Re:008 あれは確かに閃くような
青と白のマーブル模様のビー玉のような地球。ついさっきまで私はそこにいたはずなのに、まだどこか夢の中のように気持ちだけがどこかフワフワとしていた。
「地球って……地球にいるクライアントに送るってことですか?」
それなら普通のシナリオ制作会社と変わらないんじゃなかろうか。
私の疑問をくみ取ってくれたのだろう、イセイさんが答えてくれる。
「便宜上、『送る』って言葉を使ってるが、明確に誰宛って感じで送ってるんじゃないんだよ。だから、お前さんが思ってるように、地球にクライアントがいるわけじゃない。むしろ俺たちのクライアントは宇宙側だな」
「特定の人に送らないってことですか……? あ、ウェブ小説とか、何かの賞に応募するとか?」
「あー、そういうのとも違うんだ。そうだな……お前さん、適正あるってことだったから、たぶん感覚としてわかると思うんだが……」
イセイさんは顎を撫でながらじっとこちらを見つめてきた。
「お前さん、アイディアを受信したって感覚になることなかったか?」
「受信……ですか?」
「閃いたと言ってもいい。天啓みたいな感じで、急にぶわーっと世界観やシーンなんかが、昔見た作品のように脳内に急に広がるような現象だ」
「…………脳内に……」
なんとなく覚えがある。
私の場合は、特に水場が多かったような気がする。
シャワーを浴びている時、食器を洗っている時。日常の何気ない瞬間、創作のことも仕事のことも何も考えてないぼーっとした瞬間に、急に話が閃くことが確かにあった。あまりにも鮮明だったから、どこかで見た作品なのかと思っていたこともあったし、流用できそうなエモさを感じたものは二次創作に使わせていただいたりもした。
「……覚えがありそうだな」
イセイさんの声にどこか嬉しさが滲んだ気がした。
「それをやる側にいるのが俺たちだ。シナリオライターや漫画家、他にも音作りとか動画作ってる連中もいるが、基本的には皆やることは同じだ」
トンッと、煙草の灰を落としてイセイさんはニカリと笑う。
「アイディアの種を拾って自分が最高だと思うものを作ってくれ。そしてそれを地球に向けて送る。それが俺たち『センダー』の仕事だ」
「『センダー』……?」
「そう。Sender、送る者とか送信者って意味だな。その名の通り、俺たちは銀河系のアイディアの種をそれなりの形にして地球に送る仕事している。お前さんのように受信した人間が、そのアイディアを作品として世に生みだしてくれるわけだな」
うんうんと嬉しそうに頷くイセイさん。
けれど、ふと疑問が残る。
なぜ、わざわざ受信させる必要があるのか。
なぜ、私のような人間でなく、もっと有名な人や成功してる人に送らないのか。
それに何より――
「あの、最初から完成系を作る……とかはしないんですか?」
純粋な疑問だった。そこまで創作が好きな集団がいるのなら、なぜ最初から自分たちの作品を公表せず、他人に任せるのだろう。地球にアイディアを送れるのなら、自分たちで完成したものを公開してしまえばいいのに。
「……残念ながら、俺たちは地球に過度な干渉はできない。そういう規則なんだ。俺たちがやってるのはギリギリ許容されてる範囲って感じだな」
規則。だと言うなら、つまり私もそのルールが適用されるのだろう。
「それにな、俺たちがいくら形にしても、アイディアを送る途中でどうしても不備が出るんだよ」
「不備、ですか?」
「ああ。まあ具体例は後で嫌になるほど見ると思うが……簡単に言うと全部は届かないんだ」
届かない、とはどういうことだろうか。
「配送ミス、的なことですか?」
「いやぁなんというか……フォルダを解凍したらファイルの一部が破損してる、のほうが近いかもしれないな」
「あー……大気圏突入時に燃えちゃう感じなんですかね」
「それ同じこと言ってたやついたぞ」
そうなんだ。となると、いくらしっかり形を作っても、完パケで届けることはできないのか。残念というか、もどかしいというか……。
「そんな感じで届いたもんが、地球にいる創作感度と適正が高いやつらに、閃きのようにスッと流れ込むことがあるんだ。近くにそういうやつがいないと、送っても誰にも届かずに消えちまう。送る仕組みはよくは知らないが、俺も体験はしてた。突然思い出したって感覚で、ココに情報が来るんだよな」
イセイさんは自分の頭を指でトントンと軽く叩いた。
「慣れないうちは夢って形で無意識のところに送るんだと。でも大半のやつらは夢の内容なんてそう覚えちゃいない。お前さんはどうだった? 夢をよく覚えてるクチじゃあなかったか?」
「言われてみれば……夢の内容が面白くて忘れるのが嫌で、最初はメモとかもしてたんですけど、そのうちメモにしなくても忘れることがなくなって……」
「あー、わかるなぁその感覚」
「それから……映画を見てるような……そういう感覚で、いいなって思う世界観とか、話――って言っていいんですかね。そういう見たものを活かすって方向で創作してたんですけど……」
言って、はたと気づく。
「……すみません、イセイさん。これ、無意識の剽窃とかになっちゃいますかね……?」
「…………剽窃?」
どこかで見たアイディアを、自分のものとして出してしまってるということにはならないのだろうか。いくら夢とはいえ、ここにいる人たちが元になったアイディアを作っているのだとしたら、私はただの盗作者になってしまわないだろうか。
けれど、そんな私の疑問は「それはないな」とバッサリ切り捨てられた。
「さっきも言ったが届くまでに結構な部分が削れてる。運よくそれなりに届いたとしても、そのアイディアをどう広げてくかは受け取った創作者次第なんだ」
似たようなアイディアを同時期に発表されたことがあった。
私は誰にも話していなかったから、ネタをとられたと思ったことはなかったけれど、似たようなものが続いてしまうのはよくないかもと、そのまま眠らせてしまったものもあった。
二次創作ならそこまで気にはならなかったのだが、オリジナルとなると余計に後ろ向きになっていた気がする。
例えば、流行っていた転生物の主人公をおばあさんにしてみようと思ったら、その年齢までかぶってしまったことがあった。転生した経緯や、その後のストーリー展開は私が受信したものとまったく違う内容ではあったけれど、それでも何だかあの頃は自信が持てなかったのだ。
「当たり前だが、個人差はある。それは文章やイラスト、企画やプレゼンと同じで、アイディアを受信するための力ってのも必要なんだ」
「受信する力、ですか」
「おう。アンテナ張るとか言うだろ?」
それはまたちょっとニュアンスが違うような気がするのですけど。
「それに受信する側にだって条件がいくつもあるんだよ。つかな、お前さんが他の大多数の創作してるやつらとどれくらい話をしてたかは知らんが、同じような作り方してたやつに出会ったことってあるか?」
「……………………ないです」
「ほぼ毎日見た夢の内容を何かしら覚えていて、それを創作に活かしてたやつは?」
「…………それも、ないです」
「じゃあ、書いても書いても次のネタが浮かんできて、キャラクターの動かし方やシーンの繋ぎに悩んだことはあったか?」
「……………………」
まだ学生の頃は頭を悩ませて創作していたはずだ。次はどうしようか、どういう行動をさせようか、そんなことを考えていたはずだ。それで書けない日もあった。悩んで悩んで考えた結果、納得がいくものができたと満足したはずだ。
けど、最近はどうだったろうか。
「昔はあったかもしれないが、最近はほぼ自分で作ってる感覚は薄かった。違うか?」
「……違……わない、です」
「そこがここに来た適正のひとつなんだよ」
心配すんなと言うイセイさんの声は、さっきよりもやさしいような気がした。
「それにな、俺たちが送ったものが必ずしもいい形になるわけじゃない。この辺は追々な。まあ説明しなくてもすぐわかると思うが……」
はあ、と面倒そうに天を仰いで、それからまた煙草の煙をキラキラ浮かばせた。
少しの沈黙の後、パンッと勢いよく膝を叩いてイセイさんが立ち上がった。
「早速だが見に行くか、現場!」
「え? あ、は、はい!」
イセイさんの勢いにつられて、私も勢いよく立ち上がる。思わずバランスを崩して、そのままローテーブルに膝を強かに打ち付けた。




