EP2:伸ばした手で入れたもの(1)
『優先変更。共鳴者、ゼアフィーズ・ベレトの保護を開始します』
研究所内に響き渡る謎の声。
その直後、「それ」は研究所の下層から床を突き破り、ゼアフィーズの前へと現れた。
燃え盛る炎を思わせる赤い色をした金属の巨人。
まるで一塊の金属から切り出されたかのように継ぎ目のない身体。
工業的な直線よりも生物的な曲線が多用されたフォルムは、機械というよりも生物のようにも見える。
『今の振動は何だ!?何が起こった!?』
ゼアフィーズのすぐ足元に転がる帝国兵士のヘルメットから、慌てふためく兵士たちの声が響いてくる。
『……ど、動力区画です!動力区画の中から、魔導機兵が現れました!』
『な、何を馬鹿なことを言っているんだ!?一階層しかない動力区画に魔導機兵が入る隙間なんて、あるはずないだろう!』
『ほ、本当ですって!』
『……そもそも、これは魔導機兵なのか?魔鋼フレームしかないぞ?いや、フレームが本体なのか?』
彼らにとっても、予測していなかった事態だったのだろう。
冷静さを失いかけた兵士たちの声がひっきりなしに行き交っている。
「……」
そんな彼らの声を聞き流しながら、ゼアフィーズは目の前の巨人を唖然として見つめていた。
上半身から下を瓦礫に埋もれさせるような形で佇んでいる巨人。
頭部についた人間の瞳を思わせるセンサーはゼアフィーズをじっと見つめている。
『共鳴者、ゼアフィーズ・ベレトの姿を視認』
赤い巨人から声が聞こえてくる。
その声は研究所のスピーカーから聞こえてきた声と同じものだった。
次の瞬間、機体胸部が開口。
まるで生き物が口を開けるように動き、コックピットへ繋がる出入り口になる。
「え……?」
ゼアフィーズは無人のコックピットを目にして思わず声を漏らす。
彼女はてっきり声の正体はこの巨人に乗るパイロットだとばかり思っていた。
しかし、計器類のような機械さえ存在しない何もないドーム状の空間には、魔力が流れる軌跡だけが煌めいる。
『ゼアフィーズ・ベレト。現在、この場は敵性勢力に囲まれており、非常に危険です。早く私の中へ入ってください』
機械生命体は再びゼアフィーズに語り掛けてくる。
――知性のある機械を作り出してしまうなんて……これが、古代文明の技術……。
現代にはまだ存在しない機械生命体を作り出す、その高度な魔導技術にゼアフィーズは再び言葉を失った。
「……あなたは一体何者なんですか?」
『私は、フェネクス。世界再生計画のコアユニットとして設計された、自律稼働式可変人型魔動機、通称Oシリーズの第六号機です』
「世界再生計画?Oシリーズ……?」
ゼアフィーズの知らない単語が次々と出てくる。
魔導技術の研究者でもない彼女がその言葉の意味を理解できるわけがない。
けれど、そんな中でどうしても気になって仕方のないことがあった。
「教えてください。あなたの言うゼアフィーズ・ベレトは、本当に私のことでいいんですよね?私は確かにゼアフィーズです。ですが、ベレトという名前は知りません」
『はい。あなたはゼアフィーズ・ベレトです。あなたの魔力波長は私の共鳴者リストに登録されているゼアフィーズ・ベレトの魔力波長と完全に一致しているため、間違いありません』
フェネクスと名乗る巨人は淡々と答えた。
その返答が、ゼアフィーズの頭をさらに混乱させる。
――古代文明の機械に私の名前が登録されている?どうして……?
ゼアフィーズには、コン=ノウァに引き取られる以前の記憶はない。
姉のアルフィーズが覚えていた「ゼアフィーズ」という名前だけしか、確かなことが存在しないのだ。
「私は……何者なんですか……?」
『ゼアフィーズ・ベレト、あなたは私の共鳴者です』
「共鳴者って何ですか?」
『共鳴者とは、私たちOシリーズの人格アルゴリズム形成における学習対象であり、同時に登録機の操縦権限を持つ者のことを示します』
「……」
――何を言っているんですか?
フェネクスが何を言っているのかさっぱりなゼアフィーズは首をかしげる。
しかし、言葉意味を少しでも理解しようと反芻する中で、彼女はふと気づく。
「操縦権限……?」
ゼアフィーズの目の前――フェネクスの胸部にはコックピットがある。
ゼアフィーズとコン=ノウァの二人が入っても、十分余裕があるほど大きさがある。
「フェネクスさん、操縦って魔導機兵に乗ったことがない私でも出来ますか?」
『はい、可能です』
その答えに、ゼアフィーズの脳裏に希望の光が灯る。
コン=ノウァを助けられるかもしれない。
その微かな可能性にかけてみようと、ゼアフィーズは立ち上がった。
「コン=ノウァ、もう少しだけ頑張ってください!絶対、私がコン=ノウァを助けますから!」
ゼアフィーズはコン=ノウァに語りかけながら、彼女の上半身を抱きかかえる。
――お、重い!?
コン=ノウァの身体はゼアフィーズと比べると二回りほどの体格差がある。
加えて、意識の喪失で完全に力の抜けた彼女の身体は、ゼアフィーズが想像するよりもずっと重たかった。
『ゼアフィーズ・ベレト、その行動は推奨しません。その大型動物はすでに肉体に深刻な損傷を受けています。現在の状況から、自身の生命を優先することを推奨します』
「嫌です!コン=ノウァは絶対に見捨てません!それと、コン=ノウァは獣人です。大型動物ではありません!」
コン=ノウァを動物扱いされたことに憤りを覚えるゼアフィーズ。
古代文明の機械のくせに獣人と動物の区別もつかないのか、と文句を言ってやりたくもなったけれど、今はそれどころじゃないと気持ちを切り替える。
――コックピットはすぐそこなのに!
コックピットまでは数メートル。
けれど、重くなったコン=ノウァの身体を引きずりながらだと、その短い距離が途方もないほど遠く感じられた。
「あと、少し!」
悲鳴を上げる手足をさらに酷使して、コックピットまであと一メートルの所まで来る。
するとその時、近くの瓦礫の山からガラガラと音がなった。
帝国兵士である。
つい先程、ゼアフィーズに銃口を向けた二人組だ。
ゼアフィーズと同様に、彼らも運良く建物の崩落に巻き込まれずにいたらしい。
「女、動くな!動けば撃つぞ!」
瓦礫の山の上から、彼らはゼアフィーズに向けて再び銃を構える。
「うっ!」
――早くしないとコン=ノウァが!
ゼアフィーズの足が止まりかけたその時、兵士たちの足元から何かが床を突き破って飛び出してくる。
『ゼアフィーズ・ベレト、今の内に私の中へ移動してください』
それはフェネクスの腕だった。
金属製の巨大な腕は通路を塞ぎ、兵士たちからゼアフィーズとコン=ノウァを守る。
「あ、ありがとうございます!」
ゼアフィーズはコン=ノウァを抱きかかえながら、残った力をすべて使ってコックピットへと飛び込んだ。
***
「うっ!?」
ゼアフィーズはコン=ノウァを抱きかかえながら、身を投げるようにコックピットへと飛び込む。
彼女がコックピットへ入ると、出入り口は素早く閉じる。
出入り口の両端は切れ目が分からないほどピタリと合わさり、完全にドーム状の内壁と同化してしまう。
「えっと、ここから私はどうすれば?」
ゼアフィーズはコックピットを見渡してみる。
しかし、どこを見渡しても計器類のような機械どころか、操縦桿のようなものさえ見つけられない。
『操縦前に、負傷個体コン=ノウァの応急処置を提案します。現状のまま操縦に入ると、当個体の生命状態、およびコックピット内の衛生状況が著しく悪化する恐れがあります』
コックピット内にフェネクスの声が響いてくる。
「応急処置って言われても、傷口を抑えただけじゃ止血できないんです!」
『私たちには共鳴者が負傷した場合の応急処置機能が備わっています。こちらを利用しますか?』
「コン=ノウァを助けられるのなら、お願いします!」
『了解しました。コックピット内部の衛生状況悪化防止および、負傷個体コン=ノウァの生命維持を目的として、応急措置を行います』
直後、コックピットの壁面から金属の触手のようなものが飛び出してくる。
すると、それは未だ血を垂れ流すコン=ノウァの傷口に勢いよく入り込む。
「ぐ、ああっ!?」
触手に傷口を押し広げられる痛みに、意識を失っていたコン=ノウァが苦痛の声を上げる。
「こ、これのどこが応急措置なんですか!?今すぐやめてください!」
『応急処置、完了しました』
「え?」
コン=ノウァの傷口を見ると、いつの間にか風船のように膨れ上がった金属の触手が彼女の傷口を満たしている。
『負傷個体コン=ノウァの損傷部を魔鋼で塞ぎました。この状態であれば、これ以上出血することはありません』
「本当です、出血が止まってます」
フェネクスの言葉通り、金属で塞がれたコン=ノウァの傷口からは血は一滴も出ていなかった。
苦痛の悲鳴を上げていたコン=ノウァの様子も今は落ち着いている。
ゼアフィーズはひとまず胸を撫でおろす。
『ですが、すでに損失した血液が非常に多いため、現状での生命維持は約十五分が限界と思われます。早急に医療機関へ搬送することを推奨します』
「十五分……分かりました」
ゼアフィーズはコン=ノウァの側に腰を下ろして寄り添うと、彼女の手を両手でそっと包み込む。
――コン=ノウァ、もう少しの我慢ですから。もう少しだけ頑張ってください。
祈るように握りしめながら、心の中でコン=ノウァに語り掛ける。
そして、ゼアフィーズはゆっくりとその場から立ち上がり、天井に向かってこう言った。
「フェネクスさん、私にあなたを操縦させてください!」
最後まで読んでくださりありがとうございます。
ぜひ次回も読んでくださると嬉しいです。
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