Re:012 就職したらまずやるような
初見のクソダサ具合に思わず驚いてしまったが、資料自体はめちゃくちゃまともだった。
簡単な業務内容説明から始まって、私が以前受けたものとほとんど変わらない――いや、前の会社で受けたものよりもしっかりとしていたようにも思う基礎的な社内研修。この企業の理念や、就業規則、コンプライアンスなどの一般的なもの。わかりきっている内容を確認しながらただ順番に読み上げていくだけのものとは違って、それはもう頭に叩き込まれるようなインパクトはあった。そこはクソダサ資料のなせる技、と言えるのかもしれない。
さらっとした説明だったのにも関わらず、目がチカチカして残像が焼き付いてしまいそうなほどインパクトのある資料と、予想可能回避不可能で飛び出してくるクソデカSE。表情を変えずに淡々と読み上げていくフラクトさん。なんだか面白すぎて忘れようにも忘れられない気がする。この面白さを共有できそうな同期の新人がいないのが残念で仕方ない。
そう。この面白研修を受けているのは、たった一人。私のみなのだ。
どうせならもう一人くらいいて欲しかったけれど、ある意味中途採用(?)みたいなもんだし、もしかしたら新卒採用みたいな時期には新人の子たちがこの資料の洗礼を浴びるのかも。そう思ったら口角が思わず上がってしまう。
「…………大体の説明は以上で終了ですが……ここまでで何か気になることはありますか?」
資料の作成者がめちゃくちゃ気になるのだけど、それは聞いてもいいことなんだろうか。
「いえ、今のところは大丈夫です」
「……そうですか。本日はあなたの端末が不達のため、資料の共有ができずにすみません。端末が届き次第、送らせていただきますので」
「はい。ありがとうございます!」
「説明に不備な点や不明な点がありましたら、遠慮なく質問してください。……………それではご清聴ありがとうございました」
フラクトさんがぺこりと綺麗な角度でお辞儀をする。
先方への謝罪のようでもあり、神社の参拝のような丁寧で深い礼。
つられて私も深々とお辞儀をする。
昔いた会社の人事部の人たちは社内研修も適当にだらだらとやっていたようだったけど、フラクトさんは全然違う。とても真面目な人なんだろうなぁという印象を受けた。
「あ、すみません。先ほどコンプラ関係は定期的に行っていると仰ってましたが……」
「…………ああ、はい。そうですね。あなたもこの部屋に来るまでにいろんな方をお見かけしたかと思いますが、ここには自分やあなたとも違う、生態系や文化を持った種族の方々が多数所属しています。その方たちの文化や、彼らにとってのタブーとされることなど、共有する場にもなっています。……覚えておいていただけると今後の役に立つかと」
「あぁ……なるほど」
言われてみればベルさんには翼が生えていた。アタッチメントとか言っていたけど、少なくともそれを使いこなしている高度な文明は地球にはまだない。ベルさんも翼以外は人間に見えたけれど、実のところ似て非なる文化を持っている種族なのかもしれない。最初の部屋にいた首から上が黒いもやのスーツさんたちも。イセイさんやフラクトさんは普通の人のように見えるけど、もしかしたら違うのかも。
「…………ちなみにイセイ局長は地球人です」
「そうなんですか!?」
「はい。そこは間違いありません」
なるほど。となるとイセイさん、いよいよカタギの人に見えなくなってきちゃったな。
いやいや、見た目で判断するのは良くないよね。良い人っていうか苦労人のオーラがめちゃくちゃあったもん。義理とか人情にアツい感じの人な気もするし…………そうなると余計にカタギから遠のいちゃう気がするのなんなんだろ。
「……コンプライアンス研修――と言う名目で皆さん集まることが多いですが、その実、ミーティング以下のお茶会のようなものになっておりますので……もし参加される場合は時間には気を付けていただければと」
「あ、はい。入退出時間、とかですかね?」
セキュリティ研修で聞いたところだ! 心の赤ペンで丸を付けたところがすぐに思い出せる。私は研修や説明資料はきっちり端から端まで読み込むタイプなのだ。
種族によって勤務時間をずらしていると聞いたばかりだが、種族ごとの基本的な勤務時間を過度に超えている場合、一時的にアクセス制限がかかることがあるらしい。あらかじめ上司に申請しておけば問題ないらしいが、ほとんどの人は起こらないらしい。
過度な労働の防止というよりも、セキュリティ対策の側面の方が大きいんだろうな。
ここの会社は銀河系でもかなりの規模の会社らしい。私にはまだピンとこない部分もあるけれど、要するに新人として社内に紛れ込む企業スパイが定期的に発生するんだとかなんとか。まるで映画みたいなことも起きるくらいには、大きな会社なんだろう。
「それもあるのですが…………どちらかと言えば参加者の方に注意してください」
「参加者……コンプラ研修の、ですか?」
「はい。その通りです」
「……ちなみに、なぜでしょうか?」
「コンプライアンス研修の名目で集まっている方々は、それはもうお喋りで、他の星の文化や文明に興味が尽きない方ばかりですので……そういった方々が数時間で話してくださるとは思えません」
「……もし、うっかり隙間時間に参加しよう~と気軽に行ってしまったら……?」
「……そうですね、早ければ三日ほどで一時解放してくださるかもしれませんが」
「三日!?」
「いろんな種族の方がいらっしゃいますから。あくまで平均です」
と言うことは恐ろしく長い場合もあるってことだな!?
フラクトさんの言外の意味に気付いて恐ろしくなる。地球人と違って一日二十四時間周期の種族ばかりじゃない。もっと周期の長い種族の三日だったら、と考えて怖くなる。
「ですので、アラームの設定や誰かに迎えに来てもらうようにするのが良いかと。慣れないうちは、他の方と一緒に参加することをお勧めします」
「わかりました。誰かと一緒に行ってもらいます」
そんな話を聞いて一人でいけるわけがない。
おひとり様上等であちこち一人で参加することも慣れたなぁと思っていたけれど、これは無理。無理なものはある。逃げるのも勇気だよね。
「…………賢明な判断です」
フラクトさんが頷く。
「……あの、ちなみになんですが」
「はい、なんでしょうか」
「フラクトさんに着いてきていただく……というのは可能でしょうか……?」
「自分に……?」
あれ、なんだろう。そんなに変なこと言ったかな。
フラクトさんは少し驚いたような感じがした。
「あっ、すみません! 無理なら大丈夫です! ただ、私まだここでの知り合いが少ないもので……」
フラクトさんは口元に手を当てて少し考えている。
「イセイさんはお忙しそうですし……あっ、フラクトさんが暇そうに見えるわけではなくてですね――!」
「……時間が合えば問題ありません」
「ほ、本当にいいんですか?」
「はい。状況次第ですが構いません。自分もたまには参加して情報を更新するのも良いかと思いましたので」
「ありがとうございます! あ、でもどこから参加したらいいんですかね?」
「……参加しやすそうなところから自分が見繕います。その時に時間が合えば、参加しましょう」
「ありがとうございます!」
フラクトさん、表情も声もかたいけれど、いい先輩だな。今回の職場はいいところかも。
「では、問題なければ次の研修に移りましょう」
「はい、よろしくお願いします! 次はどんな内容でしょうか!」
なんだかワクワクしていて今なら何でもできそうだ。
チームの話かな。より詳細な仕事の話かな。それともいよいよOJT?
フラクトさんの次の言葉を待ちながら心臓が期待でドキドキ高鳴っていく。
「それでは…………これより体力測定に入ります」
「へぁっ!?」
驚き裏返った私の情けない声が、情けなく部屋に響いた。




