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衛兵隊長と錆びた忠義

次なる仲間、元『銀狼』の「盾」であった衛兵隊長バルトを訪ねたダグラスたち。しかし、団を崩壊させたダグラスを許せないバルトは、協力を頑なに拒否する。その最中、ザギが街に出現。街を守るという衛兵隊長としての務めと、仲間を思う騎士としての矜持の狭間で、バルトはかつての団長と共に戦うことを決意する。彼の錆びついた「忠義」が、再び輝きを取り戻す。

城塞都市グラン・フェルムの衛兵隊詰め所は、張り詰めた空気に満ちていた。ダグラスと、衛兵隊長となったかつての仲間、バルト・カイザーとの間には、十年という歳月が生んだ、深く、冷たい溝が横たわっていた。


「団を捨てた裏切り者が、今更どの面を下げて俺の前に現れた」


バルトの言葉は、まるで氷の刃のようだった。その厳つい顔には、かつての仲間への情など微塵も感じられない。あるのは、規律を破った者への、揺るぎない軽蔑だけだ。


「バルト、落ち着いてください。我々は、ザギのことであなたの力が必要なのです」


軍師であったホークが間に入るが、バルトは聞く耳を持たなかった。


「ザギが魔物に成り果てただと?自業自得だ!あんたが、団長として、もっと厳しく奴を罰していれば、こんなことにはならなかった!あんたの甘さが、ザギを狂わせ、団を崩壊させたんだ!」


バルトの糾弾は、的確にダグラスの心の古傷を抉った。それは、ダグラス自身が誰よりもよくわかっていることだった。友を、そして団員たちを守るための最善の選択をしたつもりだった。だが、その結果、全てが壊れてしまった。


「俺は今、このグラン・フェルムの衛兵隊長だ。この街の民を守るのが俺の務め。過去の亡霊に構っている暇などない。さっさと失せろ」


バルトはそう言い放ち、背を向けた。その背中は、かつて仲間たちの攻撃を一身に受け止めた「不動の盾」そのものだったが、今はダグラスたちを拒絶する、冷たい壁にしか見えなかった。

リオは、このやり取りを黙って見ていたが、静かに口を開いた。


「…非合理的ですね。過去の感傷で、眼前の脅威から目を背けるのは、衛兵隊長として正しい判断とは思えませんが」


「なんだと、小僧!」


バルトが、猛獣のような形相でリオを睨みつける。

「あなたの言う『過去の亡霊』は、今まさに大陸中で破壊を繰り返している『現実の脅威』です。その脅威が、いつこの街を襲うかもわからない。その時、あなたは本当に、この街を守れるのですか?」

リオの冷静な指摘に、バルトはぐっと言葉に詰まった。

その時だった。

街の城壁に設置された見張りの鐘が、カン、カン、カン!と、けたたましく鳴り響いた。緊急事態を告げる、最高警戒レベルの鐘だ。


「敵襲ーッ!北西の城門に、正体不明の漆黒の騎士が一体!城門を破壊して、市街地へ向かってくるぞ!」


伝令兵の叫びに、詰め所内の空気が凍りついた。


「…ザギか…!」


バルトが、絞り出すような声で呟いた。その顔には、驚きと、そして「なぜ今」という焦りの色が浮かんでいた。最悪のタイミングだった。いや、あるいは、彼の覚悟を試すための、必然だったのかもしれない。

「バルト隊長!ご指示を!」


部下の衛兵たちが、彼の元へ駆け寄ってくる。

バルトは一瞬、ダグラスの方を見た。その瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。しかし、彼はすぐに顔を振り、衛兵隊長としての顔に戻った。


「うろたえるな!第一、第二部隊は、住民の避難誘導を最優先!第三部隊は俺に続け!何としてでも、奴を市街地の中央広場で食い止めるぞ!」


的確な指示を飛ばしながら、バルトは駆け出した。その横に、いつの間にかダグラスたちが並んでいた。


「ダグラス…貴様ら、まだいたのか…」


「当たり前だろ。俺はあいつを止めに来たんだ。お前こそ、下がっていろ。あいつは、お前の部下たちがどうこうできる相手じゃねえ」


「ほざけ!この街は、この俺が守る!貴様らならず者の助けなど、必要ない!」


憎まれ口を叩き合いながらも、彼らは同じ目的地へと走っていた。その姿は、まるで十数年前に時が戻ったかのようだった。

街の中央広場は、すでにパニックに陥っていた。その中心に、あの黒曜石の鎧を纏った『沈黙の騎士』が立っていた。ザギだった。彼の周りには、恐怖に慄く住民たちの悲鳴が渦巻き、いくつかの商店は、すでに彼の振るったであろう魔剣の一撃で、無残に破壊されていた。


「化け物が…!」


バルトは、その圧倒的な存在感を前に、思わず息を呑んだ。


「全員、構えろ!絶対に、ここから先へは行かせるな!」


バルトの号令で、駆けつけた衛兵たちが一斉に槍の穂先をザギに向ける。しかし、その足は恐怖で震え、顔は青ざめていた。無理もない。ザギが放つ、死と破壊のオーラは、屈強な衛兵たちの戦意すらも、根こそぎ奪っていくようだった。

ザギが、まるで邪魔な虫けらを払うかのように、ゆっくりと魔剣『ソウルイーター』を振り上げた。禍々しい紫色のオーラが、剣の周りに渦巻く。その一撃が放たれれば、この広場も、ここにいる衛兵たちも、一瞬で壊滅するだろう。


「やめろ、ザギ!」


ダグラスが、魂からの叫びを上げた。

その声に反応したのか、ザギの動きが、ほんの一瞬、止まった。兜の奥の赤い光が、ダグラスを捉える。

その千載一遇の好機を、バルトは見逃さなかった。

彼は、衛兵たちの前に躍り出ると、かつて『銀狼』の仲間たちだけが知っていた、戦いの始まりを告げる雄叫びを上げた。


「ウォォォォッ!『銀狼』の盾は、まだここにあるぞ!!」


彼は、背負っていた巨大な塔のタワーシールドを、ガキン!と音を立てて地面に突き立て、全身の力を込めて防御の構えを取る。それは、どんな絶望的な攻撃からも仲間を守り、反撃の活路を開くための、彼の錆びついていたはずの「忠義」の証だった。

その姿を見たダグラスは、ニヤリと口の端を上げた。


「…世話が焼ける、クソ真面目な野郎だぜ」


「団長、指示を」


ホークが、冷静な声でクロスボウを構える。


「面白い。古代魔法の実験台になってもらいましょうか」


リオが、不敵な笑みを浮かべて魔法の詠唱を開始した。

かつて最強だった傭兵団のメンバーたちが、十数年の時を経て、再び一つの敵の前に、それぞれの役割を果たそうとしていた。

ザギの魔剣が、唸りを上げて振り下ろされる。空間が歪むほどの、圧倒的な破壊の力。

バルトは、迫り来る死の力線を真正面から見据え、歯を食いしばった。

(俺は、もう逃げねえ…!)

(団長から、仲間から、そして自分自身の弱さから!)

彼の盾に、傭兵団の紋章である銀色の狼が、淡い光を放って浮かび上がった。

(俺の忠義は、まだ、錆びついちゃいない!)

轟音。

ザギの魔剣が、バルトの盾に激突した。衝撃波が広場全体を吹き荒れ、地面が砕け散る。しかし、バルトの盾は、砕けなかった。彼の足は、大地に根を張ったかのように、一歩も引いていない。

不動の盾は、その身を賭して、友を、そして自らが守ると決めた街を、確かに守り抜いたのだ。

そして、その一瞬の膠着状態こそ、ダグラスたちが待ち望んでいた、反撃の狼煙だった。

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