Re:014 まるで舞い散る桜のような
――推し活とは。
人に薦めたいと思うほどに好感を持っているものや人に用いられる俗語で、推し作品、推しキャラなどのように使用され、昨今では推しを様々な形で応援する行為やその活動全般を指す言葉として広まっており、派生語も数多く生まれ、全体が好きなことを表す『箱推し』、複数人いる推しの中でも最も推しているものに対する『最推し』などがあり、また周りに広めることを布教ともいって――
「大丈夫です、言葉は知ってます」
「……………………そうですか」
私がうっかり聞き返したからか、知らないと思われたのか、フラクトさんが淡々と推し活についての説明を始めたのでびっくりした。歩く辞書みたいな人だな。
「先ほどもお伝えしましたが、点国の皆さんはアクティブなのでスケジュールを押さえることが難しい可能性が高いです。なので基本的には対面よりもネット上での打ち合わせになることが多いと思います。慣れないうちから向こうへ行くことはないと思いますが……」
フラクトさんはちらりとこちらを見た。それから口元に手を当てて何か考え込んでいるようだ。
「…………最初の挨拶くらいは、向こうに連れて行かれるかもしれませんね。イセイ局長次第だと思いますが……」
「フラクトさんもこちらに来たばかりの頃は挨拶に行かれたんですか?」
「…………自分は――」
フラクトさんが言いかけて視線を逸らしたとき、「おーい」と声が聞こえてきた。振り返るとイセイさんの姿が見えた。
「……イセイ局長。おつかれさまです」
「おつかれさん。ほいこれ。お前さんのセキュリティカードな。さっき情シスの連中が届けに来たんで、様子見ついでに持ってきたんだが……どうだ?」
会社で使っていたIDカードと似たような感じだ。名前と社員番号かな。それといつ撮られたのかわからないけれど、私の顔写真が入っていた。
「ありがとうございます」
「写真に文句あるなら撮り直してくれるからな。総務に連絡入れてくれりゃ対応してくれるだろうし……わかりづらけりゃ俺に言ってくれれば伝えとくが」
「あ、いえ! 大丈夫です!」
そうかそうか、とイセイさんは口角を上げた。それからまた煙草を取り出して流れるように口に咥えて火をつける動作をする。ゆっくりと吸い込んで、ふぅーと深く吐き出す。キラキラした煙が見えるのに、相変わらず何の匂いもしないから不思議だ。
というか、この社員証? の写真、履歴書に貼るような写真に似てるような気がするんだけど。もしかして私の履歴書から流用して……いやいや、まさかね?
「点国まで直接出向くことはなかなかないと思うが、連中とやりとりは増えてくはずだから頑張ってくれな」
「は、はい!」
にこり、というよりもニヤリと笑うイセイさん。でも嫌な感じはちっともしなかった。
ここからクリエイターが仕事をしているところを見れたことで、私のモチベーションにちょっとだけ火が付いた。本当にできるのかというよりも、ワクワクしている自分がいる。
「…………イセイ局長。基本的な座学研修と体力測定は問題なく完了いたしました」
「おう。送ってくれたデータは既に目を通してある。今回の新人は意外と体力もありそうだし、助かるな」
「はい。あるに越したことはないかと」
先ほどまでの体力測定の結果が共有されているのは当然として、早すぎやしないだろうか。いったいいつの間に送ったんですか、フラクトさん。
「というわけで新人。お前さんには今日からフラクトの下で業務を行ってもらう。つまり先輩だ」
フラクトさんの肩にぽんと手を乗せて、イセイさんがにかりと笑う。
「でもってフラクト。お前さんは今日から新人の先輩になる。先輩としてしっかり教えてやるんだぞ」
「…………しかしイセイ局長。自分では力不足では……」
「だーいじょうぶ、大丈夫。誰でも最初はそうなんだって。誰でも初めてのことってのはあるだろ? お互いに成長させてもらうのさ。自分が働きながら気付いたこととか、教えてやりゃあいい。そんで次の新入りが来たら、新人が次の先輩になるのさ」
「……そういうもの、でしょうか?」
「そういうもんだって」
「…………わかりました」
こくりと頷いて、フラクトさんは私に向き直る。
「……改めて、今日からあなたの『先輩』として業務にあたらせていただきますので、よろしくお願いいたします」
こちらこそ、と頭を下げる。
カタいんだよなぁ、と笑いまじりのイセイさんの声が聞こえてきた。
「まだ時間あるな……そうと決まれば先輩として実業務を見せてやるといい」
イセイさんは時間を確かめてから、私たちを連れてデスクへと向かった。
向かった先はライター側のオフィスフロアの一画で、何人かの人たちがぱらぱらと座って作業をしていた。
モニターに映っているのは、見慣れた文章作成ソフトの画面だった。
細かな文字は見えないが、時折資料を見ながらキーボードをタイプして文字を入力していく様子はライターの副業をしていた時と思い出す。
「おーい、みんな忙しいとこ悪いが、耳だけ貸してくれ。手は止めんでいい」
作業者に届くようにイセイさんが少しだけ声量を上げる。
「えー、こちら今日からうちに入った新人のアイシャ・ユウさんだ。今さっき座学が終わったばっかだから、今からお前らの作業の見学をさせてもらう。忙しいやつは気にせず作業しててくれ。あと、セキュリティやばそうなのはモニターロックかけといてくれ。しばらくは種選別でもやってもらおうかと思ってるが、みんな仲良くしてくれなー」
イセイさんの『新人』という言葉に、作業者の皆さんがぴくりと反応したように見えた。ある人は手が止まって固まったように動かなくなり、ある人はびくりと驚いてすぐにこちらを振り返った。
先ほどまでにこの区画に響いていたリズミカルなキーボードの打鍵音が、一気に静まり返る。
「ほら、なんか一言いってやれ」
イセイさんに合図されて、自分自身が緊張していたことに気付いた。
「あっ、初めまして、アイシャ・ユウです! 一応、副業でライターしていたこともあります! 慣れないうちはご迷惑おかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします!」
言い切って勢いよく頭を下げる。
なぜか昔の会社の新人研修を思い出した。営業でもないのに営業の大事さを知るためだとか言われて、街中で名刺配らされたりしたっけ……。
しかし、私が言い終わって少ししても、周囲は静かなままだった。別に期待してたわけではないけれど、軽めの拍手もなければ「よろしく」という言葉もない。そこまで興味がないのかもしれない。だとしても少しはリアクションが欲しいところではある。
業務に戻ったのかとも思ったが、キーボードを叩く音の少なさに変わりはない。
あれ? と顔を上げると、作業者のほとんどがこちらを向いてぽかんとしていた。
それどころか、作業者の一人の頬をつつぅーと涙が伝った。
「局長ぉ! ドッキリとかですか!? ドッキリとかじゃないですよね!?」
「ドッキリじゃないんだなこれが」
「本当に!? 本当に新人ちゃん!?」
「はい。自分も確認いたしましたが、正真正銘のうちに配属された方で間違いないです。さきほどセキュリティカードも情報システム部から受け取りました」
「フラクトが言ってんだから、局長のでまかせじゃないぞ!? ってことは……」
「そうだよね……と言うことは!」
バサァッと紙吹雪のように書類が宙を舞う。
やったー! という嬉しい悲鳴がフロアに響き渡る。映画で見た海外の卒業式で帽子を投げる光景を思い出した。
どうやって投げたのか、ビルの三階ほどの高さにまで書類が飛んでいく。高い高い天井だ。私が認識できてないだけで、もっと高く投げられているのかも。そこからぱらりぱらりと桜のように書類が舞って落ちてくる。表やグラフだけでなく、イラストなどの資料も合間にあるのだろう。白以外の色を纏った書類の雨は、それはそれは不思議と綺麗な光景だった。
「……お前ら、片付けるのもまとめ直すもの、俺らは手伝わんからな?」
はっ、と作業者がみんな我に返る瞬間を見た。
「すみません……あまりにも嬉しかったもので……」
「ほんとですよ。驚かせてごめんねぇ、新人ちゃん」
「ようこそ、ギャラクティカ編集部へ!」
「あっ、ねぇねぇお菓子好き~? これ美味しいんだよ~あげるね~?」
予想以上に驚きの歓迎っぷりだった。
ころんと飴のように包装されてはいるが、そこそこの大きさがあるお菓子をもらった。パッケージをみると、チョコレートのようだ。結構なブランドのチョコよりも大きいサイズだ。
「業務でわかんないことあればすぐに聞いてね! フラクトだと説明わかりづらいとこもあるかもだし」
「……自分は最適な言葉を選択しているつもりですが」
「ほらー、こういうとこ! ま、わからないことあったら聞いてくれたら大丈夫だよ! あ、でも〆切前はやばいかもしれないから、デスクの空気見て連絡してくれたら大丈夫!」
「わかりました。皆さんよろしくお願いします!」
「はいはい、その辺にな~? 細かい挨拶は……次の納期終わったら新歓でもやるからその時にでもしてくれや」
「新歓!? 当然会社もちですよね!?」
こくりとイセイさんが頷く。
「やった~! タダ酒、タダ飯、美味い飯~!!!!」
「うぉ~助かる、先日推しの新規グッズが出て諭吉が飛んだとこだったんすよ~!」
ワイワイはしゃぐ先輩たち。
なんか楽しそう。これだったら、部署の皆さんとは仲良くできるかもしれない。
「イセイ局長」
すっと、手があがった。他の先輩方が騒がしくしているなか、一人黙々と作業を続けていた方だ。どことなくフラクトさんと似たような雰囲気がある。
「先日お伝えしていた箇所なんですが、こんな感じで修正したのですがどうでしょうか……」
「お、どれどれ……?」
他の先輩たちとは温度差があるように見えたけれど、デスクがとても近い。研修の際に、このあたりのフロアは固定デスクじゃないから好きなところで作業していいと言われていたから、彼が他の先輩たちの近くで仕事をしているのは、嫌じゃないからなんだろう。
彼のデスクにあった資料も、一部は紙吹雪と化したはずだ。
というよりも、真顔で資料ぶん投げていたように見えた。
「うん……よし、お前らちょっとこっちこい」
フラクトさんと私をイセイさんが呼ぶ。
「先輩の仕事を見学させてもらえるぞ」
ついに実作業が見れる!
ドキドキしながら先輩のデスクに向かった。




