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正面突破

宿屋「風追い人の羽根亭」の部屋に戻るなり、エリスさんが深い溜め息をついた。

彼女は窓の外、夕暮れに染まり始めたガルドランの街並みを見下ろしながら、心配そうにこちらを振り返る。


「ただの配達じゃないわよ。街の有力者が後ろ盾についている傭兵団に、たった二人で喧嘩を売るなんて……いくらあなたでも、無謀すぎるわ」

「ええ、だからこそ、です」


私はテーブルの上に、街で手に入れた南地区の詳細な地図を広げた。

そこには、診療所の位置、衛兵の詰所の場所、そして建物のおおよその高さまでが、精密に記されている。


エリスさんが、地図の一点を指差した。

「見て、リィア。ここから裏路地を通って、古い市場の跡地を抜ければ、診療所の裏手に出られるわ。ここが一番、奴らに見つかる可能性が低い。最も安全なルートよ」


彼女の示すルートは、歴戦の冒険者らしく、合理的で、生存を最優先に考えた、完璧なものだった。

隠密行動こそ、この場合のセオリーだろう。

……だが。


「いいえ、エリスさん」


私は彼女の言葉を、穏やかに、しかしはっきりと遮った。

そして、羽ペンを手に取ると、地図の上に、一本の、真っ直ぐな線を引く。

その線は、南地区のメインストリート――傭兵団の本拠点の、ど真ん中を貫いていた。


「私たちは、ここを行きます」

「……正気!?」


エリスさんの声が、ひっくり返る。

「そこは奴らの本拠地のど真ん中よ! 三十人以上が常に屯しているって話じゃない! 自殺行為だわ!」


彼女の悲鳴に近い声に、私はにっこりと微笑んだ。

「それでは、ただの配達で終わってしまいますから」

私は、ペン先で、線を引いたメインストリートをとんとんと叩く。


「腐った枝は、先端だけを摘んでも意味がありません。根元から、綺麗に断ち切らなければ」

私は、エリスさんの目を真っ直ぐに見つめ返した。


「彼らが力で支配しているのなら、それ以上の力で、真正面からその自信を砕く。そうでなければ、彼らはまた同じことを繰り返すでしょう。……これは、診療所に薬を届けるための戦いではありません。この街に、私たちの『格』を認めさせるための、戦いです」


その、あまりにも物騒な「治療方針」。

エリスさんは、呆気に取られたように、地図と私の顔を何度も見比べた。

そして、やがて諦めたように、しかしどこか楽しそうに、ふっと笑みを漏らした。


「……あなた、やっぱりただ者じゃないわね。“深淵の魔女”だなんて、誰が付けたか知らないけど、的を射ているかもしれないわ」

彼女は、自分の愛剣の柄を、こつんと指で弾く。


「分かったわ。面白そうじゃない。久しぶりに大暴れできそうね!」


夕暮れ時、私とエリスさんは、ギルドの裏口でレナさんと落ち合った。

彼女は、私たちのために、大きな木箱を用意してくれていた。


「……これが、診療所への医療品です。本当に、本当にありがとうございます……! ですが、どうかご無理だけは……!」

「いえ。必ず、届けますから」


私は、その重い木箱を、強化魔法をかけた腕で、片手でひょいと持ち上げた。

その光景に、レナさんが目を丸くしている。


私たちは、彼女に深く一礼すると、変装もせず、堂々と、南地区の入り口へと向かった。

これから始まるのは、ただの配達ではない。



---



私とエリスさんは、南地区の入り口へと続く、薄暗い路地に立っていた。

その先には、メインストリートを塞ぐようにして築かれた、粗末なバリケードが見える。焚き火の周りには、数人の見張りの傭兵たちが、下品な笑い声を上げて酒を飲んでいた。


「……本当に、行くのね?」

エリスさんが、最後の確認をするように尋ねる。

「ええ」


私たちは、物陰から出ると、変装もせず、堂々と、バリケードへと向かって歩き出した。

リィアが一抱えもある大きな木箱を持っているにも関わらず、その足取りに一切の乱れはない。


「ん? なんだ、お前ら」

見張りの一人が、私たちの姿に気づき、面倒そうに立ち上がった。


「よう、嬢ちゃんたち。見ねえ顔だな。ここを通りたいなら、“通行料”を払ってもらおうか」

他の傭兵たちも、にやにやと下品な笑みを浮かべて立ち塞がる。


「道を開けなさい、チンピラども」

エリスさんが、剣の柄に手をかける。

だが、私はそんな彼女を、そっと手で制した。


「エリスさん、剣を抜く必要はありません」

「……どういう意味よ」


私は、返事をする代わりに、ゆっくりと木箱を地面に置いた。

そして、足元の石畳に、そっと手のひらを触れる。


(……石畳、硬度は十分。……これなら)


「――強化」


私の静かな呟きと同時。

ゴゴゴゴゴッ!

轟音と共に、傭兵たちの目の前の石畳が、槍のように天へと突き上がった。

何本もの鋭い石の槍が、バリケードを粉砕し、彼らの退路を断つように、巨大な壁となって立ちはだかる。


「なっ……!?」

「な、なんだ、今の……!?」


呆然と立ち尽くす傭兵たち。

私は、彼らに冷たく言い放った。


「道を開けなさい。……でないと、次はあなたたちが、これに串刺しになる番ですよ」


私のその、あまりにも静かな脅迫。

見張りの一人が、恐怖に顔を引きつらせながら、腰に下げた角笛を、必死に吹き鳴らした。

甲高い音が、南地区の夜空に響き渡る。


「て、敵襲だー! 敵襲!」


その音に応えるように、通りの奥の建物から、わらわらと『鉄の狼団』の傭兵たちが、武器を手に飛び出してきた。

あっという間に、私たちの前には、三十人を超える屈強な男たちが、殺気立った顔で並んでいる。


「……ふふ、全員出てきてくれたようね。話が早いわ」

エリスさんが、好戦的な笑みを浮かべて、剣を抜き放つ。


私も、再び木箱を持ち上げた。

そして、目の前に広がる敵の群れに、穏やかに告げる。


「通りすがりの、ただの配達人です。……少しだけ、道を掃除させていただきますね」

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