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 初めは気まずさからかギクシャクしていた勇者候補一行も、いくつかの戦闘を乗り越えると、次第に打ち解けていった。


 リクはすっかりパーティに馴染み、旅を楽しむ様子を見せている。ダンジョン攻略や野宿の際には、皆でとりとめのない会話をして盛り上がっていた。

 魔王討伐を目指しているとは思えないほど、何気ない日常があった。


 何より懸念していた魔族との戦闘も、今のところ問題はない。

 リクはソラが想像していたよりも、ずっと強かったのだ。

 優秀な頭脳とそれを活かす戦闘術で、リクはすぐに頭角を現した。魔族に怯まず、かといって驕ることもなく、日々の鍛錬を欠かささずに邁進している。


 幼い頃から力はソラ、賢さはリクと言われており、数少ない殴り合いの喧嘩では絶対にソラが勝利を収めていた。しかし、今となってはどちらが勝つかわからない。

 ソラは少し複雑な心境になりながらも、片割れの努力を誇らしく思った。


「最初の野宿でも思ったが、リクはこういうのに抵抗がなさそうでいいな」


 野営の準備を終えたグスタフが、ふと話し始める。


 現在、リク一行は魔族の被害が出ている町へと向かうべく、山を進んでいた。

 直前に立ち寄った村から目的地に行くには、山をいくつか越えるしかなかったのだ。


「村の周りが自然だらけだったからね。町に出るには、今みたいに山を越えなきゃいけなかったし」


 ソラはそうそうと頷く。

 村はかなりの田舎に位置しているため、二人は幼い頃から動植物に囲まれて育った。ここ数年は、狩りの手伝いや町に毛皮などを売りに行くことも多く、山越えは慣れたものである。


 ソラは狩人を目指していたので、弓や投擲を習い、独学で剣と魔法を訓練していた。旅に出るなんて想像していなかったが、狩人の知識はそれなりに旅の役に立った。


「勇者候補には貴族もいるからなぁ。俺としては、そういう気遣いがなくて済むのはありがたい。ま、ウチにも虫嫌いの坊ちゃんはいるが」

「え、それって」

「最初の旅ではヒィヒィ言ってたっけな、フェリクス坊ちゃん」


 ニヤニヤするグスタフに、フェリクスが無言で杖を構えた。

 綺麗な笑みを浮かべているが、杖からは冷気が噴出し、辺りの土がぼこぼこと不自然に隆起し始める。フェリクスが得意とする氷と土の魔法だ。


「お、やるか? 坊ちゃん」

「たかが数歳上なだけで、よくもまあ偉そうに。そんなだから僕の妹におじさんって言われるんだよ」


 グスタフのこめかみがピクリと動いた。

 互いが武器を構え、流れるように戦いに発展する。

 魔法使いであるはずのフェリクスが、杖に謎の魔法を纏わせて直接殴りかかった。

 グスタフはそれを大剣で受けて、飛んでくる魔法の追撃を躱しながら、後退したフェリクスとの距離を再び詰める。


 野営地一帯を吹き飛ばさん勢いで、激しい戦闘を繰り広げる二人。

 衝撃波が辺りを襲い、枯れ葉や砂埃がところ構わず舞い上がる。フェリクスが嫌いな虫も、この戦闘では慌てて逃げ出すに違いない。


 もう何度目かもわからない喧嘩を、ソラはリクと苦笑いで見ていた。

 これがさらにヒートアップすると、発端は関係なく戦い自体を楽しむようになり、最終的にソラたちも巻き込まれる羽目になるのだ。

 グスタフとフェリクスは異なる戦闘スタイルを持つが、どちらもかなりの戦闘狂である。


 一方のマルガはというと、途中から注意を諦めて一人別の場所へと避難していた。

 毎度騒がしいことこの上ないが、喧嘩が見られるのも旅が順調だからに違いなかった。




 そんなある日のこと。

 リクに勇者の証が発現した。


 魔王の直属の部下である魔族との戦闘中。苛烈を極める戦場で、ソラは強烈な光を見た。

 書物に記されていた勇者の紋章が、まるで勇者の誕生を世界中に知らしめるかのように、煌々と輝いている。

 戦っていた魔族も、近くにいた兵士も、仲間たちも、誰もがその光に釘付けだった。


 間近で光を受けたソラは、不思議と体が熱くなるのを感じた。

 やはりリクが勇者だったのだ。

 ソラは誇らしく思うと同時に、片割れが背負うものを考えて、少し胸が苦しくなった。




 一躍有名になったリク一行は、行く先々で人々の視線を集めるようになった。


「彼が勇者か」「魔王を倒してくれるんだ」「ようやく終わるんだよ」


 市民から冒険者、元勇者候補までもが、世界を救うべく現れた勇者の噂話ばかりしている。直接話しかけられたり、握手を頼まれたりすることも随分と増えた。

 人に囲まれるのはやはり勇者であるリクなので、隣にいるソラは大抵巻き込まれる。

 今もそうだ。リクの周りに自然と人が集まってきて、気づけば大きな人だかりになっている。


「勇者リク、期待しているよ!」

「ありがとう、ありがとう……!」


「ありがとうございます。皆さんが一刻も早く日常に戻れるよう、頑張ります」


 リクは全てに笑顔で対応した。

 その姿はまさに物語に登場する完璧な勇者で、皆が虜になっていくのがわかる。

 遅く現れた勇者に懐疑的だった者も、勇者が一歩間に合わず家が壊されたと文句を言う者も、リクが話すと自然と敵意が和らいだ。


 話し方なのか、雰囲気なのか、はたまた勇者の証がそうさせるのか。リクの放つ全てが、勇者そのものに思えた。

 また一人、二人とリクの話題で盛り上がる人が増えていく。


「アイツだよアイツ。あのときめっちゃ強かったヤツ。やっぱり勇者だったんだよっ」

「なんか前と雰囲気違うね。どことなく落ち着きがあるっていうか。……ただの成長期? いや、勇者の証が出たからかな。何となく勇者感が増して見える」

「そうか? いい武器に変えたとかじゃねぇの」

「違うわよ。前もあの剣だったじゃない」

「俺、声かけてみようかな」

「止めときなさいよ。ウチらのことなんて覚えてないって」


 人だかりには参加せず、こちらを指して話す男女。その姿にどこか既視感を覚えて、ソラは首を傾げる。

 どこかで助けた冒険者だろうか。ソラは人を覚えるのが壊滅的に苦手なので、彼らのことは思い出せなかった。

 リクたちは会話が聞こえなかったのか反応がない。一人では無理だろうと、ソラは記憶を辿ることを早々に諦めた。


「リクは、ああいうの鬱陶しいとか言わねぇよな。笑顔で対応するし」


 グスタフは気だるげに人々を指さす。

 人だかりをやっとのことで抜け出したソラたち。あの場では態度に出さなかったが、少なからず疲弊していた。


「まあ、慣れないなとは思うよ。人前に立つときは、頭の中にある理想の勇者像を演じているみたいな感じだから、全てが本心かって聞かれると自分でもわからないし」

「それをずっと続けられるのがすげぇよ。俺だったら三日くらいで本性出そう」

「グスタフには無理だろうね、マルガ」

「私に振らないでくださいよ…………でも、ええ、無理でしょうね」


 二人の同意に、グスタフは少し不満そうだ。本当の事でも、自分で言うのと他人から言われるのでは心持ちが違うのだろう。

 そんなグスタフを無視して、前を歩くフェリクスが振り返る。ソラとリクの行く道を塞ぎ、場違いなほどに真面目な瞳でリクを射抜いた。


「リクが弱音を吐かない理由が、何となくわかったよ」


 一息置いて、言葉を続ける。


「君はずっと、僕たちだけでいるときも、()()なんだ」


 マルガもグスタフも足を止めて、静かにリクの答えを待っていた。

 ずっと気になっていたのだろう。ソラだって、ずっと気になっていた。


 勇者候補のときも、勇者になってからも、リクは双子の片割れであるソラにだって弱音一つ吐いたことがない。一つ一つの命を慈しむ心優しい少年が、目の前で人が死んでもなお、悲しむ間もなく魔族と戦い続けている。


「それはだって……実際勇者だから、当たり前というか」

「君は勇者である前に、リクだよ。僕が天才魔法使いである前に、フェリクスという一人の人間であるように」


 リクの本質がそう簡単に変わるとは思えない。意識的にせよ無意識にせよ、理想によって本心を押し殺しているのだろう。


「えっと……」


 リクが言いよどむ。


「多くの人が君を勇者と呼び、崇めるだろう。僕らだって君を勇者だと思わないわけじゃない。実際、それによって繋がった縁であることに間違いはないからね。けど、覚えておくんだ。君がリクを捨てて勇者として生きることを、少なくとも僕らと君の片割れは望んじゃいない」

「あー、小難しく言うなよ。要は、もっと本音で話したっていいって話だろ」

「無理にとは言いません。でも、私たちは貴方に抱え込んでほしくないんです」


 リクの肩をグスタフが叩き、手をマルガがとる。

 リクはしばらく狼狽えて、「うん」と小さく頷いた。


 それからのリク一行は、これまで以上にたくさんの会話を重ねた。ソラ以外とは滅多に言い合わなかったリクが、三人には徐々に本音をぶつけるようになったのだ。

 ソラはその光景を見つめながら、改めてリクの仲間が彼らでよかったと思った。


「兄離れも近いかぁ」


 誰にも聞こえない声で、ソラはしみじみと呟いた。




 魔王が倒れた。

 最後はリクの一撃だった。

 細かい粒子となってボロボロと消えていく魔王を見る。肩で息をするリクの傍で、ソラは片割れと仲間が成し遂げた偉業に感無量だった。


 魔王はもういない。

 長きにわたる戦いは、人間の勝利で幕を閉じた。

 勇者一行が世界を救ったのだ。


 そしてそれは、勇者リクを支えたいというソラの願いが、今この瞬間をもって終わったことを意味していた。

 そのときを自覚して、ソラは襲い来る強烈な眠気に身を委ねる。何一つ後悔はなく、恐怖もなく、ただただ安堵と充足感で満たされていた。


「ソラ、僕たち、ついにやったよ」

「ああ。リク、頑張ったな」


 体にいくつもの亀裂が入る音がして、それから──


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