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中継都市の玄関口

目の前には、巨大な地下空洞の通路を完全に塞ぐ形で、岩盤そのものを削り出して作られた巨大な城壁がそびえている。その中央には重厚な鉄格子が下ろされたゲートがあり、さながら関所といった様相だ。

私たちが近づくにつれて、道行く商人や冒険者たちがピヨの巨体に気づき、どよめきが波のように広がった。


その騒ぎを聞きつけ、関所のゲートから隊長らしき顔に傷のある男が、数人の部下を連れて出てきた。彼は目の前の光景に一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに落ち着きを取り戻し、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。


「よう、エリス。しばらく見ないと思ったら、とんでもないのを連れてきたな」

「久しぶりね、バルガス。見ての通り、少し大きな相棒ができたのよ」


旧知の仲らしい軽口を交わした後、バルガス隊長は私に視線を向けた。


「嬢ちゃん、あんたがそいつの主人か。悪いが、街に入るなら手続きが必要だ。あそこの出張所で、従魔の臨時許可証を発行してもらってくれ」


彼が指差したのは、関所の脇に設けられた「従魔管理協会」の詰所だった。そのあまりにもスムーズな案内に、私は少しだけ感心する。


「分かりました。すぐ済ませてきます」

「ああ、頼む。……それと、身分証もな」


私は頷き、自分のプレートを提示した。重厚な黄金の輝き。

バルガス隊長はそれを見ると、片方の眉を上げ、ふっと鼻で笑った。


「……ゴールド、ね。ヴェリスで古竜を討ったって噂は本当らしいな。歓迎するぜ、“深淵の魔女”殿」

「もしかしなくても、その二つ名ってもうすでに広まっちゃってるんですか……?」

「俺が付けたわけじゃねえ。文句なら、噂好きの吟遊詩人にでも言え」


「…出会ったら言うつもりですよ。ところでバルガスさん、一つお聞きしたいのですが……門の内側で何かあったのですか?」


私のその一言で、バルガス隊長の顔から軽口が消える。

彼の表情が、一瞬で険しいものへと変わった。


「……鼻がいいんだな、嬢ちゃん」


彼は声を潜め、周囲を警戒するように視線を走らせた。


「トラブルだ。それも、かなり厄介な、な。……つい半刻ほど前、南地区で大規模な乱闘騒ぎがあってな。衛兵が駆けつけた時には、もう何人か死人が出てた」

「乱闘……? 冒険者同士の喧嘩ですか?」

「だとしたら、まだマシだったんだがなぁ……」


バルガス隊長は、苦々しげに言葉を続けた。

「相手は、この街の連中じゃねえ。どこからか流れてきた、腕利きの傭兵団だ。やり方が汚え。……お前さんたちも、街に入ったら、南地区にはあまり近づかねえ方がいい。特に、そのデカい相棒は目立つからな」


その忠告は、彼の個人的な親切心から来るものだろう。

私たちは無言で顔を見合わせる。


「ご忠告、感謝します。では、早速手続きを済ませてきますね」


私とエリスさんは、ピヨを伴って、彼が指差した関所脇の詰所へと向かった。

「従魔管理協会 ガルドラン出張所」と書かれた、古びた木の看板が掲げられている。


扉を開けると、中は意外なほど静かだった。

カウンターの奥で、眼鏡をかけた初老の男性職員が、山積みの書類にうんざりしたような顔で羽ペンを走らせている。


「……はい、ご用件は」


彼はこちらを見もせずに、事務的な声を投げかけてきた。

エリスさんが、呆れたようにカウンターをこつんと叩く。


「おい、客が来たわよ、グスタフさん」

「ん……? おお、エリスじゃないか。久しぶりだな」


顔を上げた職員――グスタフさんは、エリスさんを見ると少しだけ表情を緩めたが、その後ろに立つ私の、さらにその奥に控える巨大な影に気づいた瞬間、その動きが完全に止まった。眼鏡が、鼻の先までずり落ちている。


「……エリス。冗談だろう……? なんだ、そいつは……」

「見ての通り、グリフォンよ。この子の相棒なの。それで、臨時許可証の発行をお願いしに来たわ」


グスタフさんは、震える指で眼鏡を押し上げると、私とピヨを何度も見比べ、やがて深いため息をついた。

「……分かった。書類を出す。主人であるあんたの名前と、所属、ランクを」


彼が差し出した羊皮紙に、私は自分の名前を記入し、ゴールドランクのプレートを提示する。

その黄金の輝きに、グスタフさんの目が再び点になった。


「エルフでゴールドランク……? 君があの“深淵の魔女”か!」

「その二つ名、定着しちゃったんですね……」


私が苦笑すると、彼は奥から魔力を測定するための水晶玉を取り出してくる。


「……では、測定を始める。グリフォンをこの水晶に触れさせてくれ。魔力量と危険度を計測し、ランクを判定する」


グスタフさんはそう言って、人頭大ほどの水晶玉を作業台の上に置いた。

私はピヨに、優しく声をかける。


「ピヨ、少しだけ、この玉に触れてもらえますか?」

「キェェ」


ピヨは心得たとばかりに、その鋭い鉤爪の先端を、そっと水晶玉の表面に触れさせた。


水晶玉が、強い蒼い光を放つ。

水晶に埋め込まれた計測用の魔石の針が、勢いよく目盛りを駆け上がり……そして、「B」の文字を少しだけ超えたあたりで、ぴたりと止まった。


「……ランクB+、か。上々だな」


グスタフさんは、安堵と感嘆が入り混じったような息を吐いた。

「シルバーランクのエースが連れている魔獣でも、なかなかこの数値は出ねえぞ。お嬢さん、あんた、とんでもないのを手懐けたもんだ」

「ええ、私の自慢の相棒ですから」


私がそう言って微笑むと、グスタフさんは私を見つめ返した。

「これほどの従魔の管理は、主人に全責任が課せられる。街で問題を起こせば、ギルドからの厳罰は免れん。その覚悟があるんだな?」


「はい。約束します」


私のその、迷いのない返答に、彼はようやく納得したように頷くと、許可証に「ランク:B+」と、丁寧な文字で書き込んだ。


詰所を出ると、エリスさんが私の手の中の許可証を見て、楽しそうに吹き出した。

「ふふっ……ランクB+のグリフォンに、『ピヨ』って名前……あなたのそのネーミングセンスはどこからきてるのかしら?」


「仕方がありませんよ。彼が可愛いのは事実ですから」


私がそう言って肩をすくめると、ピヨは「当然だ」とでも言うように、誇らしげに胸を張った。

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