戦いの終わりと、新たな謎
戦場に、静寂が戻った。
先ほどまで響き渡っていた怒号も、金属音も、今はもうない。ただ、無様に転がる傭兵たちの呻き声と、私とエリスさんの、少しだけ荒い息遣いだけが、そこに残されていた。
「……リィア、あんた……」
エリスさんが、信じられないものを見るような目で、私と、倒れたガラムを交互に見つめている。
「無茶苦茶すぎるわよ、本当に……!」
「ええ。ですが、おかげで少しだけ、肩が凝ってしまいましたね」
私がそう言って、わざとらしく肩を回してみせると、彼女は呆れたように、しかしどこか楽しそうに、ふっと息を吐いた。
「……はぁ。あんたのそういうところ、本当に心臓に悪いわ」
生き残った『鉄の狼団』の傭兵たちは、もはや戦意など欠片も残っていなかった。副団長のガラムが、まるで赤子のように一方的に叩きのめされたのだ。彼らは、恐怖に顔を引きつらせながら、我先にと武器を捨て、降伏の意を示している。
「さて」
私は、突き刺さったままだった自分の剣を抜き放つと、その切っ先を、まだ意識のある傭兵の一人に向けた。
「この辺りで、一番腕の立つ治療師がいる診療所はどこです? 正直に答えていただければ、あなた方の治療も、少しだけ考えてあげますよ」
数分後。
私とエリスさんは、南地区のさらに奥、古びているが清潔な一軒の建物の前に立っていた。
「ガルドラン診療所」と書かれた、小さな木の看板が掲げられている。
扉を開けると、薬草の匂いと、消毒液の匂いが混じった、独特の空気が鼻をついた。
奥から、疲労困憊といった顔つきの、初老の医者が現れる。
「……なんだね、君たちは。見ての通り、今は手が離せん。怪我人なら、順番を――」
「ギルドのレナさんからの、お届けものです」
私がそう言って、医療品の詰まった木箱をカウンターに置くと、医者の目が、驚きに見開かれた。
「……まさか! あの『鉄の狼団』を、突破してきたとでも言うのかね!?」
「ええ、少しだけ、道を掃除させていただきましたので」
「掃除、だと……?」
医者は、私たちの背後、扉の隙間から見える、道の隅に山と積まれて気絶している傭兵たちの姿を認めると、あんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
「それと、これも」
私は、懐から小さな革袋を取り出し、中から金貨を数枚、カウンターの上に置いた。先ほど、傭兵たちから「治療費」として徴収したものだ。
「診療所の運営も、大変なのでしょう? 私からの、ささやかな寄付です。子供たちのために、使ってあげてください」
「……君は、一体……」
「ただの通りすがりの配達人です」
私がそう言って微笑むと、医者はしばらく呆然としていたが、やがて、その目に深い、心からの感謝の光を宿した。
「……ありがとう。本当に、ありがとう……!」
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その頃――ギルドでの依頼を終えた、結城大和の一行は、ガルドランの街を歩いていた。
「……なんだか、南地区の方がやけに騒がしくないか?」
佐伯が、そう言って眉をひそめる。
確かに、遠くから、何か大きな騒ぎが起こっているような、不穏な空気が伝わってきていた。
「また、葛城あたりが、何か問題でも起こしているんじゃないでしょうね」
高坂静流が、やれやれと肩をすくめる。
「いや、あれは違う」
大和は、足を止めた。
「この魔力の残滓……微かだが、感じる。――あの、エルフの冒険者のものなのか?」
その言葉に、パーティの空気が一変した。
「まさか、あの『鉄の狼団』に、一人で喧嘩を売ったとでも言うのか!?」
「……面白いわね。行くわよ」
高坂が、即座に踵を返す。
「おい、高坂!」
「彼女が、一体何者なのか。この目で確かめる、絶好の機会じゃない。見逃す手はないわ」
有無を言わさぬその言葉に、大和たちも、顔を見合わせ、南地区へと走り出した。
診療所を出た私とエリスさんは、夕暮れの道を歩いていた。
「さて、と。依頼も終わったことだし、宿に戻って祝杯でもあげましょうか」
エリスさんが、満足げに伸びをする。
「賛成です。ですが、その前に……」
私は、足を止めた。そして、先ほどまで騒ぎがあった、メインストリートの方を振り返る。
「……どうやら、新しいお客様が、いらっしゃったようですね」
私の魔力感知が、複数の、しかし聞き覚えのある強力な魔力の気配が、こちらへ高速で接近してくるのを捉えていた。
「お客様ですって?」
「ええ。少しだけ、話の長い人たちが」
エリスさんが、訝しげに眉をひそめる。
「私たちは、少し裏路地から帰りましょうか。目立つのは、あまり好きではありませんので」
私がそう言って、彼女の手を引いた、まさにその時だった。
大和たちが、騒ぎのあったメインストリートへと、たどり着いたのは。
彼らが現場で目にしたのは、圧倒的なまでの、戦闘の跡だった。
地面には、無数のクレーター。バリケードは粉々に砕け散り、そして、道のど真ん中には、槍のように天を突く、巨大な石の壁がそびえ立っている。
『鉄の狼団』の傭兵たちは、誰一人として立つ者はおらず、全員が戦闘不能に陥り、道の隅で呻いていた。
「……なんだ、これは……」
大和が、息を呑む。
これは、ただの喧嘩騒ぎではない。一方的な、蹂躙だ。
高坂は、その怜悧な瞳で、現場に残された魔力の痕跡を分析していた。
「……この、石の槍……。土属性の魔法? いいえ、違う。もっと純粋な、物質そのものに干渉するような……こんな術式、見たことがないわ」
彼女は、地面に落ちていた、黒い羽根を一枚拾い上げる。グリフォンのものだ。
「……間違いない。やったのは、あのエルフね」
高坂のその呟きに、パーティの誰もが、ゴクリと喉を鳴らした。
これほどのことを、たった一人(と一匹)で、やってのけたというのか。
「彼女は、一体……」
大和が、呆然と呟いた、その時だった。
彼の視線が、傭兵たちが倒れる路地の、その奥。遠ざかっていく、二つの人影を捉えた。
銀色の、長い髪。そして、その隣を歩く、もう一人。
「――待ってくれ!」
大和は、考えるより先に、叫んでいた。
だが、その声が届く前に、二つの人影は、角を曲がり、雑踏の中へと完全に消えていった。
「……行ってしまったわね」
高坂が、つまらなそうに、しかしその瞳の奥に、より一層強い興味の光を宿らせて、呟いた。
「ますます、分からなくなったわ。彼女が、一体何者なのか。……いいえ」
彼女は、拾い上げた黒い羽根を、そっと指でなぞる。
「……もしかしたら、彼女も、私たちと“同じ”なのかもしれないわね」
その、意味深な言葉。
大和は、何も言い返せなかった。ただ、リィアが消えていった路地の闇を、胸騒ぎと共に、じっと見つめていることしかできなかった。




