表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/108

傭兵団の悪行

中継都市として迷宮内にあるガルドランですが、冒険者以外も住んでいます。

魔物が出ない階層かつ、水資源も潤沢、昼夜のサイクルも天井の発光する石で再現されているので…

大昔、迷宮が発見されたときに最初の開拓団が街を築き上げた、ということです。

「……ある“お荷物”の配達が、完全に滞ってしまっているんです」


受付嬢――胸元の名札には「レナ」とある――のその言葉は、懇願するような響きを帯びていた。

周囲の喧騒が嘘のように、カウンターの一角だけが静まり返る。

私は、彼女の真剣な瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「“お荷物”の配達、ですか。もう少し、詳しくお聞かせいただけますか? ギルドが正式に依頼として出すのではなく、私個人にお願いするからには、相応の理由があるのでしょう?」


私のその問いに、レナさんは一度、意を決するように唇を結んだ。

そして、ホールで一際大きな顔をしている、あの黒い革鎧の一団へと、険しい視線を送る。


「……あそこのテーブルに陣取っているのが、元凶です」

「彼らが?」


「はい。あそこにいるのは、ほんの一部ですが……。彼ら『鉄の狼団』の主力が、南地区のメインストリートを根城にしていて……。そこを通る者全てに、法外な“通行料”を要求しているんです」


レナさんの言葉に、エリスさんが訝しげに眉をひそめる。

「診療所への配達なら、ギルドの正式な護衛依頼として出せばいいじゃない。どうしてそんな回りくどいことをするの?」


そのもっともな疑問に、レナさんは悔しそうに顔を歪めた。


「お荷物の中身が、薬草とポーション……緊急医療品だからです。先日依頼を受けたブロンズランクの配達人も、荷物を奪われた上に、半殺しの目に遭いました」


「衛兵隊は何をしているんですか?」

「『地区内の小競り合いには介入しない』の一点張りです。……おそらく、街の有力者の誰かが、彼らの後ろ盾になっているんでしょう」


レナさんの言葉に、この街の根深い腐敗の匂いを感じ取る。衛兵が動かないのなら、それはもうただの傭兵団ではない。 バルガス隊長が「近づくな」と忠告するわけである。


「この街の他の高ランクの方々にも相談はしたんです。ですが……」

彼女は言葉を濁し、悔しそうに唇を噛む。


「『報酬がリスクに見合わない』、『有力者の息がかかった傭兵団と揉めるのは得策ではない』……誰もがそう言って、首を縦に振ってはくれませんでした」

「……まあ、賢明な判断ではありますね。ビジネスとして考えれば」


私のその、あまりにも冷静な相槌に、レナさんの目に絶望の色が浮かぶ。

彼女は、最後の望みを託すように、私の手を握らんばかりの勢いで身を乗り出した。


「ですが、あなたは違うと聞きました! ヴェリスでのあなたの噂は、ただ強いだけじゃないと……! 困っている人を、見過ごしにはしない方だと!」


その必死な声が、私の胸に静かに響く。


「この依頼は、ギルドを通さない私個人の、非公式なお願いです。だから、報酬も……私の給金から捻出できる銀貨十枚ほどしか……。ですが、お願いします! あの診療所の薬が尽きれば、助かる命も助からないんです! 特に、体の弱い子供たちが……!」


その時、これまで黙って話を聞いていたエリスさんが、私の前に立つようにして、そっと割って入った。

彼女の声は、レナさんを気遣うように、静かで、しかし揺るぎない響きを持っていた。


「レナ、あなたの気持ちは痛いほど分かるわ。診療所の子供たちのことを、誰よりも心配しているんでしょうね」


その、思いがけず優しい言葉に、レナさんははっと顔を上げた。

エリスさんは、その目を真っ直ぐに見つめ、続ける。


「でも、だからこそ、冷静になりなさい。これはただの配達じゃない。街の有力者と傭兵団に喧嘩を売るのと同じよ。ギルドが匙を投げた汚れ仕事を、何のしがらみもない新人に、あなたの個人的な依頼として押し付けるのは……フェアじゃないわ」


エリスさんのその言葉は、正論であり、同時にレナへの深い同情に満ちていた。

レナさんは、ぐっと唇を噛み締め、何も言い返せずに俯いてしまった。

ギルドのホールに、一瞬だけ気まずい沈黙が流れる。


「エリスさん、ご心配、ありがとうございます」


私が穏やかにそう言うと、エリスさんは少しだけ驚いたようにこちらを見た。

私は彼女に、安心させるように小さく微笑みかける。


「あなたの言う通りです。これは、ビジネスとして考えれば、全く割に合わない仕事でしょう。リスクが高すぎますし、リターンも少ない」


そして、私は俯いているレナさんへと向き直った。


「ですが、レナさん。私はビジネスのためだけに冒険者になったわけではありませんので」


その言葉に、レナさんがはっと顔を上げる。


「街の子供たちが見殺しにされ、ならず者が大通りを占拠する。そんな街の在り方を、私はあまり好みません。……ええ、個人的な信条として、ですね」


私のその、あまりにも静かで、しかし揺るぎない宣言。

エリスさんは「……やっぱり」とでも言うように、やれやれと小さく息を吐いた。彼女には、最初から分かっていたのかもしれない。私がこの依頼を断らないことを。


私はレナさんの目を真っ直ぐに見つめ、はっきりと告げた。


「分かりました。その依頼、お受けします」


「……! ほ、本当ですか……!?」

レナさんの声が、喜びと信じられないという気持ちで震える。


「ええ。ただし――」


私はそう言って、人差し指を一本立てる。


「私にも、いくつか条件があります」


私のその静かな一言に、レナさんはごくりと喉を鳴らした。エリスさんも、私が一体何を要求するのか、興味深そうに見守っている。もっと高額な報酬か、あるいは危険な任務に見合うだけの特別な便宜か。誰もがそう思っただろう。


「まず、報酬の銀貨十枚は結構です。受け取れません」

「え……?」


「その代わり、『鉄の狼団』に関する全ての情報を、私に開示してください。メンバーの構成、活動記録、個々の戦闘能力……どんな些細なことでも構いません」


私のその要求に、レナさんは呆気に取られたように目を丸くした。


「次に、配達が完了した後、診療所が必要とする追加の薬品や物資があれば、そのリストを私に。ギルドの融通で、それらを卸値で融通していただけると助かります。これは、私から診療所への寄付ということにしてください」


「……!」


「そして最後に、この依頼はあくまで『配達』です。道中で何が起ころうと、それは配達の過程で起きた『事故』。ギルドは一切関知しない。……それで、よろしいですね?」


レナさんは、しばらく呆然としていたが、やがてその目に涙をいっぱいに溜めて、何度も、何度も深く頷いた。


「……はい! はい……! もちろんです! それでよろしければ、いくらでも……! ありがとうございます……! 本当に……!」



「さて、と。交渉は成立ですね」

私は踵を返し、その場を離れる。


「エリスさん、行きましょうか。少し、準備が必要になりましたから」

「ええ……そうね」


呆然とこちらを見つめる勇者一行や、遠巻きに囁き合う冒険者たちの視線を背中に感じながら、私たちはギルドの喧騒を後にしていく。

私の頭の中では、すでに鉄の狼団をどうやって「掃除」するかの算段が、静かに始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
レナがまだ配達先に言及していないにも関わらず、エリスが「診療所への配達」と言っているのが気になります。
あー!美味しいところで終わってる! 気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気に…
88話以降が読めません(エラー表示)になります
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ