Re:016 そっちの方がまずいような
「これ、データとして送ってるんですよね?」
ミモリさんの画面に表示されている進行中の数字が少しずつ進んでいく。
「そうです。あー……もしかしたらちょうど研修でやったかな?」
「…………はい。詳細はまだですが、大まかな説明は完了しました」
ミモリさんが視線をやると、フラクトさんは頷いて答える。
「……もしかして、まだあの資料でした?」
「あの、と言うと?」
「ほら、ひと昔前のデザインの」
ミモリさんに聞かれて、例のクソダサ資料を思い出す。画面が目に焼き付いたように鮮明に思い出して、またじわじわ来てしまった。
「はい。そうですね……たぶん変わってないと思います」
「マジすか。そろそろアプデしてやれよ、フラクト」
「……? 何をですか?」
「ダメだ、わかってないな……まあ時間あるときにそのうち……ってこんな感じでのびのびになってるんですけどね」
「はは……」
笑ってかわすしかない。
しかし、時間との闘いで改善するにしても優先度が低い部分なんだろうな。新人がそうそう来ないのであれば、私でも後回しにしてしまうかもしれない。いざ新人がくるぞとなった時に思い出して準備を始めるかも。
今回の私は、先輩たちにとっても突然の追加人員なわけだし、着手できなくても仕方ない。むしろ突然来てごめんなさいとすら思ってしまう。
「そういえば、送信って具体的にはどうなってるんですか? 地球に向けて送る……んですよね?」
「そうですよ」
「そもそも宇宙からって送れるんですか?」
「送れますよ。あれ? もしかして宇宙飛行士の情報とかあんまり見てない系?」
言われて思い出す。
確かに宇宙からSNSに投稿している宇宙飛行士たちがいたはずだ。地上にいた時でさえ、スマートフォンやパソコンでよくわからないままに見えない電波を使っていただろう。高出力のアンテナを使えば、地上とまではいかずとも人工衛星まで届きさえすればそこから地上に届けられるのではないだろうか。
ミモリさんの説明を聞きながら、なるほどと頷く。
「…………しかし、ここではほとんど衛星経由では送信しませんね」
「まー、仕方ないだろ。衛星使うとバレるからなぁ」
イセイさんが面倒そうにぼやいた。
姿が見えなくなったと思っていたら、珈琲のいい匂いとともに現れた。先ほど会ったアスカワさんも一緒だ。
「お前らはカフェオレ組だよな」
「あざす」
がさごそとテイクアウト用ホルダーから大きめのドリンクカップを取り出して順々に渡してくれる。紙のカップから伝わる熱さと、いい香り。他の先輩たちのぶんはブラックなのかな? アスカワさんが向かい側のデスクでドリンクを配っていた。
「ありがとうございます!」
各々カップに口をつけてドリンクを飲む。ほろ苦い味と、ミルク。カフェオレのあたたかさにほっと一息つく。
一息ついても疑問が消えるわけもないので、恐る恐る聞いてみる。
「……あの、衛星使うと何かまずいことがあるんですか?」
ミモリさんもイセイさんも、何を言ってるんだ? という顔でこちらを見る。
「えぇと……アイサ――じゃない、アイシャしゃ……んん……アイシャさん?」
「ユウでもいいですよ」
言いづらそうなミモリさん。わかる。サ行の発音で噛みやすいんだよね、私の名前。
「じゃあお言葉に甘えて……ユウさん」
「はい」
「思い出してください。俺たちは今、どこにいます?」
「……宇宙ですよね?」
「そうです。宇宙です。で、ユウさんは地球にいた時、俺たちのことって知ってました?」
「いえ……?」
「ですよね?」
今私たちがいるここが大きな宇宙船のようなものだとして、内側にいてもかなりの広さを感じるのだ。外からみたらかなりの大きさになるだろう。仮に月面であったとしても同じだ。そんなものがあるとなったら、大騒ぎになっていそうなものだ。近未来SFの、映画のようじゃないか。
「つまり、俺たちのことは知られてないわけですよね。で、そんな時に衛星なんか使ったらどうなると思います?」
「どう……と言うと?」
衛生を経由するだけでそこまで大きな問題になるものだろうか。
「あのな。ここは宇宙なわけだ。今宇宙に出てるとされているミッションクルー以外で、宇宙から通信が届いたらどう思う?」
「!」
確かに。めっちゃ怖い。
ついに未知との遭遇が来たか! って各国ざわついてしまうんじゃなかろうか。
「大々的に表には出さないだろうが衛星の通信を国防のために傍受してる国もあるだろ? 他国のならともかく、自国の衛星ならチェックすることもあるだろう。違法でなければ問題ないしな」
「むしろ衛星を中継しようとしてる俺らのほうが通信タダ乗りしてる感じっすからね。ほら、近所のクソガキが家のWi-Fi勝手に使おうとしてるのを見つけた、みたいな」
大きな話かと思ったけど、ミモリさんの言葉で一気に身近な話に変わった。それはそれで迷惑な話ではありそうだけど。
「まあつまりだ。俺らが勝手に衛星を使うといろいろと面ど――マズイわけだ」
イセイさん、今面倒って言いかけたな。
「局長、今面倒って言いかけたでしょ?」
「…………面倒ではありますね、確かに」
せっかく飲みこんだのに、飲みこめない先輩方の言葉で飲みかけたカフェオレでむせそうになる。
「まあまあ。というわけでウチでは別の方法を使ってるわけだな」
ごまかしたな。
「……ごまかしましたね?」
「ごまかしたっすねぇ」
うるさいぞお前ら、とイセイさんが咳払いする。
「まあ、NASAの一番上の人は知ってますけどね、私たちのこと」
ドリンクを配り終わったらしいアスカワさんがトレイを片付けながら言った。
「そうじゃないと攻撃されちゃいますからね、私たち。一応ステルスはしてるから地上からはバレませんけど、宇宙にいる人たちには時々うっかりでバレちゃうこともありますから……」
そうか……そういうものなのか……?
「いや、そっちの方がまずくないですか!?」
さすがにこれは飲みこめなかった。




