騒がしい街と不穏な影
ガルドランの街に、私たちの奇妙な一行が足を踏み入れる。
その瞬間から、私たちは良くも悪くも、この街の注目の的となった。
「おい、見ろよ……本物のグリフォンだぜ」
「連れてるエルフ……とんでもない美人だな……」
道行く人々が足を止め、遠巻きにしながら囁き合う。露店の店主は呼び込みを忘れ、荷馬車の御者は呆気に取られて手綱を緩める。その視線は好奇心、畏敬、そしてほんの少しの嫉妬が混じり合い、まるで粘り気のある空気となって私たちにまとわりついた。
「……はぁ。やっぱりこうなるのよね」
隣を歩くエリスさんが、やれやれと肩をすくめる。
「少し、歩きにくいですね」
「少し、どころじゃないわよ。……とにかく、まずは宿を確保しましょう。ピヨを置けるだけの、大きな中庭がある場所を知っているわ」
彼女の案内で、私たちは大通りから少し外れた、比較的落ち着いた区画へと向かった。
そこにあったのは「風追い人の羽根亭」という、少し古びているが頑丈そうな造りの宿屋だった。
宿の主人は、カウンターの奥で帳簿をつけていた恰幅のいいドワーフだった。彼は私たちの姿を認めると、その太い眉をピクリと動かす。
「よう、エリス。また面倒事を持ち込んできやがったな」
「あら、人聞きの悪いこと言わないでよ、バルガーさん。ちゃんと正規の客として来たんだから」
「客ねぇ……。そっちのデカいのは、さすがに客室には入れられねえぞ」
主人のバルガーさんは、ピヨを顎でしゃくってみせる。その目は、驚きつつもどこか面白がっているようだった。
どうやらエリスさんは、この街のドワーフと妙に縁があるらしい。
「分かってるわよ。中庭、貸してくれるでしょ?」
「……まあ、あんたの頼みならな。ただし、他の客の馬を怖がらせるなよ」
そのやり取りは、長年の付き合いを感じさせる、気安いものだった。
「それと、そっちの美人さんは、新しい連れかい?」
バルガーさんの視線が、私へと向けられる。
「私の、自慢の相棒よ」
エリスさんが、少しだけ誇らしげにそう言った。
「リィアと申します。しばらくお世話になります」
私が丁寧に一礼すると、バルガーさんはその髭面をニヤリと歪ませた。
「おう、よろしくな。……それにしても、エリス。お前さんも隅に置けねえな。こんな“大物”をどこで引っ掛けてきたんだ?」
「大物……?」
私が小首を傾げると、バルガーさんはカウンターの上に広げられていた手配書やギルドの連絡票の束を、指でとんとんと叩いた。
「噂になってるぜ、嬢ちゃん。ヴェリスで古竜を討ったっていう、ゴールドランクの“深淵の魔女”様が、こっちに向かってるってな」
私が内心で溜め息をつくと、エリスさんは「ほら、やっぱり」とでも言いたげな顔で私を見た。
私の評判は、どうやら本人よりもずっと速く、この街までたどり着いていたらしい。
「ま、何だっていいさ。うちは腕の立つ冒険者を歓迎するぜ。部屋は二階の角部屋でいいな? 静かで眺めもいい。ピヨとやらも、そこから見える」
「ありがとうございます。助かります」
私たちは部屋の鍵を受け取ると、まずはピヨを広い中庭へと案内した。
彼は初めて見る街の風景に興味津々といった様子で、時折、空を見上げては嬉しそうに一声鳴いている。
「さて、と。ピヨも落ち着いたことだし、私たちはギルドに顔を出しに行きましょうか」
「そうね。移籍の登録と……あの乱闘騒ぎの続報も気になるし」
エリスさんのその言葉に、私は頷いた。
ガルドランの冒険者ギルドは、街の中心にそびえ立つ、巨大な石造りの要塞だった。
扉を押し開けると、むわりとした熱気と、怒号にも似た喧騒が私たちを包み込んだ。
「……すごい熱気ですね」
「ええ。ここは四六時中、こんな感じよ」
ホールは、依頼を探す者、酒を酌み交わす者、武具の手入れをする者でごった返している。
だが、その喧騒の奥に、どこか刺々しい、不穏な空気が漂っているのを私は感じ取った。
冒険者たちが、いくつかのグループに分かれて、ひそひそと何かを話し込んでいる。その表情は一様に険しく、時折、忌々しげに舌打ちする音も聞こえてきた。
「……やっぱり、雰囲気が悪くなってるわね」
エリスさんが、低い声で呟く。
「あの乱闘騒ぎの影響ですか」
「間違いないわ。……それにしても、随分と物騒な連中が入り浸るようになったものね」
彼女が視線で示した先には、黒い革鎧で統一した一団がいた。彼らは他の冒険者たちと距離を取り、まるで自分たちの縄張りを主張するかのように、一つのテーブルを占拠している。
その態度も雰囲気も、ただの冒険者ではない。
「あの連中……見ない顔ね。傭兵かしら」
エリスさんが訝しげに眉をひそめる。
「ええ、おそらく」
私は、バルガス隊長の言葉を思い出していた。
『相手は、この街の連中じゃねえ。どこからか流れてきた、腕利きの傭兵団だ』
「バルガス隊長が言っていたのは、きっと彼らのことでしょう」
私のその言葉に、エリスさんは「……なるほどね」と納得したように頷いた。
「道理で、周りの空気がピリピリしてるわけだわ」
ちょうどその時、傭兵団の中心に座る、一際体格のいい男がこちらに気づき、嘲るような、値踏みするような笑みを浮かべた。
その視線は、獲物を見つけた蛇のように粘りついている。
(……どうやら、面倒事の方からこちらにやって来そうですね)
「……面倒な連中に目を付けられたわね」
エリスさんが、やれやれと肩をすくめる。
「ええ。ですが、今は私たちの用事を済ませる方が先決です」
カウンターの向こうでは、栗毛の髪をポニーテールにした快活そうな受付嬢が、他の冒険者の対応に追われていた。やがて私たちの番が回ってくる。
「はい、次の方。ご用件は?」
「ヴェリスからの移籍登録をお願いします」
私とエリスさんがプレートを差し出すと、受付嬢は私たちの顔とプレートを交互に見て、ぴたりと動きを止めた。
特に、私のゴールドランクのプレートを見た瞬間、彼女の目が大きく見開かれる。
「……あなたが、リィア・フェンリエル……“深淵の魔女”様、ご本人?」
「ええ、まあ……。その二つ名は不本意ですが」
そのやり取りは、思った以上に周囲の耳目を集めたらしい。
ホールの一角にいた、練度の高い気配を放つ一団が、こちらを振り返った。
(……結城、大和さん……高坂、静流さん……)
見覚えのある顔。いや、忘れるはずもない顔。
彼らもまた、仲間たちと真剣な顔で依頼書を吟味していたが、こちらの騒ぎに気づいたのだろう。
その視線には、驚きと、強い警戒の色が浮かんでいた。
(まさか、こんなに早く再会するとは。……順調に、強くなっているようですね。ですが……あの焦りは何でしょう。何かに追われているような……)
私が、かつてのクラスメイトの存在に気づいた、まさにその時だった。
受付嬢が、何かを決心したように、身を乗り出してきた。
その声は、周囲のざわめきを打ち消すほど、切実な響きを帯びている。
「あの……リィア様。もし、よろしければ……一つ、お願いできないでしょうか」
「お願い、ですか?」
「はい。実は、南地区の乱闘騒ぎで、衛兵もギルドも手が回らなくて……。ある“お荷物”の配達が、完全に滞ってしまっているんです」
彼女のその言葉に、私はゆっくりと向き直った。




