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鬼の帰る場所

ようやく更新です!お読み頂けましたら幸いです。

 鈴花は朝ごはんの目玉焼きをつつきながら、食卓の上にある籐で編んだ籠皿を見ていた。

 そこにはバナナや果物、頂きもののお菓子などと一緒に、四角い袋が入っている。

 袋に書かれている文字は、ふくまめ。

福豆。

今日は節分だ。


 去年は、お父さんが鬼の紙お面を付けて「がおー」と脅かしてきたから、思いっきり当てては逃げた。ついでにポピーにも投げると、ぴょんぴょんと高く飛び跳ねていたから、きっと楽しかったのだろう。

 そう、豆まきはすごく、すごーく、楽しかった。


「ね、ミヨちゃん。お父さん、今日は早く帰ってくるよね?」

「そのつもり、と言ってたけど。どうかな?さ、朝ごはん食べちゃって。遅刻しないように出かけなくちゃ、鬼さんは来てくれないわよ」


鬼が来たら困るんじゃなかったっけ、と鈴花は思った。

でも確かに登校時間が迫っていたので、はあい、と適当な返事をしてご飯を飲み込み、食器を下げる。

 ポピーはソファに寝そべって、まだ眠りこけているようだった。


 ミヨちゃんに早く早くと急かされながら、あっちに着替え、こっちでランドセルに荷物を詰め、洗面所で歯を磨き、またこっちでハンカチを持つ。テーブルにぶつかりそうになったり、ガタンごとんと音を立てながら、ようやく身支度を整えて、靴を履く。


「行ってきまーす!」


 鈴花が大声で叫ぶと、ポピーはソファから立ち上がり、玄関をのぞいて、また寝室へ戻っていった。


 1限目。生活の授業は、節分のお話だった。

担任の下野先生が、電子黒板に鬼のイラストを映しながら声を張る。


「『鬼は外、福は内』と唱えながら、豆を撒きます。鬼は豆に当たると痛いから、お家から逃げていくんですよ。皆さんのお家でも、今日は、豆まきをしますか?」


クラスのみんなは、口それぞれに「はい」と返事をした。


そのとき、葉津絵(はつえ)ちゃんが手を挙げた。

「先生、鬼は逃げてどこへ行くの?」


「そうね、どこかな?みんなはどう思う?」


電子黒板は、豆を当てられて鬼が泣きながら逃げていくイラストに変わった。


鬼は、どこへいくのだろう。

鬼のお家は、あるのかな。


 朝、鈴花が学校に行った後で、美代子はダイニングテーブルで頭を抱えていた。

挿し絵の仕事で、ボツが出たのだ。

しかも作家さんからの指摘だという。


「…解釈が違う、って……」


泣きたかった。

気に入ってもらえる自信はあったのに。

 うつむいている間に、自動掃除ロボットが大きな音をたてながら床のゴミをさらっていく。

モーター排熱の風が足元に当たるたび、ロボットにまで冷やかされているような気持ちになった。お構いなしにロボットは進み、そして終いに、美代子が座っている椅子の足にゴンとぶつかって止まった。

やれやれとつぶやいて、ロボットを持ち上げ、充電ステーションに戻す。調子が悪いのかもしれない。

「泣き面になんとやら、だわね」


  ロボット掃除機の騒音が止まると、ポピーが寝室から出てきた。

伸びてあくびをしながら、美代子をジッと見つめている。朝食の催促だ。


「おはようございます。……優雅な朝ですね」


言ってしまってから、今の言い方は少しだけ意地悪だった、と自分の小ささに辟易した。

 カリカリと呼んでいるドックフードをいつものように器に盛り、キッチンに敷いてあるポピーの食事用マットに置く。すると、速やかにポピーが器に顔を突っ込んだ。


「ポピーは単純でいいね」


ガリリと小気味良い音を立てながら、ポピーが夢中になって食べているのを見るうちに、自分が歯をくいしばっていることに気付き、美代子は顎の力を抜いた。

ぽかんと口が開き、そこからため息が漏れた。


「いかんね」


 いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。これは仕事だ。好きで選んだ道なの。

指摘された点を確認し、もう一度、修正したラフ案を担当編集者へ送らなくては。

美代子はお気に入りのマグカップにインスタントコーヒーを淹れ、仕事部屋へ戻った。


「ただいま、おかえり!」

いつもの時間に鈴花が帰ってくると、ドアを開ける前からポピーが玄関にいた。

ポピーの分まで挨拶を言って、黒くて丸い頭を撫でる。

可愛い黒柴はしっぽを振りたくって喜んでいる。わたしも嬉しい。


「おかえりは、いつでも嬉しいよね」


 ミヨちゃんが奥のほうから「おかえり。手を洗って、うがいね!」と言うのが聞こえた。

玄関にランドセルを投げ出し、洗面所で手洗いうがいをする。

タオルで手をぬぐうのもそこそこに、ダイニングテーブルへ横滑りしながら移動していく。

今日のおやつを発見……黒豆大福だった。やった!

 お家から道を渡って3回曲がったところに、美味しい和菓子屋さんがある。

ミヨちゃんはいつも「食べすぎ厳禁です」と言って、なかなか買ってくれないけど、今日は特別みたい。そうだよね。節分なんだもの。

 さっそく手をだそうとした瞬間、厳しい声が飛んできた。


「おやつの前に、宿題をしてくださーい」


そのミヨちゃんはリビングに顔だけ出して、もう一度「おかえり」と言うと、また奥のお仕事部屋へ戻っていった。

仕方ない。

もし宿題を終らせてなかったら、お父さんが豆まきをさせてくれないだろうし。

 鈴花は、渋々だが、まず自分の机で宿題を済ませることにした。


 宿題の漢字ドリルをランドセルにしまってから、もう一度、ダイニングテーブルの上を見る。

黒豆大福。そして…あれ?福豆の袋が、無い。

今朝はあったはずなのに!

鈴花は焦った。あれが無いと、豆まきができない。


「ミヨちゃん!ポピー!大変!たいへん!」


どうしたの、と奥からミヨちゃんののんびりした返事が届いた。


「ポピー、正直にいってごらん。豆を盗ったでしょう」


 豆大福を平らげ、お茶を飲み終えた鈴花は、ぷりぷりと怒りながら、ポピーをにらみつけた。

庭に面した掃き出し窓の前で、黒い毛皮の柴犬は丸くなったまま、だんまりを続けている。

三角の耳だけがこっちを向いている。

隣に座ったミヨちゃんが、お茶をすすった音が響いた。


「黙ったままじゃ分からないよ。本当のことを言ってごらん」


あらやだ自分が怒られたとおりに言ってるわ、とミヨちゃんがつぶやいたのが聞こえたが、そんなことは今は関係ない。鈴花の楽しい豆まきタイムがピンチなのだ。


「じゃあミヨちゃん?!」

「違うわよ。そんなわけないでしょ。すぐ人のせいにしないの」


珍しく、ミヨちゃんに怒られてしまった。

そして、散歩にいってらっしゃい、と追い出されてしまった。


 鈴花はポピーを連れて、悶々としながらいつもの散歩コースを歩いていく。


「私、悪くないもん」


何だか、今日のミヨちゃんは冷たかった。せっかくの豆まきなのに、もしこのまま福豆が見つからなかったら、どうするのかな?

ミヨちゃんは豆まきが楽しみじゃないのかな。

お父さんと私と、一緒に何かするのは、楽しみじゃないのかな?


 うつむくと、リードを引っ張りながら、ぐんぐんと先に歩いていくポピーのお尻が見えた。

ふわふわの白いお尻をにらむ。

ポピーだって、豆を食べるのが好きでしょ。豆まきしたいよね。

なんだか腹が立ってきた。

 ごまかすようにリードを握った手に力を込めて引っ張ると、ポピーがこちらを見上げて止まった。

どうかしたの?と、おでこの茶色いマロ眉に書いてある。

口から垂らしたピンクの舌で、ぺろりと口の周りを舐めとり、またハァと息を吐いた。

黒い瞳が言っている。早く進もうよ。


「ポピーは、私と一緒にいて楽しい?」


 鈴花は思わず訊いてしまった。

ポピーはしっぽを右から左に、少し振った。

 それは鈴花には、こう聞こえた。


「なんのこと?早くいこうよ。散歩は楽しいね」


 ポピーはまた前を向くと、ぐいっとリードを引っ張って進み始めた。

白いお尻が、ぽんぽんっと揺れた。


 家に帰って鈴花がただいまを言うなり、ミヨちゃんが玄関まで出てきた。


「鈴ちゃん、福豆、見つかったわよ!」


これ見て、とミヨちゃんが指さしたキッチンの床に、ロボット掃除機があおむけで転がされていた。


「何だか変な音がするなぁって思ってたのよね。なにかの拍子に袋が落ちて、掃除機が引きずったみたい」


テーブルの籠の中に、福豆の袋があった。

しわが付いた袋と、もうひとつ、新しい福豆。


「袋はくちゃくちゃだけど、中身は無事。それにほら、予備のお豆も買ってあります。これで豆まきは大丈夫、楽しみね!」


ミヨちゃんは笑顔で言って、ロボット掃除機を片付けていく。


 しゃがんだ背中を見ながら、鈴花は頬っぺたが熱くなるのを感じた。

それはお部屋の暖かい空気に当てられたから、だけじゃなかった。


「掃除機が壊れたわけじゃなくて助かったわ」


誰も、悪くなかったのだ。

なのに、私はすぐにポピーを疑った。ミヨちゃんのせいにした。

 鈴花は、うなだれた。

ごめんね、ポピー。ごめんなさい、ミヨちゃん。

 黙っていると、ミヨちゃんが覗き込むようにしながら、背中に手を当ててくれた。


「鈴ちゃん、豆まきをとっても楽しみにしてたもんね」


ごめんね、となぜかミヨちゃんの方が謝ってくれた。

鈴花は何も言えず、ポピーを抱き上げ、お風呂場に連れて行った。


 空の湯舟にポピーを入れて、首元から温水シャワーをかけていく。

毛皮はアンダーコートまで、足は肉球の間まで指を入れて、丁寧にすすぐ。

ポピーの嫌そうな顔を眺めながら、鈴花はさっきの自分の気持ちを思い出していた。

 私が嫌だったのは、お豆が無くなったことだけじゃなくて。

ミヨちゃんが、豆まきしたくなさそうに思えたから。

みんなで一緒にしたかった気持ちを、捨てられたと感じたからだ。


寂しかったんだ、わたし。


 ポピーがぶるぶるぶるっと震えて、勢いよく水を撒き散らした。

まるで、悪いものを全部、振り落とすように。


 その夜。お父さんが帰って来てから、無事に豆まきを遂行した。

今年のお父さんは、青い鬼のお面を付けていた。新作だ。


「がーおー!悪りぃ子はいねがぁ!!」


大きく手を振りかぶって家じゅうを歩き回るお父さんの後ろから、ミヨちゃんが、


「雄一さん、なまはげでしょ、それ」

と言いながら豆を投げつけた。


「いいんだよ、悪いものをやっつけるのも、鬼の仕事なんだからさ」


さあいくどー、と青鬼が、ポピーを追いかけていった。


 鈴花も豆をつかんでいた。

鬼はどこにいるのかな。

どうして、鬼は出るのかな。


今日、鈴花の中にも、鬼が生まれた。

豆をぶつけられた鬼は、どこへ行くのかな。


 もし独りでいるなら。

鬼も、お家に帰ると良いよね。

それなら、きっと、さみしくない。


「鬼は、自分のお家に、おかえり」


鈴花は去年よりもそっと、豆を暗い庭へ投げた。

なんとか8話まで続けることができました。読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。

第一話と比べて、語数が増えてきました。読みにくくならないように、でも書きたいものが書けるように、悩みながら綴っていたら、1か月経っていました。

プロ作家は、どんな時でも毎日書き続けると聞いたことがあります。

とにかく続けることを目標に、進んでいきたいです。

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