結局彼は、恐れ続ける
教師たちに囲まれた、野外のお茶会が終わった帰り道。
「はぁ……」
爽は焚火臭い制服をまといながら、どこか重い足取りで生徒会室に向かっていた。
とはいえ、もちろん爽が自主的に向かっているわけではない。
お茶会の最後に、貞夫が爽に言い渡した、ある一言が要因だった。
『菅谷君、さっそくだけど、できれば今日中に生徒会の子から、創部手続きに必要な書類をもらっておいてほしい』
“善は急げ”と言わんばかりに、貞夫は口調こそ穏やかながらも、有無を言わせない、そんな頼みごとを受けたのだ。
「結局、流されるがままだったなぁ」
完全下校時刻までは、まだ時間がある。
とはいえ、自分の意志を固める前に押し切られるいつもの流れに、爽は自分の弱さを自覚しながら前をひたすら歩く。
「これじゃ陽介の言うとおりだ……」
いつか過去に言われた、陽介の言葉がここでふと頭をよぎった。
――爽の優しいところは、素直にすげーって思うけど、少しは人の頼みも選んだ方がいいんじゃね?
時折同じ感慨に更けるときは、いつもこの言葉が、胸の奥で答えを持たないまま巡り続ける。
「僕もちょっとは、陽介のこと見習わなきゃかなぁ……」
そんな独り言を溢した刹那、油断しきっていた爽の背後から声が響いた。
「爽くんっ」
「うわっ!?」
反射的に爽は振り向くと、そこには見覚えのある女子生徒が立っていた。
青色のシュシュで髪を束ねつつ、程よく伸びたセミロングヘアを後ろで流した、整った顔立ちの女子生徒。
爽よりも一回り背が低いその女子は、声を少し裏返らせながら、
「ご、ごめん!驚かせるつもりなかったんだけど……」
両手を振るような仕草を見せると、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「う、ううん……。こっちこそ、ごめん……」
ひとまず爽は反射的に謝ると、
「えっと、糸川さん、だよね……?」
確認の意志を込めて、目の前の女子生徒――美鈴に問いかける。
「そ、そうだよっ!もしかして、思い出せたっ?」
「えっ?」
爽の怪訝そうな様子に、美鈴は一瞬落胆の表情を浮かべると、
「う、ううんっ。昨日の放課後のこと、思い出してくれてたのかなぁって思ってっ」
「あ、あぁ……、なるほど、ね……」
爽は昨日の出来事を思い出しながら、しゅんと申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめん、昨日は酷いことしちゃって……」
ふと気がかりだったことを、美鈴から目を逸らしながら謝罪する。
一方の美鈴は、急に謝られたことに一瞬の戸惑いを見せながら、
「酷いこと?」
「ほら、僕に手差し出してくれた時、驚いて払いのけちゃったじゃん……?」
「あ、あぁ……、そういえば、そんなことあったね……」
言われて、美鈴は取ってつけたような笑みを浮かべると、少し明るめに言葉を返す。
「べ、別に気にしないで!いきなりだったもんねっ、びっくりするのも無理なかったから」
「あはは……」
爽は曖昧に笑うと、一呼吸おいて、
「じゃあ僕、そろそろ行くね……」
「ま、待って!」
その場を立ち去ろうとした爽を、美鈴は背後から呼び止めた。
ビクッと肩を震わせながら、爽は再び美鈴に振り返る。
「爽くんって、長岡駅までバス使ってるよねっ?もし良かったら、その……、今日は一緒に帰らない?」
美鈴のまっすぐな目に、爽は申し訳ないとは思いつつも、
「……ごめん、今日はこれから、生徒会室に行かなきゃいけなくて……」
やや目線を彼女から外して、事実だけを口にした。
そんな爽の返事に、美鈴は驚いた表情を浮かべると、
「生徒会? 爽くん、生徒会に入ってたの?」
「ううん、そうじゃなくて……。これからちょっと、手続きしなきゃいけない用事があるんだ。だから、その……、ごめん……」
「そ、そっか……」
少し取ってつけたような理由に思いつつも、美鈴は再び笑顔を取り繕うと、
「じゃあ、仕方ないよねっ」
そう言って、美鈴は小さく頷いた。
「そ、そろそろバス来ちゃう頃だし、私もう行くねっ! バイバイっ!」
まるで逃げるように廊下を駆け抜けていく美鈴。
その後ろ姿を眺めながら、爽はいっそう胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
「はぁ……。良かったのかなぁ」
そんな独り言をこぼしながら、急ぐこともなかったはずの創部手続きの用紙を受け取りに、生徒会室に足を運ぶ。
結局、生徒会室で受けた事務的な説明もまともに頭に入らないまま、いつの間にか爽は一人下校していた。




