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 双子の片割れが勇者に選ばれた。

 正確には勇者候補だが、どちらにせよ栄誉あることに変わりはない。

 けれど、報せを聞いたソラは、双子の弟──リクの栄誉を簡単には喜べなかった。

 ほんの少しの期待と、それを遥かに上回る憂慮。ソラの胸中では、これまでにない複雑な感情が渦巻いていた。


「リクが、勇者に……」


 よく通るはずのソラの声は、村の騒がしさにかき消され、誰の耳にも届かなかった。




 勇者とは、人に仇を成す魔王を挫き、人間の時代を作り上げるための希望の光だ。

 歴史上、魔王が確認される度に、勇者が現れて人類を救ってきたとされている。

 魔王は勇者にしか倒せない。歴戦の戦士だろうと、国を救った英雄だろうと、魔王にだけは勝てないのだ。だからこそ、勇者は希望の光であり、魔王に対する人類の唯一にして最大の対抗策なのである。


 勇者は通常、預言者によって特定され、赤子の頃から保護を受けて育つ。魔物や魔族から隠し守るだけでなく、万が一にも道を踏み外さないように管理するためでもある。

 だが、ソラが生きるこの時代、前例のない事態が起きた。

 魔王の存在は感知しているにもかかわらず、勇者だけが一向に見つからないままという前代未聞の大事である。


 預言者はこう告げた。

〈リベットの少年、勇敢なる意志を持って立ち向かいしとき、星の輝きが重なり、巨悪を打ち滅ぼす希望の(つるぎ)となるだろう〉と。


 剣とは、古文書などで使われる勇者の呼称だ。その昔、神が勇者を「人類の剣」と呼んだことが起源とされている。

 つまりこれは、リベット地方の少年が勇者になるという預言である。

 記録にあるどの預言よりも曖昧で、少年の名前すらわからない。とはいえ、他に頼れるものがないのもまた事実だった。


 リベット地方を領土に持つこの国は、即座に勇者候補という制度を作り、少年の招集を行った。

 該当する武力や精神力を持っていそうな少年が、何度かに分けて王都へと集められることになったのだ。具体的には、冒険者志望や兵士志望、狩猟を含めた実戦経験のある者、親の職業がそれらに通ずる者が優先的に選ばれていった。

 そして彼らは、大陸中から集まった優秀な戦士や魔法使い、聖職者らとパーティを組み、旅へと送り出されていったのである。


 計画はそれなりに順調に思えた。

 少年たちの任務は、簡単なダンジョン攻略や魔物討伐から始まる。大した戦闘経験がなくとも、歴戦の猛者が付いていればそう恐れることもない。

 こうして少年たちを育てていけば、いつかは「勇者の証」を持った真の勇者が現れる。多くの人々が、そう信じていた。


 状況が一変したのは、二年前のことだ。

 魔王軍の動きが急激に活発化し、強い魔族が積極的に人間の町を襲い始めたのである。兵士、傭兵、冒険者が各地で尽力したものの、大陸中で被害が相次いだ。魔王の腹心までもが襲来し、事態は深刻を極めた。


 各国の長は、もはや勇者候補の成長を待ってはいられないと結論付け、新たな作戦の敢行を決定した。未熟な候補者たちを魔族との実践に出し、戦いの中で勇者を目覚めさせるという手荒い作戦である。

 結果、候補者のほとんどが身体的、精神的に戦える状態ではなくなってしまった。同行者も多かれ少なかれ損害を受け、壊滅状態になったパーティもあった。当然ながら死者も出た。


 このような情報が出回っている今、本心から勇者候補の選出を喜べる人間などいるはずがない。

 双子の兄であるソラはもちろん、村に住む全員が同じ気持ちである。村人たちの衝撃と絶望が、ソラにも痛いほど理解できた。


 ソラとリクは生まれてすぐに両親を亡くし、村長に引き取られた孤児である。誰とも血の繋がりのない二人と家族同然に付き合ってくれた人々が、リクを快く送り出すはずもない。

 情勢を良く知っている大人からまだ幼い子どもまでもが、リクを連れていかせまいと必死だった。


「絶対にダメよ。行ったらどんな目に遭うか」

「行かせるわけがないだろう。リクは家に戻れ。使者共はワシがどうにかするから」


 彼らが険しい顔で訴える。

 王都から遥々訪ねてきた三人の使者は、「リク本人と話をさせろ」としか言わず、平行線だ。

 三人とも目深にフードを被っているので、顔は見えない。

 体格と声からして、男二人に女一人だろう。男の一人はとても大きく、明らかに鍛えた体躯で圧を放っていた。


 村人と使者の応酬が行われる中、ソラはリクの様子を窺う。

 きっと、怯えた顔をしていると思った。リクは昔から怖がりだから、いきなり魔族と戦うなんて不安に違いないと思ったのだ。

 果たして、予想は大きく外れた。リクから恐怖はほとんど感じ取れず、表情にはいつも通りの穏やかさがあった。


 ソラの視線をよそに、リクがすっと手を上げる。

 喧騒が止み、その場にいる全員の目が吸い込まれるようにリクへと集まった。


「僕らの家で話をしよう。家主の村長は今不在だけど、それでもいいかな?」

「ああ、構わない」


 再び上がった反対の声をかき消して、使者の一人が頷いた。




 三人の使者は家に入るなりフードを取り、それぞれ名乗り始めた。

 大柄で傷の多い青年はグスタフ、細身で賢そうな青年はフェリクス、華奢で儚い雰囲気の少女はマルガ。人手不足で王都から使者が派遣できず、パーティの一員となる予定の戦士、魔法使い、聖女が直々にきたそうだ。


 玄関は重苦しい空気で満ちていた。

 特にグスタフの表情は厳しく、こちらを鋭く睨みつけている。


「知っていると思うけど、僕はリク。よろしく」


 リクの挨拶でも、重い空気は全く緩まらなかった。

 ややあって、グスタフと名乗った男が口を開く。


「──俺たちは、お前を勇者とは認めない」

「え?」

「勇者にならなくていいって意味だよ。身分も出生も偽って国外に行くのがいいだろうね。必要なお金やルートは既に用意してあるんだ。旅には僕らだけで出るから、君は心配せず遠くで元気に暮らしなよ」


 衝撃的な発言にソラとリクが困惑していると、フェリクスが丁寧に補足した。

 グスタフはもちろんのこと、一見明るい調子で話しているフェリクスも目は笑っていない。マルガは胸に手を当て、静かに彼らへの同意を示していた。


 国からの命令で動いている彼らが、世界を救う責務を全うしなければならない彼らが、勇者候補に「逃げろ」と言っている。それどころか、勇者抜きで魔王に挑むつもりなのだという。

 お人好しにもほどがある。呆れと安堵の混じった感情で、ソラは息を吐いた。


「勇者候補のリクは死んで、別人として生きる。それでいいな?」


 古びた革袋を差し出して、グスタフが念を押す。


「──悪いけど、断るよ。僕は勇者候補として旅に出る」


 しかし、返事は彼らが待ち望んでいた言葉ではなかった。

 ソラ以外の三人が、目を見開いて絶句する。


「はあ!? 候補者がどんな目に遭ってるか知ってんだろ」

「もちろん知ってる。でも、僕は行く」


 リクは一歩踏み出して、グスタフの目の前に立った。


 ソラは知っている。

 村の年下に頼りにされる彼が、実は結構な怖がりであることを。動物一匹仕留めるのですら躊躇するほどに心優しいことを。

 ソラは、十余年共に生きてきた片割れの、まだ知らなかった一面を見た気がした。


「……お前は勇者なんかじゃねぇ。無駄死にしたくなけりゃ今すぐ逃げろっ!」


 頑ななリクに痺れを切らしたのだろう。グスタフは殴り掛からん勢いでリクの胸倉をつかみ上げ、強く揺さぶった。


「おい、ちょっと落ち着け」


 ソラは思わずいさめたが、全く聞く耳を持ってくれない。

 さすがに駄目だと思ったのか、黙っていたフェリクスが魔法でグスタフを引き寄せた。基礎的な呪文で出力もそう強くはなさそうだったが、二人は容易く引き離された。

 大人しく魔法に従ったグスタフの肩に、マルガがそっと手を置く。


「お互い離れて、少し頭を冷やしましょう」

「わかった」


 そう答えたリクは、マルガの横をすり抜けて外に出た。

 ソラは家に残るか迷う暇もなく、気づけばリクによって引っ張り出されていた。

 去り際、視線を感じて三人の方を振り返る。もの言いたげな目でこちらを見る姿に、ソラはそっと目を伏せた。




 リクに連れられて、ソラは村外れの小高い丘まで来た。

 幼い頃、毎日のようにここに遊びに来ていた思い出がある。怒る村長から隠れたり、内緒話をしたり、宝物を埋めたり。双子のちょっとした秘密基地だった場所だ。


 二人は村一番の大木に腰掛ける。

 昔は草むらの香りと感触が好きでよく寝転がっていたソラだが、今はもうそんなことはしない。あれから月日が経ち、ソラもリクも成長した。成人にはまだ遠いが、もう子どもでもない。

 自分の道は自分で決めるべきだと、ソラは身をもって理解していた。


「ソラ、僕はちゃんとリクとして旅に出る」

「うん」


 リクは勇者候補として、仲間と一緒に戦いに赴く。

 最初にリクの表情を見たときから、ソラは何となく察していた。

 それだけじゃない。真の勇者はリクなのではないかという予感すらあった。何の根拠もないが、勇者はきっとリクのような高潔な人だと、勇者候補になる前から思っていた。


 双子の兄として、弟を危険な目に遭わせたくない。けれど、兄として弟の決断を無下にはしたくない。であれば、ソラがとれる行動は一つしかなかった。


「ねえ、ソラ」


 リクがぽつりと呟く。


「なんだ」

「僕と一緒に来てって言ったら、怒る?」


 愚問だった。

 何も言われなくとも、ソラはリクにくっ付いていくつもりだった。もしもリクが嫌がったら、グスタフたちが近くまで乗ってきた馬車の積荷に紛れようかと思っていたくらいだ。


「怒るわけないだ、ろっ!」


 ぶつけるように、自分の体をリクの肩に預ける。が、勢いをつけ過ぎて、ソラの体はリクの膝に倒れ込んだ。

 リクは目を丸くしたが、やがて堪えきれないといった風に吹き出し、心底楽しそうな笑い声を上げ始めた。

 ぶすくれたソラが何度か抗議してみたものの、リクには全く届いていない。

 ひとしきり笑うと、リクは目じりに溜まった涙を手の甲で雑に拭って、立ち上がった。


「戻らなきゃ」

「うん」

「……本当はさ、ちょっとだけ怖い」

「大丈夫。俺とお前は二人で一つだろ」


 ソラが勝気に言ってみせると、リクは黙って俯いた。

 少しの沈黙が場を満たした後、リクが意を決したように顔を上げる。その目にもう迷いはない。


「隣にソラがいてくれるなら、頑張れる。弓も剣も魔法も、ソラみたいに上手にはできないけど……けど、僕は本物の勇者になってみせるよ」

「じゃあ俺は、リクを守る剣になるよ」


 双子の約束だ! と互いに拳を突き出した。




 家に戻ると、出ていったときと変わらない位置で三人が待っていた。


「僕、勇者になるよ。ソラと一緒に」

「足手まといになったら捨て置いていい」


 グスタフとフェリクスは盛大に顔を歪め、マルガはやっていられないとばかりに目を瞑って首を振った。


「グスタフとフェリクスは、貴方がたのためを思って言ったのですよ」

「うん、わかってる。ありがとう。でももう決めたんだ」


 マルガの言葉にも、リクは真っ直ぐに返してみせた。

 その姿には確かに、勇者の素質を感じさせる何かがあった。


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