EP1:私の日常が崩れ去る日(3)
△注意
本作品は、女性主人公の「ロボット作品」です。
最初から最後まで百合・ガールズラブがたっぷりな作品ではありません。
「お願い、止まって!止まってください……!」
ゼアフィーズはコン=ノウァを救いたい一心で滝のように血液が流れだす傷口を圧迫し続ける。
けれど、血の勢いが収まる気配は一向に訪れない。
刻一刻に削られていくコン=ノウァの命。
ゼアフィーズの心に焦りばかりが募っていく。
そんな中、通路の先から複数の足音が聞こえてくる。
「対象発見」
ゼアフィーズたちの前に現れたのは三人組の男たち。
口元以外を覆ったヘルメットを被り、機械とスーツが一体となった装備を身に着けている彼らの手には、帝国の魔導機兵が使っていた大砲によく似た武器が握られている。
「なんだ虫の息じゃねえか」
一際ガタイのいい帝国兵がどこかつまらなそうに呟く。
すると、突然彼は構えていた銃を下ろす。
「おい」
「大丈夫だって。いくら獣人でも、あの出血量じゃ指一本動かせやしないさ」
男はへらへらとしながら、二人のもとへと近付いてくる。
「まだガキだが、悪くねえな……」
男の視線がゼアフィーズに向かう。
ヘルメットの内側からゼアフィーズの身体を嘗め回すように見やると、口角を不気味に吊り上げた。
その薄汚い欲望に満ちた笑みを目にした途端、ゼアフィーズは恐怖に身体を震え上がらせる。
「任務中だぞ」
「制圧はほぼ終わってるんだぜ?技術班が電源復旧させてデータを回収してる間、遊んだっていいだろ」
「……やるなら、さっさと終わらせてくれよ」
他の二人は溜め息をつきながら、その場から離れていく。
男は仲間たちの背を見つめながら、「どいつもこいつも、真面目だな」と呟く。
「それじゃあ、さっさと始めるか。そこを退け、死にぞこないが」
男はコン=ノウァの身体を思いっきり蹴り飛ばす。
彼女の身体は宙を舞い、床の上を跳ねながら転がる。
衰弱するコン=ノウァはそのままピクリとも動かない。
「コン=ノウァ!」
「おいおい、よそ見するなよ」
男の手がゼアフィーズに掴みかかる。
「い、嫌……放してください……!」
ゼアフィーズは男の手を振りほどこうと暴れる。
けれど、病弱で痩せ細ったゼアフィーズが軍人である男に勝てるわけがない。
「嬢ちゃんは聖フレナ教のシスターなんだろう?愛は世界を救うだっけ?俺、興味あるんだよね」
まるで幼い子供と話すかのような柔らかい口調とは裏腹に、男はゼアフィーズの上に無理矢理覆い被さってくる。
「よかったら、今からその愛ってやつを俺に教えてくれないかな~?」
「嫌っ!いやああ……っ!」
男は暴れるゼアフィーズをものともせず、彼女の修道服の裾を掴むとそのまま力任せに引き千切る。
修道服から露わになるゼアフィーズの白い肌とハリのある大きな膨らみ。
それを前にした男の口元はさらに大きく歪む。
その姿はもう人間の形をした邪悪な化け物そのものだった。
――助けて……誰か、助けて……。
頭の中を恐怖が埋め尽くし、勝手に涙が溢れる。
もはや、自ら抵抗する意思すら湧かなかった。
「助けて、お母さん……」
ゼアフィーズは縋るように呟く。
すると、突然研究所の照明が点灯した。
眠りについていた機械たちの起動音が研究所全体に響き渡る。
――どうして明かりが?動力室にはいけないはずなのに……。
「っ!?クソっ、いいところで!」
男の顔を覆うヘルメットには、暗視機能がついていた。
その暗視機能が逆に光を過剰に取り込んでしまい、彼の視界を真っ白に塗りつぶす。
だから、彼はコン=ノウァの爪が今まさに自身の首へと迫っていることに気付けなかった。
「うがぁぁっ!!」
通路に響き渡る男の悲鳴。
傷口から血が噴水のように噴き出し、天井や壁を真っ赤に染め上げる。
「私の娘に……触るなっ!このクソ野郎!」
コン=ノウァは全身の毛を逆立てながら、男にそう言い放つ。
男は傷口を抑えて転げまわり、やがて動かなくなった。
『なぜ動力が復旧したんだ!勝手に再起動したなんてありえんだろう、五百年前の代物だぞ!』
『知らないですよ!中枢区画へ向かう通路はまだ開いていないのに。おかしいですよ、ここ!』
息絶えた男のヘルメットから漏れ出る帝国兵士たち通信が静まり返った通路内に響き渡る。
しかし今のゼアフィーズには、そんなことはどうでもよかった。
「コン=ノウァ?どうして……」
ゼアフィーズはまるで幻でも見るかのように、目の前にいるコン=ノウァを見つめる。
――もう動けないはずですよね……?
彼女の傷口から流れ出る血はさっきよりずいぶんと減っていた。
傷が塞がったからではない。
身体に残る血の量がもうそれほど残っていないのだ。
「大事な娘に助けを求められて……寝っぱなしでいられるかってんだ……」
コン=ノウァはゼアフィーズを抱き寄せる。
彼女の胸から聞こえてくる鼓動は今にも止まってしまいそうなほどに弱々しい。
けれど、その抱擁は痛いくらいに力強くて、今までどんなものよりも温かかった。
「お前だけは絶対に、私が……」
うわ言のように呟くコン=ノウァ。
すると、身体からふっと力が抜けて、彼女は地面に倒れ込む。
「コン=ノウァ!?しっかりしてください!」
コン=ノウァは完全に意識を失って、いくら呼びかけても応えてくれない。
微かに呼吸はしているが、もういつ息絶えてもおかしくない。
――死んじゃう。コン=ノウァが死んじゃう……!
ゼアフィーズは少しでも出血を抑えようと彼女の傷口を圧迫する。
けれど、結局できるのは応急処置。
専門的な治療ができない以上、コン=ノウァの命を救う手立てはない。
「コン=ノウァ、嫌です……私を一人にしないでください……」
自分の力ではコン=ノウァを救えない。
ゼアフィーズはあまりにも自分が無力であることに悔しさを覚えて、ぼろぼろと涙を流す。
さらに悪いことに、二人のもとに騒ぎを聞きつけた帝国兵士が迫っていた。
あの男の仲間の二人である。
「あいつは、もう手遅れか」
「やったのは獣人の方だな。馬鹿な奴だ。先にトドメを刺しておけばよかったものを」
「さっさと始末して、ここを再起動させた奴の捜索に行くぞ」
銃口がゼアフィーズたちに向けられる。
――死ぬ。
ゼアフィーズにはコン=ノウァのように彼らと対抗する手段はない。
咄嗟にできることは、コン=ノウァの上に覆い被さって彼女の盾になることくらいだった。
そして、男たちは引き金かけた指に力を込め始める。
その時――。
『……再起動完了。同時に共鳴者の危機的状況を確認』
突然、研究所のスピーカーから、謎の女性の声が響き渡る。
抑揚がなく、あまりに淡々とし過ぎたその声は生気をまるで感じない。
「今度は一体何だ!?」
声を荒げながら、慌てて周囲を警戒する男たち。
しかし、辺りに怪しい影はない。
『通信室だ!速やかに通信室の確認を――』
『通信室、誰も居ません!無人です!』
『そんなわけないだろう!』
通信機の向こう側にいる帝国兵士たちも状況が飲み込めておらず、混乱していた。
『優先変更。共鳴者、ゼアフィーズ・ベレトの保護を開始します』
その言葉と同時に研究所の動力が再び停止。
研究所内が一瞬で真っ暗になる。
「な、何ですか!?」
次の瞬間、研究所全体がドッと大きく揺れる。
あまりの揺れの大きさに鍛えられた帝国兵士ですらその場に立っていられず、その場に倒れ込む。
――もしかして、崩れて!?
建物の床や壁を伝って響いてくる崩壊の振動と音。
それは下層から上層へ、ものすごい速度で広がっていく。
「きゃああ……っ!」
崩壊はあっとい間にゼアフィーズのいる階へと到達した。
ゼアフィーズの周囲の壁や床が耳をつんざくような轟音を立てながら吹き飛んでいく。
頭の上から降ってきた瓦礫に押し潰される。
そんな未来をゼアフィーズは脳裏に描きながら、目を瞑った。
「……?」
しかし、いつまで経っても身体が瓦礫に押しつぶされる感覚はやって来なかった。
崩壊はすぐに治まり、辺りはしんと静まり返る。
ゼアフィーズは恐る恐る目蓋を持ち上げた。
すると、彼女の視界に鮮烈な赤色が飛び込んでくる。
――これは、魔導機兵……?
それはまるで燃え上がる炎を宿すかのような赤い金属の巨人、その上半身だった。
騎士団の魔導機兵を思わせる機体カラー。
しかし、その姿形は騎士団のそれとはまったくの別物だ。
『……』
瓦礫に半分埋もれた状態で静かにたたずむ謎の赤い機体。
人間の瞳を模した二つの頭部センサーはゼアフィーズをまっすぐ見つめていた。
こうして、ゼアフィーズの平和だった日常は崩れ去っていく。
だが、この時のゼアフィーズはまだ知らない。
古代文明の遺跡から突如姿を現したこの謎の機体との邂逅が、世界の命運を決める戦いの幕開けであることを。
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