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「ソラ、僕たち、ついにやったよ」


 リクは荒い呼吸もそのままに、握りしめた()に笑いかける。

 すると、呼応するように剣に亀裂が入って、バラバラと崩れ落ちた。

 小さな音を立てながら、破片が石の床に散らばっていく。


 パーティ全員が、その光景に目を奪われていた。

 驚きと、僅かな納得。剣が砕けた意味を、言葉にせずとも全員が察していた。


 リクの剣──ソラの形見の剣には、ただの剣とは思えない何かがあった。

 まるで本人がいるかのような錯覚を覚えるのだ。それも一度や二度の話じゃない。


 鍛錬しているとき、眠るとき、村長と話しているとき、旅に出ると決めたとき。

 リクはその度に剣に話しかけていた。ソラが聞いてくれているという確信めいた何かがあったのだ。


 初めは半信半疑だった仲間も、勇者の証に共鳴して輝く剣を見て得心した。この剣には、何らかの形でソラの遺志が宿っているのだろう、と。

 魂なのか、それとも別の何かなのか。ソラとしての意識はあるのか、残留思念なのか。結局何一つわからなかったけれど、リクは常にこの剣と共にあった。


「……ソラ」


 三年前。

 当時十三歳だったソラは、勇者候補として王都に招集された。

 良く晴れた日だった。村全体がソラの栄誉を祝い、笑顔で王都へ送り出したことを覚えている。

 リクもそうだ。自分にとっての勇者だった片割れが、世界を救う真の勇者になる。ソラが選ばれたとき、リクは本当に誇らしかった。


 近くの町でソラの情報を集め、目ざましい活躍話を聞く度に飛び上がって喜んだ。

 ソラからの手紙で仲間のことも知った。戦士グスタフに、魔法使いフェリクス、それから聖女マルガ。良い仲間に恵まれたと綴られた文字には、ソラの喜びがわかりやすく滲んでいた。


 片割れが世界を救うのだと、信じて疑わなかった。


 しかし、村に届いたのは魔王討伐の吉報ではなく、片割れの訃報だった。

 紙切れ一枚で済まされた死を、リクは到底受け入れられなかった。


 いや、違う。何一つ納得していなくても、心のどこかではわかっていたのだ。

 だから、躍起になって過酷な鍛錬を始めた。ソラの敵を取るために、ソラのような勇者になるために。ただそれだけを追い求めて、リクは己を鍛え続けた。


 しばらくして、ソラの仲間だったという三人が、人知れず村長とリクを尋ねてきた。遺体がなかったソラの、唯一の形見を渡しにきてくれたのだ。

 様々な制約を破ってきたために名乗れないと謝る彼らは、想像していた姿とは違ってひどく憔悴していた。それでも、ソラの最期をわかる範囲で教えてくれた。


 本命の勇者パーティと噂されるほどに強かったソラ一行は、それ故に魔王の腹心の策略に嵌められてしまったという。仲間と分断されたソラは、市民と他の勇者候補を守ろうとして、その末に命を落とした。

 建物は多数倒壊し、怪我人も大勢出た。しかし、ソラを除いて、死者は一人も出なかった。

 ソラは文字通り、自分の命と引き換えにその場にいた全ての命を救ったのだ。


 そして今も。


「死後までも私たちを助けるなんて、お人好しが過ぎます」


 震えた声で、マルガが言う。


「そうだね。でもほら、ソラってそういうヤツだから」

「……ええ。そうでした」


 リクの言葉に、マルガはフフっと笑い出した。


「アイツは根っからのかっこつけで世話焼きだからな。崩れるその瞬間だって、俺たちを助けられてよかった、とか思ってたんだろうよ」

「確かに。ソラは一番年下なのに、俺は兄貴だーとか言ってやけに僕らの世話を焼きたがってたしね」


 グスタフとフェリクスも釣られて笑い声を上げる。


「そういえば、僕ら双子なのに兄って立場にこだわってたなぁ。あのときだって──」


 リク一行は剣の欠片を丁寧に集めて、思い出話に花を咲かせながら、ゆったりと岐路についた。

 空には雲一つない快晴が広がり、気持ちの良い春風が吹いていた。




 村の外れ、小高い丘のすぐ近く。

 両親が眠る墓の隣に、ソラの墓が建てられた。


 唯一遺されたのが剣だったために、リクが旅を終えるまでは作れなかったのだ。全てが終わってようやく、ちゃんと弔うことができた。

 立派過ぎてもソラが嫌がるだろうと、墓石は両親と同じものにした。勇者の片割れが眠っているとは思えないほど、周りの景色に馴染んでいる。


「ソラ、遅くなってごめん。まさか魔王を倒す前より、後の方が忙しいとは思わなくてさ」


 リクは墓の前にしゃがみ込んで、苦笑いで謝った。


 魔王を倒してからというもの、リクたちは式典やらパーティやらで各所に引っ張りだこだったのだ。

 各国の王族まで会いに来るのだから、勇者とはいえ元は一村人だったリクが断れるわけもなく、結局かなりの時間を王都で過ごす羽目になったのである。


 身体的には問題なかったが、初めての社交にリクは目を回していた。

 勇者としてマナーはある程度容赦されても、王侯貴族との会話は精神的に疲弊する。十年分くらいの緊張や記憶力を、ここ数か月で一気に使い果たした気分だった。

 公の場に慣れているフェリクスやマルガでさえも、代わる代わるやってくる客人に辟易していたくらいである。


 とはいえ、王都では収穫もあった。

 魔王討伐の記念として、勇者一行の石碑が作られたのである。特別な鉱石をふんだんに使用し、制作には大陸でも有数の職人が携わったそうだ。


 リクは元より、勇者という名声には大して興味がない。

 収穫とは記念碑が作られたことではなく、そこに刻まれた名前にあった。


 戦士グスタフ・ヘス

 魔術師フェリクス・キリング

 聖女マルガ・ミューレ

 双子の勇者ソラ・ディアス、リク・ディアス


 リクは自分が勇者だと明らかになってから、ずっと考えていたことがある。


 勇者に関する預言についてだ。


〈リベットの少年、勇敢なる意志を持って立ち向かいしとき、星の輝きが重なり、巨悪を打ち滅ぼす希望の剣となるだろう〉


 「巨悪を打ち滅ぼす希望の剣」。誰もが勇者の比喩だと思っていた言葉。実際に勇者──この場合はリクを示していたのは間違いないが、それだけではなかったのではないか。


 「星の輝きが重なり」。この言葉で思い出されるのは、リクの手に勇者の証が現れたときの光景だ。

 あのとき、リクの手にはソラが宿る剣があった。そして剣は、勇者の証と共に眩い光を放っていたのである。


 ──ソラが宿った剣とリクの意志が合わさったために、勇者になれたのではないか。


 そう考えたリクは、預言者に会いにいって預言の真相を知った。


 大体はリクの仮説通りである。

 ソラとリクは、本来一人が持つはずの勇者の力を、二人で分けた状態で生まれ落ちた。預言が曖昧だったのは、勇者の魂が二つに分かれていたからだったのだ。


 どちらが欠けても勇者にはなれないため、ソラの旅では勇者の証は現れなかった。

 当然リクも同じにようになるはずだったが、何の因果か、形見の剣にはソラの魂が宿っていた。

 双子が揃って勇敢なる意志を持って立ち向かい、やっとのことで勇者が誕生したのだ。


 ──最初から二人で旅に出ていたら、ソラは死ななかったのだろうか。


 リクは少しだけ考えて、止めた。過去には戻れないのだから、たらればを考えたって仕方がない。預言者ですら、この真実にたどり着いたのはリクが勇者になった後だと言っていたのだから。


 全てが終わった今重要なのは、ソラも歴とした勇者であり、碑に名を刻むべきという事実だけだった。


「ソラの名前を遺せてよかった。預言者が証言してくれなかったら、グスタフとフェリクスがお偉いさん方のところへ殴り込みに行くところだったよ。あの二人、ああいうときばっかり気が合うんだよね。まあ、今回ばかりはマルガも一緒に付いて行きそうだったけど」


 リクは小さく笑った後、ふうっと長く息を吐き出す。


 訃報を聞いてからのリクは、ソラの意志を継いで魔王を倒すことだけを考えて生きてきた。

 勇者候補に選ばれるかもわからないのに、体を鍛えて、戦術を深く学んで。形見の剣が返還されてからは、剣術の訓練にいっそう力を入れた。そうしていると、落ち込む暇すらなかった。


 こうして墓の前に立って、ようやく片割れの死に向き合えた気さえした。


「ねえ、僕たちで世界を救ったんだよ」


 あのよく通る快活な声は聞こえない。それでも、リクは話し続けた。


「僕、ソラの片割れとして生まれて幸せだよ。…………ソラもそうだったらいいなぁ」


 瞬間、背中に平手で叩かれたような衝撃が走る。

 反射的に誰もいないはずの後ろを振り返った。当然ながら、そこには平穏な墓地の風景が広がっているだけである。

 けれど確かに感じた痛みに、リクは頬を緩めた。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


また次回作でお会いできれば幸いです!

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