージ。
汚い字で書かれた、事務的な内容の紙切れと一緒に置かれた封筒の中には、最高額の紙幣が五枚ほど入っていた。
(そういえば、買い出ししなきゃだっけ……)
お金にはまだ余裕があったが、いつも寄るはずのスーパーに今日は行けていない。
冷蔵庫を開けて中をみるも、簡単な調味料とバターしか入っていなかった。
「もう、今日はいいや……」
再び外に出る気力など湧くはずもなく、美鈴はとりあえずカバンをリビングに放置したまま、洗面所に移動する。
ふと鏡に映った自分の姿。
ややかすれた視界の先に映る、自分の姿を目にした瞬間、
「え……」
美鈴は思わず目を見開いた。
いつもよりも、じんわりとした熱と湿気を感じる目元の違和感。
光が消えかけている瞳に、血の気が引いたような表情。
次第にぼやけていく一方の視界。
何処からか響く水滴が滴る音に、美鈴は心臓を強く握られる感覚を覚える。
「なんで、私……、泣いてるの……?」
まるで生気を抜かれたような少女の頬には、いつの間にかポロポロと雫が滴り始めていた。
「……なんでっ、なんでッ……⁉」
堰を切ったように溢れる涙。
「止まって……、止まってよぉ……ッ!」
洗面器の中に降る温かいその雫は、無機質な管の中へと吸い込まれて消えていく。
そして美鈴は床に膝を付けたまま、声を殺して泣き続けていた。




