EP2:伸ばした手で入れたもの(3)
『目標の魔力反応停止。完全に沈黙』
ヴェルダントの古代遺跡――ヴェルダント魔導研究所で魔導機兵部隊を率いていた男。
彼の機体がフェネクスの頭を叩き割った直後、彼の部下の一人がそう呟く。
「ふん、どんな機体も素人が扱えばこんなものか」
目の前のモニターには、頭部に斧が突き刺さり動かなくなったフェネクスの姿が映し出されている。
『それにしても、この機体は何だったのでしょうか?あまりにも生々しかったというか……』
仲間の言葉を聞きながら、彼は研究所から現れ沈黙するまでのフェネクスの姿を思い出す。
人間の動きをトレースするような動き。
そして、まるで本当に痛みを感じているかのようなパイロットの悲鳴。
「何でもいいだろう。お陰でコックピットを傷付けずに無力化できたのだ」
――帝国にない新技術搭載機の鹵獲。これは、昇進もあり得るな。
彼は頭を覆うヘルメットの下でニヤリと笑みを浮かべる。
「よし、この未確認機体を回収しろ。手の空いている者は遺跡の制圧部隊の安否確認に向かえ」
『了解』
部隊長である彼は、部下の二人にフェネクスの回収を任せ、崩壊しかけたヴェルダント魔導研究所へと向かう。
『見るからに不気味な機体だな。頭の中まで魔鋼がビッシリだ』
部下の一人が真っ二つになったフェネクスの断面を見て呟く。
通常、魔導機兵の頭部には魔力に反応して可動する金属――魔鋼のフレームを中心として、センサーカメラやレーダーなどの機械、それらからコックピットへ伸びるケーブルが詰め込まれている。
しかし、フェネクスにはそれが存在しない。
『まさか、他の部分も魔鋼だけでできてるのか?』
『ないだろ。魔力消費がヤバいことなるぜ。きっと、最新式の魔力炉でも一秒も持たねえよ』
「おい、ここは敵地だ。周りの警戒を――」
『ん?何だ?今動いて……ぐわ――』
突然、フェネクスを回収していた二人の機体反応がレーダーから消失する。
代わりに部下たちがいた座標に敵機の反応が表示されている。
――援軍だと!?一体どこから!?
「総員、作業中止。敵機の撃退を――」
部下たちにそう指示する最中、視界の端にあるレーダーに異様な光景が映るのを目にする。
敵機を示す赤い点が超高速で彼の機体へと近付いているのだ。
――何だその速さは!?
彼らの部隊が搭乗する魔導機兵「コレンテ・コルソ」は帝国最新式の最速の機体だ。
しかし、レーダーに映る敵機の速度はその比ではない。
「コレンテ・コルソの二倍……いや、三倍の速度が出ているだと!?」
驚愕の声をコックピットに響かせながらも、彼は操縦桿を操作して機体を反転させる。
しかし、機体が完全に敵機の方へと向く頃には、それはもう既に彼の機体の目の前にいた。
「な、んで……!?」
モニターに映ったそれを見て、彼は目を丸くする。
フェネクスだった。
しかも、叩き割った頭部と切断した右腕は、まるで何もなかったかのように元に戻っている。
「ば、化け物め!」
彼が力一杯にそう叫ぶと同時に、彼の乗るコレンテ・コルソのコックピットはフェネクスの腕に貫かれた。
***
――ここは?
ゼアフィーズが目蓋を持ち上げると、天井の真っ白色が飛び込んでくる。
――病院……?
ゼアフィーズを取り囲むように垂れ下がったカーテンと、身体を包み込む柔らかい感覚。
それらが、かつてヴェルダントの病院で入院した時の記憶と重なる。
――どうして私はこんなところに?
ぼんやりした意識で、糸をたぐり寄せるように記憶をたどる。
――そうだ。帝国の魔導機兵にやられて……それから?あれ?
「……コン=ノウァ。コン=ノウァは!?」
死の淵を彷徨っていた養母のことを思い出し、無意識に飛び起きようとする。
「うっ!?痛たた……」
身体に力を入れた瞬間、酷い筋肉痛のような鈍い重い痛みがゼアフィーズを襲う。
「ゼアフィーズ・ベレト、あなたの身体はまだ完治していません。安静にすることを推奨します」
突然ゼアフィーズの視界の外から現れる赤い髪と赤い瞳の少女。
彼女は抑揚の乏しい口調でそう言いながら、ゼアフィーズの顔を覗き込んでくる。
その少女の顔には見覚えがあった。
「……フェネクスさん」
「はい。フェネクス」
フェネクスは真っ赤なバラの花弁のような短髪を揺らしながら、無感情かつ無表情にそう答える。
――フェネクスさんがここに居るってことは、フェネクスさんが私たちをここに連れてきたってことなんでしょうか?
「コン=ノウァ?コン=ノウァは無事ですか?」
「獣臭いあの女なら、重篤者用の病室よ」
静かな病室に足音を響かせながら、一人の少女が姿を現す。
歳はゼアフィーズよりも少し上で、アルフィーズと同じくらい。
艶のある髪を肩のすぐ上で二つ結びにしている。
赤色の軍服の胸元には、聖フレナ騎士団の紋章が描かれていた。
「はじめまして、フェネクスさんのパイロットさん」
少女はゼアフィーズの前に現れるなり、シャープな目元をいっそう細くしてゼアフィーズを睨みつける。
「誰ですか?」
「リオベル・ビアーズ。今、聖火隊で話題の新人エースパイロットって言った方が分かりやすいかしら?」
リオベルという少女は自信と誇りに満ちた表情で自己紹介をする。
「……ごめんなさい。聞いたことないです」
「ちっ、これだから田舎者は」
部屋中に響くくらいの大きな舌打ち。
眉間に絶壁のようなしわができる。
「で、でも!聖火隊のことは聞いたことがあります。確か、聖フレナリア騎士団の中でも優秀な方たちが集まる教皇様直属の部隊でしたよね?」
「それ、フレナリア国民なら知ってて当然のことよ。私の機嫌を取りたいなら、もうちょっとマシな話題を振りなさいよね」
「……ごめんなさい」
「つまらない女ね。どうしてあんたみたいな奴が……」
リオベルはゼアフィーズに寄り添うフェネクスへと視線を向ける。
フェネクスは彼女の視線に一瞬だけ反応するものの、すぐに興味を失ってゼアフィーズを見やる。
そんな彼女の様子を見て、リオベルは再び舌打ちをする。
この場の空気が一気に重くなる。
「……あの、質問いいですか?」
ゼアフィーズは恐る恐るリオベルに尋ねる。
「何?」
「コン=ノウァは本当に無事なんですか?」
「一応は生きてるって感じね。心配なら、自分の目で見てきたら?」
リオベルは仕方なくと言った様子で返答する。
「それで、他には?」
「ここはどこなんですか?」
「聖都中央病院よ」
「聖都……そんな遠いところに……」
聖都アナスタシア。
フレナリア聖国の首都であり、ヴェルダントから陸路で一か月ほどかかる距離にある。
「最後にもう一ついいですか?」
「まだあるの?」
「ヴェルダントはどうなったんですか?帝国はもういなくなったんですか?」
そう問いかけた途端だった。
「……あんた、それ本気で言ってるの?」
「え?」
ゼアフィーズを見つめるリオベルの瞳が氷のように冷たくなる。
「ヴェルダントという街はもうどこにも存在しないわ。誰かさんのせいでね」
「どういうことですか?まさか、帝国に滅ぼされて――」
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ。あの街を滅ぼしたのは、あんたよ」
「え……?」
ゼアフィーズはリオベルの言葉を理解できなかった。
身に覚えがないからだ。
「私がヴェルダントを滅ぼした?あそこは私の故郷ですよ。そんなことするわけ――」
『ば、化け物!』
『お願いだ、助けて――うわあああ!』
『どうして!?私たちの味方じゃないの!?』
突然、記憶の奥底から誰かの悲鳴が湧き上がってくる。
それと一緒に脳裏を過る、霞がかかったような光景たち。
まるで鳥になったかのように空を舞う光景。
魔導機兵を形が残らないくらいに壊して、バラバラする光景。
そして、炎に包まれるヴェルダントの街と、ドロドロとした液体で赤く染まったフェネクスの手。
「……っ!?」
一瞬、自分の手とフェネクスの手が重なった。
――今のは一体?私、あんなの知らない……。
存在しないはずの記憶。
けれど、街に響く悲鳴、手にまとわりつく血液の感覚はどれも妙にリアルだった。
「……フェネクスさん、教えてください。私が気を失った後、ヴェルダントの街で何があったんですか?」
フェネクスなら何か知っている。
そう思った彼女は声を震わせながら、フェネクスに問いかける。
「それは、あなたの意識レベルが低下した直後から現在までの情報を整理したいということでいいですか?」
「そうです。できるだけ私に分かるようにお願いします」
「分かりました。では、可能な限り簡単に説明します」
フェネクスは相変わらず淡々とした口調で続ける。
「ゼアフィーズ・ベレト。あなたが意識を失い、操縦権限は私に返還されました。そこで、私は『負傷個体コン=ノウァを医療機関へ輸送する』ことを最優先目標としました。しかし、輸送先の設定がなく、実行ができませんでした。次に私は『共鳴者の安全確保』を目標に設定。周辺の敵魔導機兵の殲滅および敵拠点の破壊を行いました」
そこまで聞いて、ゼアフィーズは一つ違和感を覚える。
「敵拠点?」
――近くにそんな敵の拠点なんて……。
「敵拠点の位置はヴェルダント魔導研究所から北に二キロほど。塀に囲まれた要塞都市で、十機の敵魔導機兵が駐留していました」
「研究所から北にある、塀に囲まれた街……」
ゼアフィーズとフェネクスが出会った古代遺跡――ヴェルダント魔導研究所は、ヴェルダントの街から南へとしばらく進んだところにあった。
つまり、フェネクスの言っているその場所は……。
「そこにいた人たちはどうしたんですか?」
「敵拠点の住民であるため、あなたの生命を脅かす存在と判断し、殲滅しました」
ゼアフィーズは口を開けたまま、言葉を失うしかなった。
「そんな、嘘ですよね……?」
脳裏を過った悲鳴や光景。
あれはフェネクスの記憶だったのだ。
「ゼアフィーズ・ベレトの血色に異常を確認しました。体温低下が原因と予測。体温の上昇を試みます」
フェネクスの両手がゼアフィーズの頬に近付いてくる。
本物の少女のような、細く綺麗で程よく弾力のあるように見える手。
しかし、ゼアフィーズにはひどくおぞましいものに見えた。
「さ、触らないでください!」
ゼアフィーズはフェネクスの手を振り払う。
「ゼアフィーズ・ベレト?どうして泣いているのですか?どうして私を睨むのですか?」
「……あなたが街の人たちを殺したからです!」
フェネクスはよく分からないと言いたげに、首を傾げている。
その姿を見て、ゼアフィーズの胸の奥に煮えたぎるような怒りがこみ上げてくる。
すると、ずっと黙っていたリオベルが口を開く。
「……何であんたが被害者面してるわけ?街の人間を殺したのはあんたでしょ?」
「話を聞いてなかったんですか!?街の人を殺したのは――」
「殺人を犯した人間と殺人に使われた道具、どっちに罪があるかって話をしてんのよ」
リオベルはゼアフィーズに向かって指を突きつける。
「フェネクスのパイロットはあんたよ。だから、あんたが殺したの」
直後のことだ。
リオベルと同じ軍服を着た大人たちが病室に押し入ってくる。
「ゼアフィーズ・ベレト、あなたを国家反逆罪で拘束するわ!」
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ぜひ次回も読んでくださると嬉しいです。
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