EP2:伸ばした手で入れたもの(2)
『操縦要請確認、接続に移行するため、接続用ボディを生成』
次の瞬間、コックピットの背面の壁面から、壁をすり抜けるように一人の少女が姿を現す。
産まれたままの姿をした、燃えるような鮮やか赤色の髪を持つ少女。
床まで垂れ下がるその髪は、まるでケーブルのようにコックピットへと繋がっている。
「もしかして、フェネクスさん?」
「はい。接続のため、随伴形態をコックピット内で再現しています」
「は、はあ……」
――何を言ってるかよく分からないのですが、まずどうして裸なんでしょう?
見れば見るほど、美しい身体だった。
まるで、宗教画に描かれる女神が現実に体現されたかのよう。
「ゼアフィーズ・ベレトの心拍と体温の上昇を確認。私のボディに性的興奮を抱いていると予想……」
ぼーっとしているような感情の読めない表情で、ボソリと呟くフェネクス。
「え!?な、何を適当なことを言っているんですか!?」
「違いましたか?」
「違います!」
――コン=ノウァのことと言い、滅茶苦茶なことばっかり言いますね!
ゼアフィーズは頬を膨らませて、フェネクスを睨みつける。
「って、違います!操縦!早く操縦をさせてください!」
「あなたが私のボディに見とれていたので――」
「いいから早くしてください!時間がないんですから!」
「了解しました。接続に移行します」
そう言うと、フェネクスはゼアフィーズに両手の手の平を差し出す。
「私の手を握ってください」
「握る?こうですか」
ゼアフィーズは言われるがまま手のひらを重ね、端末の指の間に自分の指を滑り込ませる。
そして、手を握りしめると、それに反応してフェネクスも手を握り返してくる。
「……接続、開始」
刹那、コックピットの壁面に無数の魔力の軌跡が現れる。
流れ星のような小さな光たちはコックピットと繋がるフェネクスの髪を伝って、彼女の手へと向かい――。
「うっ!?」
重ね合うフェネクスの手の平からゼアフィーズへと流れ込んでくる魔力。
それはゼアフィーズの白い肌に幾何学的な文様を描きながら、全身へ広がっていく。
「いや、あああ……っ!」
――痛いっ!身体が焼けてっ!?
文様の刻印が進む度に、肉体を焼けるような激痛が走る。
痛みから逃れようにも、握り締められた手は完全に固定されていて放すことができない。
「はあ、はあっはあっっ……!?」
激痛の最中、魔力を使った時と同じ発作が現れ始める。
全身の血管が膨張するような感覚と共に心臓が異常な早さで脈打つ。
――ダ、ダメ……このままだと、死んでしまいます……。
「まだです。まだ、死ねません。私はコン=ノウァを助けないといけないんです!」
激痛と発作で意識が飛びそうになる中、ゼアフィーズはフェネクスの手をこれでもかと強く握りしめる。
すると、その時フェネクスがこう呟く。
「魔力回路、接続完了。操縦権限を共鳴者に譲渡します」
その時、ゼアフィーズの意識が弾けた。
***
「えっ?ここは?外……?」
意識が戻ると、ゼアフィーズは目の前に広がる光景に思わず声を漏らす。
彼女がいるそこはフェネクスのコックピットではなかった。
ヴェルダント研究所だ。
しかし、どこか様子がおかしい。
目に映るものすべてがミニチュアサイズになっていたのだ。
「って、どういうことですか!?身体が地面に埋まってます!」
地下十階ある巨大な研究所にゼアフィーズの身体が埋まっていった。
ゼアフィーズが慌てて身を捩ると、身体に触れた建物は砂で造った城を壊すかのように崩れていく。
『ゼアフィーズ・ベレト、落ち着いてください』
突然、ゼアフィーズの脳裏にフェネクスの声が響く。
『手短に報告します。今のその身体はあなたのものではありません。あなたと感覚を共有している私の機体です』
「フェネクスさんの身体?」
ゼアフィーズは自分の身体に視線を向けてみる。
すると、その目に映ったのは見慣れた自分の身体ではなく、真っ赤な色をした金属の身体だった。
「本当です……私、フェネクスさんになっています。でも、本当に自分の身体みたいです」
ゼアフィーズとフェネクスの身体。
体格、フォルム、固さ、どれも異なっているが、ゼアフィーズには不思議なことに違和感しない。
『ゼアフィーズ・ベレト。負傷個体コン=ノウァの生命限界まで時間がありません。早急な行動を推奨します』
「そうでした。早く病院に……って、どうすればいいですか?私、埋まっちゃっているんですが……」
『機体背面腰部に飛翔ユニットがあります。飛翔ユニットを展開し、上昇することを推奨します』
フェネクスの説明通り、翼のような形状をした飛翔ユニットが機体背面の腰部に折りたたまれた状態で取り付けられている。
――言われてみれば、腰から腕のようなものが伸びてるような?
自分の腰から何かが伸びている感覚に気付くゼアフィーズ。
人間の身体には本来存在しないその器官だが、不思議と彼女はそれを動かせるような気がした。
「こんな感じでしょうか?」
ゼアフィーズは鳥が翼をはばたかせるようなイメージを描きながら、それを動かそうとしてみる。
すると、折りたたまれていた飛翔ユニットが研究所を破壊しながら、一気に展開し――。
「きゃあああっ!?」
次の瞬間、飛翔ユニットのスラスターから一気に噴き出した魔力で、機体は急上昇。
床を突き破りながら、勢いよく地上に飛び出した。
***
飛翔ユニットで地下から地上へ一気に跳び上がったフェネクス。
空高く舞い上がった機体の下には、研究所を包囲する帝国の魔導機兵の姿があった。
敵の数は五機。
彼らはフェネクスを見やると、一斉に大砲を構える。
――あれは、当たってはいけないやつ!
ゼアフィーズの脳裏にフレナリア騎士団の魔導機兵が粉々になっていく光景が過ぎった。
彼女は飛翔ユニットのスラスターを思いっきり噴かす。
「避けれました!」
フェネクスは空を高速で移動して、帝国兵の砲撃を交わす。
しかし、それに気を取られ過ぎた。
「えっ!?う、嘘ですよね!?」
――落ちる!
加速方向を間違ったフェネクスは、速度を緩める間もなく、森の中へと墜落した。
「痛たた……」
全身を勢いよく地面に叩きつけ、ゼアフィーズに悶える。
「あれ?この身体はフェネクスさんのものなのに、どうして痛みが?」
『ゼアフィーズ・ベレト。今のあなたは自身の肉体と機体、双方の情報を同期させることで機体を動かしています』
「それって、つまり……?」
『機体を損傷した場合、同期しているあなたにも同様の痛みがフィードバックされます』
「待ってください。それじゃあ、魔導機兵に攻撃されたら……」
ゼアフィーズは背筋が凍るような感覚を覚えながら、背後を振り向く。
彼女の視線の先には、武器を構えながら迫ってくる魔導機兵の姿があった。
――逃げないと!
ゼアフィーズがそう考えた時には、帝国の魔導機兵たちは引き金を引いていた。
「きゃああっ!?」
着弾と同時に小規模な爆発を起こす魔力の弾が雨のように、フェネクスへと降り注ぐ。
『魔力バリア装甲非貫通。早急に射程圏外への退避を推奨します』
「そんなことを、言われてもっ!」
機体表面を覆う魔力のバリアにより、機体の損傷はゼロである。
しかし、機体が受ける衝撃は余すことなくゼアフィーズにフィードバックされていた。
――痛い、痛いっ!痛い……っ!!
被弾する度に、鈍器で殴りつけられるかのような衝撃は身体に叩きつけられる。
姉のアルフィーズとでさえ、殴り合いなんてしたことのないゼアフィーズにはとにかく耐え難いものだった。
「う、うう……痛い……」
フェネクスは地面に突っ伏したまま、悶え苦しむ。
そうしている間に、帝国の魔導機兵は樹木を薙ぎ倒しながら、滑るようにして距離を詰めてくる。
「あぐっ!?」
魔導機兵の一機――他の機体と違い頭部にアンテナが伸びた機体がフェネクスの上に飛び乗る。
無駄のない動きでフェネクスの胴体を踏みつけると、腰にマウントされた斧を手にし、天高く振り上げる。
『敵機武装は対魔力バリア用の武装と予測。魔力バリアを貫通する可能性があります』
フェネクスからの警告と同時に、斧がフェネクスの頭を目掛けて振り下ろされる。
――やられる!
ゼアフィーズは咄嗟に両手で頭を庇う。
ズドン。
幸いにも、斧は軌道が逸れて、何もない地面に突き刺さる。
――あれ?何が起こって?腕はどこに……?
手首から先がなくなったフェネクスの右腕。
ゼアフィーズは呆然とそれを見つめる。
そして、コンマ数秒遅れで何が起こったのかを理解する。
「い、いやあああっ!?」
彼女は絶叫した。
産まれて初めて感じる、肉体を失う痛み。
砲撃を食らう時よりもずっと鋭く、強烈なそれは、一瞬の内に彼女の頭の中を埋め尽くしてしまう。
『ゼアフィーズ・ベレト、落ち着いてください。欠損したのはあなたの肉体ではありません。早急に次の行動に移ることを推奨します』
ゼアフィーズの頭にフェネクスが語り掛けてくる。
しかし、今のゼアフィーズに耳を傾ける余裕は一欠片も存在ない。
『敵機、再び攻撃行動。早急に防御または退避を推奨します』
魔導機兵は再びフェネクスの頭部に狙いを定めている。
天高く振り上げられた刃が陽の光でギラリと光る姿がゼアフィーズの瞳に映る。
「や、止め――」
容赦なく振り下ろされる斧。
次の瞬間、糸が切れるかのようにゼアフィーズの意識はプツリと途切れた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ぜひ次回も読んでくださると嬉しいです。
感想やレビューをいただけたら、作者が歓喜の舞を踊ります。
<もちろん一言でも大歓迎!!> あなたの想いが詰まった言葉を、ぜひ感想欄・レビュー欄に刻んでいってください。
本作品は毎週金曜日18:00に定期更新しています。
詳しい情報は作者X(旧Twitter)で発信しています。




