Re:004 それってよくあるフラグのような
宇宙猫というインターネット・ミームがある。
宇宙の背景に、猫の写真をコラージュしたものである。目を見開いたようにも見える、少し驚いたような顔の猫の画像を使うことで、理解ができない言動や行動を目の当りにした時など、シュールな状況に置かれた際の心理状態に大変マッチするとかなんとか。
今の私がまさにこの状況だろう。私がSNS廃人だったら、今頃この画像をアップしてる。……繋がるのかな、スマホ。
「Wi-Fiとばしてますから、せつぞくすればつながりますよ~」
あるんかい。Wi-Fi。
「って、待ってください! 仕事が……創作活動……?」
「はい~。やってましたよね~?」
「や……ってましたけど……」
夏冬の大型イベントにこそ申し込んではいなかったけど、ジャンル別で開催されるオンリーイベントにはかなりの頻度で出ていた。しかもジャンル反復横跳びで。
オタクなので、オタクらしく活動している時間こそ生を感じられていた。
会社――ひいては替えのきく社会の歯車のひとつとなって、ただ生きるためのお金を得るために働いていた。やりがいなんてない。誰にでもできる。ちょうどよく欠けた歯車の空きがあって、私がそこにはまっただけの話。
だからこそ、楽しめる趣味があってよかった。趣味がなかったら生活費を稼ぐだけの日々にいつか嫌気がさしていただろう。それでも同期の子がやめてしまってからは精神的疲労がひどく、とても同人誌を作る元気もなかった。ご飯も美味しくなかったし、かといって酒に逃げられるほどアルコールに弱いわけでも味が好きでもなかった。
たまに気晴らしにネットで小説を書いてみたり、イラストや漫画を描こうとしたり。昔からそこまで承認欲求が高い方でもなかったから、ブックマークやいいねのような反応がなくてもあまりショックを受けることはなかった。むしろ趣味なうえ不定期で上げているだけの作品に、たまに誰かが来てくれただけでも嬉しかった。ブクマやいいねだけでなく感想までもらった日には、この人はなんていい人なんだろうと思ってしまうほどだった。
創作が好きな人同士なら、楽しく話ができるかなと思った時もあった。
でも運が悪かったのか、承認欲求をこじらせて相互相手にすら噛みつきだすモンスターか、誰も聞きたいと言ってないのに突然語りだして止まらない設定厨とか、ネットに一作品も書き始めてすらないのに成功した未来ばかり語る人が多かった。
同じカプ好きなら、と腐女子なりに思った時もある。でも、解釈が違う。キャラの解像度が低い。口調もなぞれず、二人称だけでなく一人称の表記すら間違うとは。本当にそこに愛はあるのだろうか? 最近知ったばかりで情報が足りないだけ、という人は別に何も思わない。これから楽しくコンテンツを味わって沼に落ちてってほしいと思う。けれど、古参ですと言いつつ、グッズを持っていれば偉いみたいな思考で、同人活動に置いて重要な部分が抜け落ちてる人。たまたまハマったジャンルでそんな人たちがかなり多かった。もちろん全員がそうではないことはわかっている。けれど、その人がその界隈で知られていればいるほど、どうしたって目に入ってくる。
ブロックするという行為が私は好きじゃなかった。
嫌いなものを見えなくするのは簡単だ。臭い物には蓋をとも言うし、元から絶つほうが簡単だろう。でもそれは、自分と考えが違う人は存在を認めないと言ってしまっているようで、どうにも使うことができなかった。他人が使っているのは気にもならない。その人なりの理由があるのだから好きにしたらいいと思うし、私みたいなのにどうこう言われる筋合いもないだろう。快適なタイムラインの構築のために頑張ってるな~くらいしか思わないのに、どうして自分に対してだけそんなふうに考えるのかは不思議だ。
とまあ、そんなこんなで変にこじらせているわけだけど、昔はそれなりに楽しく同人活動をしていたオタクである。なんなら二次創作よりも長いこと一次創作をしていたオタクなのだ。創作活動という楽しく飛び回っていたフィールドが仕事になると聞いて、ちょっとだけ心はソワソワしだしている。
「ふふふ~。きょうみもっていただいてるようで、あんしんしました~」
「でも創作活動っていろいろだと思うんですけど、いったいどんなジャンルなんですか?」
「そうですね~、きほんてきにIPものだとおもってください~。なれてきたらオリジナルでもOKです~」
「つまり……公式二次創作……ってことですか?」
「こうしきさっかのあつかいですが……IPものだとそうともいえますね~」
一時期副業でライターをやっていたことがある。下請けの下請け……の下請けで、やりがい搾取みたいなところだった。今思えば明らかに単価は適正以下だったと思うが、それでも好きなコンテンツに関わることができた時は嬉しかったのを覚えてる。
あの時にゲーム業界に転職していれば、もっと楽しく仕事ができていたのかな。
過ぎてしまったことはしょうがない。それに、昔選ばなかった道を、ある意味今から挑戦できることを嬉しく思おう。場所がどうとか、私がどうなったとか、もう考えるのやめよう! 考えたところでわかる気がしない! 長い物には巻かれとこう! あー、地球きれいだなー!
「あなたのスタンス、きらいじゃないですよ~」
ふふふと彼が笑った。
「それより……さっき聞き捨てならない単語を拾ったような気がしたんですけど、聞いていいですか?」
「ん~? どこでしょう~?」
どこって、仕事内容よりヤバい単語が飛び出してたでしょうよ。
「さっき『地獄』って仰ってませんでした?」
「あ~……はい。いいましたね~」
うう、聞き間違いであってほしかった。
私、そんなに今世で罪を重ねたんかな。まあ確かに同人活動もある意味グレーだけど! でもジャンルごとのガイドライン端から端まで全部読んでちゃんと守ってたから大丈夫……と思いたい。通販NGジャンルにいたときは大変だったな……東から西へあちこち遠征して参加してたっけ。グッズOKのジャンルでもガイドライン間違えそうで怖いからって作ったことなかったな。
でも同人活動の積み重ねだと言うなら、大人しく地獄に行きましょう。それでそこで創作活動を――って、それ地獄でも罪を重ねることになるのでは?
「ふ……ふふっ……ずいぶんとおもしろいことをかんがえるんですね~」
「いやーなんか矛盾してるような気がしてしまいまして……」
「ちょっとかんちがいしてますので、ていせいしますね~」
ぱちん、とまた彼が指を鳴らした。
目の前に液晶モニターの画面のようなものが空中に二つ現れた。思わず「おぉ」と声が出たけど、もうこれくらいではそんなに驚かない。
じっと見ると映像が映し出されている。左側の画面にはPCに向かってひたすらキーボードを叩くよく見るオフィスの光景。右側の画面は、たぶん絵師さんたちだろうな。ペンタブレットで絵を描いている人たちが何人も並んでいる光景。
……ゲーム会社のオフィスかな?
綺麗で明るいオフィスに、オフィスカジュアルからラフな格好、髪の毛やピアス、ネイルも自由な人たちが働いている様子が映っていた。
「みえますかね~? ひだりがわが『じごく』で、みぎがわが『てんごく』です」
「……地獄と……天国……?」
そう言われてもどっちのオフィス(?)も同じように快適にしか見えない。働いている人たちはやつれたり死んだ目をしているわけでもないし、楽しそうにお喋りをしている人たちも映っている。
「ヘブンオアヘルじゃなくて、もじの『じ』と、ドットの『てん』なんですよ~」
「ああ、だから『じごく』と『てんごく』……」
思わず納得しそうになった。じゃあ『ごく』ってなんだ?
「『ごく』はぶしょみたいなもんですかね~。めいめいしたひとがいってました~。たしか、『くに』のかんじだったはずですね~」
なるほど。字国に点国ね。もうちょっと他の名称でもよかったんじゃないの。部署名なら。どうせ天国と地獄にかかってるんでしょうけどもー。
「……で、私はその字国で何をお手伝いしたらいいんですか?」
「はなしがはやくてたすかります~、さすがてきせいたかいだけありますね~」
「まあ……いま考えても無駄な気もしてきちゃって……」
「ふふ……それではアイシャ・ユウさん」
「は、はい!」
本名を呼ばれて思わずぴしりと背が伸びる。
「あなたにはこちらの『じごく』で、シナリオライターとしてはたらいてもらいます。おめでとうございます、きょうからあなたは『げんさくしゃ』です」
どこから取り出したのかクラッカーをパーンと慣らして、彼は笑顔で言った。
「あ、ありがとうございます……?」
「ふふ~、だいじょうぶですよ。あなたならすぐしごとにもなれるとおもいますので~。じゃあ、さっそくいきましょうか~」
扉に向かって彼は歩き出した。
「は、はい! えーと、どちらへ……?」
「あなたのじょうしのところにです~。ふふ、かれは『じごくのばんにん』ってよばれてるんですよ~」
なんという不安になる二つ名。
「ねはいいひとですから、だいじょうぶですよ~」
それってフラグじゃないですか?
いったいどんな人が出てくるんだろう。複雑な気持ちで私は彼の後を追いかけた。




