Re:009 小さく煌めく光のような
「…………すごく広い……」
扉から入ってきたときも思ったけれど、やっぱりこの部屋―――……って言っていいのかな。部屋というか、フロアというか……もう大型ショッピングセンターのようにも見える。大手と取引をした際、こんな感じでフラットなオフィスだったなぁ。間仕切りがないから、より遠くまでオフィスが見渡せた。デスクやPCが並んでいても、作業音しかしないような無機質な感じはしなかった。働いている人たちの距離が近くて、やりとりが飛び交っているところもあったなぁ。
……と思い出して懐かしくなったけれど、そこと比べても、何と言うか……広すぎでは?
扉の大きさが普通のオフィスとそう変わらない印象だっただけに、脳が混乱する。オープンオフィスとは言っても、端が見えないとかあるんだろうか。端らしい部分はあるのだけれど、あれが本当に端なのかわからない。
「どうかしたか?」
「いえっ、すごく広いんだなぁと思いまして」
「あー、最初はみんな驚くんだよな。新人はたまに迷子になるやつもいるくらい広いんだよな」
「そうなんですか!?」
「この辺は比較的普通なんだけどな。別の部署とか行くと俺でもまだ迷いそうになる」
慣れていても迷う可能性があるなら、より気をつけないと。そこまで方向感覚が強いわけではないし。
「前も電子送信しようと思ったら直で持ってこいとか言われてよ。そんでわざわざ持ってってやったのに、途中で電子トラップに引っかかって、三十分くらい抜け出せなかったことがあってな……参ったよ」
イセイさんは困った顔で笑って、それからトントンと階段を下りていく。私も追いかけて階段を下りる。さっきは気付かなかったが、この階段どことなくキラキラしている。イセイさんの足跡を追いかけるように、キラキラと光っているようにも見えた。思わず足もとを見ると、私の足跡だろう箇所が同じように淡く光っていた。圧力かなんかで光るのかもしれない。どんな仕組みなんだろう?
「おっ、いいとこに。なあ、今日フラクトはどこにいる?」
先に階段を下りたイセイさんは、ちょうど扉から入ってきた女の人に声をかけた。翼があったベルさんと違って、ごく普通の人間に見える。というか、日本人かな? ナチュラルボブのしっとりとした黒髪、丸メガネ。大きめのレンズ越しに見える濃い茶色の瞳。カジュアルスーツスタイルで、パリっとしているのに堅苦しすぎない。仕事のできるお姉さま! って感じだ! オフィス街を颯爽と歩いてそうな格好良さがある。
「彼なら今日はWAブースで作業しているはずですよ。急ぎのものもありませんし、午後は種選別に行くと聞いていますが……」
「わかった。ありがとな」
「…………ところで局長。そちらのお嬢さまは……?」
ちらりと彼女がこちらを見る。目が合って慌てて頭を下げた。
「こいつなあ、今日から入った新人」
「新人……? ジョークですか?」
「いや冗談じゃないって。マジの新人。しかもギャラクティカの」
「なっ……なんですって……!?」
お姉さんはカツカツとこちらに歩いてきて、私の手をがっしりと掴んだ。
「あなた!!」
「はっ、はい!」
「お名前は!?」
「えっ? あ……アイシャ・ユウです」
「ユウさん……素敵なお名前ですね!」
「あ、ありがとうございます……?」
ずずいと顔を近づけられる。美人さんだけど、近い、近いです!
「私はここで進行管理を担当しております、アスカワと申します! どうぞよしなに!」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします!」
キラキラと目を輝かせてアスカワさんは言う。
それから目頭を押さえて溜息を吐き、「やっと……」と拳をぐっと握りしめた。
「やっと……ウチに新人が……! 幻想じゃないですよね、局長!?」
「ああ」
「っしゃ――……と、失礼しました」
初見の印象よりも愉快なお姉さんなのかもしれない。
「それでは、今度チームで歓迎会でも! ね、局長! そうしましょう! ね!?」
アスカワさんは、ずい、ずずいっ、とイセイさんに近寄って行って圧をかけていた。
「あー、はいはい」
「はいって聞きましたからね! 言質とりましたからね!? よろしくお願いしますね!? ぜひ、お酒の美味しいところをお願いしますからね! 頼みましたよ局長!」
「えー、俺が決めんの……?」
アスカワさんはスキップでもしそうなほど嬉しそうな様子で歩きだし、あっという間に見えなくなった。
「……楽しそうな方ですね?」
一応フォロー(?)を入れておく。
「……あー、そういやあいつも腐女子だから話合うかもしれんぞ」
「なんですか急に」
「いや……まあ、スケジュールとかでよく話すことになると思うから仲良くしてやってくれな」
「はい」
それからイセイさんの後を追ってまた歩き出す。
このフロアは本当に広い。歩いても歩いてもまだ先がある。前を見れば、ちょっと広すぎるけどオフィスらしいところがある。けれど左を見ると窓の外に宇宙が見えて、やっぱり普通じゃないんだという感覚が混ざり合って不思議な感じだ。
「こっち行くぞ」
入ってきた扉があった右側には沿って歩いてきた。途中何度か似たような扉を見たが、ある扉の前でイセイさんは立ち止まった。
あまりにも広い空間だからか、扉が似たようなデザインだからか、扉の側に『WA』と表示されていた。
扉は自動ドアのようにすぐ開いた。入ってきた扉のように、厳重なロックにはなっていないようで、私も何事もなく通り抜ける。
「四番……四番は――と、あったあった」
扉の先は照明が落とされていて少し薄暗い。ブースごとに仕切られており、向こうの広い空間からすると真逆のようだ。
案内表示を確かめて、イセイさんはずんずん進んでいく。
四番ブースの前で立ち止まる。中に人が入っている『使用中』のランプが点いていた。
扉の側にインターフォンぽいものがついている。イセイさんはそれを押した。小さくピーッと音がした。チャイムみたいなものだろうか。
「おーい、フラクト。俺だ」
コンコンとノックをすると、『……どなたですか』と男の人の声が返ってきた。
「見えてんだろ? お前さんの上司だよ。イセイさんだよ」
『……あなたのことじゃないです。……そちらの方は?』
「新人が来たから挨拶にな。ちょっと時間もらえるか?」
『…………新人?』
少しの沈黙の後、『わかりました』と少し面倒そうな声が返ってくる。大丈夫かな。作業止めさせちゃって怒ってないかな。
緊張していると、イセイさんが「いいやつだから大丈夫だよ」と声をかけてくれた。
ありがとうございます、と言いかけたところでロックが外れる音がして扉が開いた。
部屋から漏れる光が眩しくて、思わず目を細める。
扉の隙間からぬっと影が現れて息が止まった。
「は、初めまして! 今日からお世話になります、アイシャ・ユウです!」
バッと頭を下げた。
「……おつかれさまです」
淡々とした声が降ってきた。
恐る恐る顔を上げる。そこにはアッシュグレーの髪と目の、背の高い男性が立っていた。




