魔剣を崇める者たち
『不動の盾』バルトとの共闘により、辛くもザギを退けたダグラスたち。しかし、完全に破壊するには至らず、ザギは再び姿を消した。彼の行方を追う中、ダグラスたちは奇妙な噂を耳にする。それは、破壊を繰り返す黒い騎士を「破壊神の使徒」として崇め、その力を利用して王国の転覆を狙うカルト教団の存在だった。ザギは、彼らにとって、制御すべき「神」であり、ダグラスたちは、友を取り戻すため、そして世界の危機を阻止するため、新たな敵と対峙することになる。
グラン・フェルムの中央広場に、激闘の爪痕が生々しく残っていた。砕けた石畳、倒壊した噴水、そして、バルトの盾が受け止めた魔剣の一撃によってえぐり取られた、巨大なクレーター。
「…行っちまったか」
ダグラスは、ザギが消えた方向を見つめながら、苦々しく呟いた。
バルトの『不動の盾』による決死の防御、ホークの精密な支援射撃、そしてリオの放った古代魔法。十年ぶりに集結した『銀狼』の連携は、魔剣に支配されたザギの動きを、確かに一瞬、封じ込めた。しかし、とどめを刺すには至らなかった。ザギは、まるで潮が引くように、闇の中へとその姿を消してしまったのだ。
「すまない…俺が、もっと強ければ…」
バルトが、悔しそうに拳を地面に叩きつける。彼の巨大な盾には、魔剣の一撃を受けた部分が、不吉な紫色に変色し、深い亀裂が入っていた。あと一撃でも受けていれば、盾ごと両断されていただろう。
「お前のせいじゃねえ。よく、防いだよ。お前がいなけりゃ、今頃、俺たちは全員、ミンチになってたさ」
ダグラスは、バルトの肩を叩いた。その手には、かつての団長としての、仲間への労いが込められていた。バルトは、何も言わずに、ただ唇を噛みしめた。十年間のわだかまりが、この一戦で、少しだけ溶け出したようだった。
衛兵隊の詰め所に戻った一行の空気は、重かった。
「ザギの力は、以前よりも増しているようです」
ホークが、冷静に分析する。「彼が振るう魔剣のオーラには、ただの魔力ではない、何か別の…もっと邪悪で、根源的な力を感じました。まるで、あの剣が、ザギの生命力を糧に、自ら成長しているかのようです」
「古文書にあった、邪神の『器』という話…、現実味を帯びてきましたね」
リオが、忌々しそうに呟く。「問題は、なぜ、ザギがこのグラン・フェルムを襲ったのか、です。彼の行動には、これまで何の脈絡もなかった。まるで、ただの破壊衝動に突き動かされているかのように。しかし、今回の襲撃は、あまりにタイミングが良すぎる。まるで、我々がここにいることを知っていたかのようです」
リオの指摘に、全員がハッとした。確かに、偶然にしては出来すぎている。
そこへ、一人の衛兵が、血相を変えて駆け込んできた。
「隊長!大変です!街の外れで、奇妙なローブを着た連中が、何かの儀式を行っているとの報告が!」
一行は、すぐさま現場へと急行した。
街の外れ、古びた石切り場の跡地。そこには、十数人の、深紫色のローブを目深にかぶった者たちが集い、円を描くようにして、何事かを祈っていた。その中心には、ザギの魔剣が残したのと同じ、禍々しい紫色の魔法陣が、不気味な光を放っている。
「何者だ、貴様ら!」
バルトが、一喝する。
ローブの集団は、ゆっくりとこちらを振り返った。そのフードの奥から覗く瞳は、どれも常軌を逸した、狂信的な光を宿していた。
中心に立つ、リーダーらしき男が、一歩前に進み出た。
「我らは、『紫雲の暁』。いずれこの腐敗した王国を浄化し、真なる破壊と再生の神が降臨するための道を、お作りする者たち」
その男は、恍惚とした表情で、両手を天に掲げた。
「そして、先日、我らの前に、ついに神の使徒がお姿を現されたのです!漆黒の鎧を纏い、神の御業そのものである、大いなる破壊を振りまく、気高き騎士様が!」
神の使徒。漆黒の騎士。彼らが言っているのが、ザギのことであるのは、明らかだった。
「…お前たちが、ザギを操っているのか…?」
ダグラスが、低い声で問う。
「操るなどと、とんでもない!我らは、使徒様がお望みのままに、その御力を存分に振るえるよう、お導き申し上げているだけです」
男は、嘲笑うかのように言った。「使徒様は、より強い魂を、より多くの破壊を求めておられる。我々は、そのための『餌』を用意し、彼の進むべき道を示しているにすぎません。この街に、かつての仲間がいると教えたのも、我々ですよ。友との魂のぶつかり合いは、さぞ、使徒様の力となる、極上の糧になったことでしょうからな」
ダグラスの全身から、凄まじい怒りのオーラが立ち昇った。
「…てめえらか…!てめえらが、ザギを、あいつを、ただの破壊人形に…!」
ザギは、自分の意思で動いていたのではなかった。このカルト教団が、彼の破壊衝動を巧みに誘導し、自分たちの目的のために利用していたのだ。ザギは、被害者であると同時に、彼らにとって、崇拝すべき「神」であり、そして、意のままに動かせる「駒」でもあった。
「お引き取り願おうか、古き狼の残党よ。これより、我々は、再び使徒様をお迎えするための、神聖な儀式を執り行う。邪魔をするというなら、神罰が下ることになるぞ」
教団の男が合図をすると、ローブの集団が一斉に呪文を唱え始めた。地面に描かれた魔法陣が、眩い光を放ち、そこから、泥と石でできた無骨なゴーレムが、次々と姿を現した。
「ゴーレムだと…?数が多いぞ!」
バルトが、盾を構える。
「ただのゴーレムではありません。あれは、邪神の瘴気を核にして作られた、呪詛ゴーレムです。物理攻撃は、ほとんど通用しませんよ」
リオが、冷静に、しかし厳しい表情で分析する。
次々と襲いかかってくるゴーレムに、衛兵たちの攻撃は、ことごとく弾かれる。
「くそっ、キリがねえ!」
「魔法で核を破壊するしかない!リオ、援護を頼む!」
ホークが、叫びながら、ゴーレムの関節部を狙って精密な射撃を繰り返す。
ダグラスは、ゴーレムの群れを睨みつけながら、教団のリーダーを探した。あの男を叩かなければ、この状況は終わらない。
「バルト!道を開けろ!」
「言われずとも!」
ダグラスの意図を察したバルトが、雄叫びを上げてゴーレムの一体に突進し、その巨体を盾で押しとどめる。その隙に、ダグラスは教団のリーダーめがけて駆け出した。
「愚かな!神の僕に、剣が届くとでも!」
リーダーの男は、慌てることなく、懐から取り出した不気味な短剣で、自らの腕を切りつけた。滴り落ちた血が、地面に吸い込まれると、彼の前に、ひときわ巨大な、禍々しいオーラを纏ったゴーレムが出現した。
「終わりだ、老兵。使徒様の糧となるがいい」
巨大なゴーレムの腕が、ダグラスめがけて振り下ろされる。
万事休すかと思われた、その瞬間。
横から飛来した一筋の光が、ゴーレムの腕を貫いた。
光が突き刺さった部分から、ゴーレムの身体が急速に浄化され、ただの土塊へと戻っていく。
「な、なんだと…!?」
リーダーが、信じられないといった顔で、光の飛来した方向を見る。
そこには、銀の長剣を構えた、ダグラスの姿があった。聖剣シルヴァリオン。その剣は、邪神の瘴気から生まれた魔物に対して、絶対的な特攻効果を持っていたのだ。
「…言ったはずだぜ。お前らなんぞに、ザギは渡さねえ、ってな」
ダグラスの瞳に、かつての『疾風』と呼ばれた頃の、鋭い輝きが戻っていた。生命力を削る諸刃の剣。だが、友を、そして世界を脅かす新たな敵を前に、彼は再びその剣を抜くことを、ためらわなかった。
友を取り戻す戦いは、いつしか、世界を蝕む巨大な悪意との戦いへと、その姿を変えようとしていた。ダグラスは、聖剣を構え直し、邪悪なカルト教団のリーダーと、その背後にいる見えざる邪神に、敢然と立ち向かっていく。黄昏の狼の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。