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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ラズベリーピンクのネイル、剥がれる

作者: つばさ

 ラズベリーピンクってええよなあ。

 何その色。赤じゃないの?

 ええやん、赤なのに、ピンクのフリしてんねん。かわいいやろ?


 読書は好きだ。自分の世界に没頭できるし、一人でいても読書が言い訳になってくれる。読書は私の世界の全てだった。

 

 今日も教室のすみで1人、本を読む。誰にも喋りかけられないように。寂しさを紛らわせるように。

 今日もいつもと変わらない1日が始まるのだ、と、そう思っていた。彼女に話しかけられるまでは。


「ねえ、いっつも本読んでてさ、つまんなくないの?」

 突然、非日常が降りかかってきた。

 心臓が強く握りしめられて、血がいつもより速く流れている気がする。本が、小刻みに揺れる。

「あの、読書が、好きなので。」

「へえ、すごいなあ! 私本読むの苦手やねん。じっとしてられないっていうか? なんか初心者オススメの本ある?」

 感情が波のように襲ってくる。

 そんな早口で喋らないでほしい、恥ずかしい、怖い、一人にさせて、私としゃべってていいのかな、……嬉しい。嬉しい、嬉しい。


 彼女が頭を傾げたので、私はハッとする。とにかく何か紡がなければ。

 「あの、どんなジャンルが好きかに……よると思います……。ミステリー好きとか……感動する話が好きとか……。」

 彼女は、少し目を見開いた。

 「……へえ。あんたええやつやね。自分の好きな本言わずに、私の好み考慮してくれんの? ふふっ」


 ……え?

 景色が、世界が、何もかも変わったようだった。

 花が色づいて眩しいと感じるような、風船が膨らんでいくような、それでいて雪のように冷たいような。……チョコレートのように甘い、ような。


 それが、彼女との出会いだった。


 私と彼女はよく話すようになった。……いや、彼女が話しかけてくれるようになった。

「なあ、今日はなんの本読んどるの?」

「……えっと、最近芥川賞をとった作品で、」

「芥川って授業で習った芥川龍之介? あいつまだ生きてんの? ウケる」

「いや、流石に生きてはないんだけど……」

「ふーん。じゃあまずは芥川から攻略しますか。おすすめの芥川作品ある?」

 ……読んでくれるんだ。彼女は奇跡のような存在かもしれない。


 次の日も、次の日も話しかけてくれた。視界の端では、鳥が飛んでいるのが見えた。


「なあ、このネイルかわいいやろ? このお花の模様、自分で塗ったんよ。綺麗にできたやろ?」

 彼女は意外にも手が器用らしい。ネイルも華やかだが、彼女はもっとカラフルだ。

「……すごい綺麗。でも先生に怒られないの?」

「今さっき怒られてきたんよ! あの松原のじじい。ネイルの良さわかんねえなんてちっぽけなやつやな!」

 ネイルは流石に怒られるだろう。でも、確かに彼女の良さがわからない松原先生は、ちっぽけかも。

「なあ、ネイル塗ってみる?」

「いや、私はいいよ! 似合わない。それに、先生に怒られたくないし。」

「ははっ。そりゃそうやな! でも、足にネイルはどうや?」

 足にネイルならいいかも。もしかして……。

「……塗ってくれるの?」


 彼女の家に行った。足にネイルを塗ってくれた。それら一つ一つがどれほどのことか、彼女にはわからないだろう。私は人生でいちばん煌めいていたのはこのときだったと断言できる。

 

 そこから、彼女は私に足のネイルを塗ってくれるようになった。彼女とお揃いのネイルだ。

 彼女のカラフルな色が、私にも移ったみたい。

 私は、何度も何度も、そのネイルを眺めた。それはもう、何度も何度も。


 毎日私は鳥になったようだった。とっても軽い。今なら、スキップもできる気がする。いや、飛べるかも。

 そう思っていた。あの日が来るまでは。


 「なあ、私、ゆうたのこと好きになったかもしれん」

 

 ……は?

 景色が、世界が、壊れた。

 花が枯れ、風船が割れた。火の中にいるようだ。……劇物をたべてしまった、ようだ。


「……へえ。ゆうたくん、かっこいいもんね。お似合いだと思う」

 ネイルを剥がしたくて剥がしたくて仕方がなくなった。


 地獄のような日々を数日過ごした。ご飯も喉を通らない。学校に行くのさえ億劫だ。

 それでも彼女に会いたい。ただそれだけのために学校へ向かう。

 今日も彼女は綺麗だ。いいニュースがある、そう言って学校帰りに私を家に招いた。

 

「最近テンション低い? どないしたんよ」

「ええ? そんなことないよ。元気。でもそうだなあ。ちょっと疲れてるのかも」

「そうなん? 無理矢理誘ってすまんな! 実はいいニュースってのは、ゆうたと付き合うことになったんや」


 これ以上ないほど悪いニュースだ。もう息ができそうもない。


「あれ? どうした? あの、ほんまに気分悪いか?」

「今日で会うのやめにしよう。私、あなたのことが好きだから」

「は? 何ゆうとんの? 冗談だよな?」

「冗談だったらよかったね。……ねえ、私のこと殺してくれる?」

「なにゆうとんの。冗談でもそんなこといわんとって」

 冗談か。そうか、そうだよね。そりゃあそうだよ。

「ねえ、じゃあキスしてくれる?」

「……なにゆうとんの。ちょっと待って。」

「ははっ。そうだよね。ごめん、なんでもない。ごめんね、急に。」

 彼女は全てを理解したようだった。私の目を見た後、涙が落ちてきた。

 涙すら、光り輝いている。……綺麗。


「……手、繋ぐ?」

「……それはいいや。ねえ、最後にネイル塗って欲しいな。」


 これが最後のネイルだ。ほんとに、ほんとに最後。

 嗚咽が漏れないように、震えないように、彼女の手をずっと見つめた。今この瞬間を、一生忘れないように。ネイルを塗る彼女を見つめ続けた。

 

 ……ああ、ラズベリーピンクだ。


「素敵なネイルだ。ほんとにありがとう。好きだよ」

 彼女は、美しい。

 しわくちゃな顔でも、こんなに美しいんだなあ。

「ごめんな、ほんまにごめん。ありがとう」


 願わくば、このネイル、ずっと剥がれませんように。

 

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