聞かない理由
更新です。遅筆にお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
ようやく、大人が出てきます。
朝の玄関で。
鈴花は登校前にハンカチを忘れて戻り、慌てて靴を履きなおした。
その時、思いっきりお父さんの革靴を踏んでしまった。ぐしゃっと。勢いで。
「わっ!」
そばにいたお父さんの方を見る。目が合った。見られた。怒られる!
目をつむった鈴花に、お父さんは静かに「こら」と言っただけだった。
ポピーが、君たちは何処に行くんだ、という顔で伏せていた。
算数の時間に、鈴花は思い出していた。
最近のお父さん、怒らなくなった。前だったら、「こらっ!」の後にお小言があって、
下手をするとお尻を叩かれたはずだ。
風邪じゃないみたいだし、お腹の調子でも悪いのかな?
学校から帰ってきた。
いつもどおりポピーは玄関で盛大に迎えてくれ、そして窓際のお日様が当たるところで寝っ転がった。ミヨちゃんはダイニングに座って本を読んでいたみたい。
おやつを食べる。今日は、しらすおにぎりだった。
海苔がぱりぱりで、塩気が美味しい。
「お父さん、今日は何時に帰ってくるの?」
「遅くなるって。晩御飯は、先に食べてましょう」
「ん」
鈴花はおにぎりをほおばる。海苔の香りが鼻を抜けていった。
「お父さん、最近、怒らないよね」
「うん、そうね。すずちゃんも頑張ってるからじゃない?」
「でも、暗いっていうか。変じゃない?」
「そう?変ではないよ。」
手元の本を閉じて、ミヨちゃんが答えた。ほうじ茶を一口飲む。
「なんでかな、何かあったのかな?」
「気になる?」
「うん。帰ってきたら、聞いてみようかな」
鈴花は窓際の特等席にいるポピーを眺めた。
寝がえりをうち、一度だけ鈴花を見て、それから「フーッ」と大きなため息を吐いた。
聞いて、どうするの?
そんな顔だった。
鈴花も真似をして息を吐いた。ふーっ。
するとポピーは、目を閉じてしまった。
「ミヨちゃんは、気にならないの?」
「うん。本当に必要なときは、雄一さんから話してくれるから」
「もやもやしない?」
「うん。信じているから。大丈夫」
ミヨちゃんは笑って、ほうじ茶を飲んだ。
鈴花はおにぎりを食べきり、お茶を飲んで、ごちそうさまを言った。
「じゃ、宿題よろしくです。お仕事してくるね」
ミヨちゃんはお仕事部屋へ戻っていった。
今日は、パソコンで会議をするのだろう。
ミヨちゃんは、いちいち仕事の中身を鈴花に話したりしない。
でも午後4時半になると、お仕事を止めて、晩御飯の用意をしてくれる。
毎日。
だから鈴花は、お仕事の邪魔をしない。
そう。信じてるから。
ダイニングの椅子から滑り落ちるように窓際へ転がり、鈴花はポピーの黒い背中に抱きついた。あったかいお日様の匂いを胸いっぱいに吸う。
ポピーの白いお腹がけだるそうに膨らみ、また「フーッ」とため息を吐いた。
その夜遅く。
鈴花を寝かしつけてから、美代子は雄一と晩酌をしていた。
「今日の鈴ちゃん、なんだか、おとなしかったわ。」
「宿題もやったの?」
「ええ。ちゃんと出来てたわよ。えらいでしょ」
「うん。珍しいね」
「あの子なりに、雄一さんのことが気になっているみたいよ?」
雄一はホッケの干物をほぐしながら、うーんと唸った。
「ばれてるかぁ。君にも、何も話してないけどね」
「はい、聞いてません」
「気になる?」
「うーん、気にならないって、鈴ちゃんに言っちゃったからなぁ。
見栄、張っちゃったかしら。信じてるって、言っちゃったわ」
目を合わせて苦笑いする。
「ミヨはそそっかしいな。ま、言いますよ。…転勤が決まりそうなんだ。」
美代子が缶ビールを注ぐ手を止めた。
「どこに?いつ?」
「北海道。肩書は良いけど、ま、先は分からんね」
ホッケを口にほおりこむ。
雄一は中堅どころとして社内で評価が高かったはず。しかし、こうと決めたら頑固なところがある。
おそらく、社内で何か揉めたのだろう。
美代子は、秋ごろの彼が、しばらく疲れていた様子を思い出した。
「それで?どうするの?」
「悩んでる。社宅になりそうだから」
テーブル下にポピーがスタンバイしていた。お目当てはホッケだろう。
期待に応えたいが、難しいときも、ある。
「分かった。じゃ、決まったら教えて」
「それでいいの?」
ホッケをほぐし続ける。
「うん。信じてますから」
美代子は缶ビールの残りを注ぎ切り、沈む泡を眺めてから、静かに口を付けた。
文学フリマ@京都へ伺いました!ああいった場所は初めてでしたが、熱気があふれてました。あまり馴染みのないジャンルに刺激を頂いたり、作品の向こうの創り手さんと直に交流出来たり、とても楽しかったです!ここに書き溜めたお話がまとまったら、いつか私も出展してみたいです。そのときはぜひ遊びにきてくださいね!!




