悪趣味な模倣人形
「結構です。ここで聞かせてください」
私が即答すると、今度はジャックさんがきょとんとした顔をした。
「……え、いいのかい? ここじゃ誰が聞き耳を立ててるか……」
「大丈夫ですよ。もう、立てている人はいませんから」
私がそう言って、店の入り口の方へちらりと視線を送る。
ジャックさんとエリスさんが釣られてそちらを見ると、店の内外の音が、まるで分厚い壁に隔てられたかのように、すっと遠くなっていることに気づいた。
私がこの店に入った瞬間、店の扉を中心に薄い魔力の膜を展開させておいたのだ。
外の音はこちらに届かず、こちらの声も外には漏れない。簡単な防音結界ですよ。
プライバシーは守られるべきですからね。
「……ははっ。なるほどね。あんた、とんでもない“お姫様”だ」
ジャックさんは観念したように両手を上げると、再びカウンターの椅子にどかりと腰を下ろした。
「分かったよ。ここで話そう。だが、情報料はきっちりもらうからな」
「ええ、もちろんです」
ジャックさんは組んでいた足を直し、面白そうに私とエリスさんを交互に見た。
「第20階層の番人、ギルドの連中は大層に“賢者の戯れ”なんて呼んでるがね。俺に言わせりゃ、ありゃただの“悪趣味な模倣人形”さ」
「模倣人形ですって? ……具体的には、どういうことよ」
エリスさんが、訝しげに眉をひそめる。
彼女もその名は知っていても、正体までは掴めていなかったらしい。
「言葉通りだよ、エリス。あれはな、戦った相手の技をぜーんぶ“覚える”んだ。剣技も、魔法も、お前さんのその綺麗な顔をしかめる癖まで、な」
「……口の減らない男ね」
ジャックさんはエリスさんのツッコミをひらりとかわすと、今度は私に向き直った。
「例えばだ。ゴールドランクパーティのリーダー“不動の剣”のガストン。あいつが自慢の必殺剣を叩き込んだとするだろ? 番人はその一撃をきっちり耐えきる。そして次の日、別のパーティが挑んだらどうなると思う?」
(不動の剣のガストン……初めて聞く名前ですね)
「必殺剣を模倣した番人にやられたんですか?」
「ご名答。その必殺剣を、今度は番人の方がそっくりそのまま使ってくるってわけさ。もちろん威力は本家ほどじゃないかもしれんが、対策を知らないパーティからすりゃ悪夢だろ? おかげでガストンの奴、自分の技が原因でルーキーが半壊させられて、しばらく酒浸りだったぜ。笑えるよな?」
笑えない。けれど、その情報はあまりにも重要だった。
私は静かに質問を挟む。
「学習、ですか。それは戦闘中にリアルタイムで行われるのでしょうか? それとも一度記録したデータを、次の戦闘で再生するタイプでしょうか」
私の、あまりにも専門的な問い。
ジャックさんの目が、ほんの一瞬だけ、楽しそうに細められた。
「……いいところに気づくねぇ、お嬢さん。両方だ。戦闘中に相手の動きに適応し、さらに戦闘が終わればそのデータを完全に保存する。そして、次に現れる挑戦者には、過去に蓄積した全てのデータの中から最適な技を選んでぶつけてくる。戦えば戦うほど、相手のデータを吸収して、どんどん賢く、そして強くなる。それが“賢者の戯れ”の正体さ」
「……なるほど。悪趣味、という言葉の意味がよく分かりました」
「だろ? 作った奴は相当性格が悪いぜ。保証する」
ジャックさんはそう言うと、エールを一口呷るように、机の上のグラスをくいと傾けた。
中身はただの水だったが、その仕草はいやに様になっている。
「……そんなの、どうやって倒せって言うのよ。後から挑むパーティほど不利になるなんて、反則じゃない」
「反則だろうねぇ。だから誰もクリアできないのさ」
ジャックさんはあっけらかんと笑う。
まるで面白い見世物の話でもするかのように。
絶望的な情報。普通なら、ここで諦めて踵を返すのが賢明な判断だろう。
だが、私の胸の内は不思議と静かだった。
それどころか――。
(なるほど。これは面白い)
まるで複雑なパズルを前にした時のような、静かな高揚感が湧き上がってくる。
その私の様子に、ジャックさんが気づいた。
「……おや? 普通はここで絶幕するか、俺に八つ当たりするかのどっちかなんだがねぇ。お嬢ちゃん、まるで怖くないって顔してるな?」
「いいえ、怖いですよ。貴重な装備や魔法を、むざむざ敵にくれてやるのは御免です」
私がそう言って微笑むと、エリスさんが「そういう怖さじゃないでしょう!?」と鋭いツッコミを入れてくる。
私はそのツッコミを笑顔で受け流し、続けた。
「ですが、ルールが分かれば対策は立てられます。そうでしょ?」
ジャックさんは、私のその落ち着き払った様子に、しばらく呆気にとられたような顔をしていたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
「ははっ、ははは! あんた、やっぱり普通の美人じゃないな! 頭のネジが何本か外れてるか、あるいは俺たちには見えないものが見えてるか、どっちかだ!」
彼は涙を拭いながら、ようやく笑いを収めると、少しだけ真面目な……いや、真面目ぶった顔つきでこちらを見た。
「ま、俺からのアドバイスは一つだけさ。あれは“戦う”相手じゃない。“口説く”相手でもない。諦めてさっさと帰って、俺とここで一番美味い酒でも飲むのが、一番の正解だぜ?」
その軽薄な忠告。
だが、その瞳の奥には、ほんの僅かに、試すような光が揺らめいていた。
この私が、本当にその難問を解けるのかどうか。この情報屋は、それを面白がって見ているのだ。
「魅力的なご提案ですが、生憎と、まだお酒の味はよく分からなくて」
私は静かにそう返すと、カウンターに約束の金貨を追加で置いた。
「素晴らしい情報でした。おかげで、無駄死にしなくて済みそうです。ありがとうございます」
私のその態度に、ジャックさんは心底面白そうに肩をすくめた。
「そりゃよかった。俺の美女コレクションが一人減るのは、世界の損失だからな。……ま、気が変わったら、いつでも飲みに来な。歓迎するぜ」
彼がウインクと共にそう言うのを背に、私とエリスさんは“鼠の穴”を後にした。
再び迷宮の通路に戻ると、外の空気がひどく新鮮に感じられる。
「……本当に、食えない男だったわね」
エリスさんが、こめかみを押さえながら深い溜め息をついた。
よほど気疲れしたらしい。
「ええ、でも情報は本物でした。おかげで道筋も見えましたし」
「道筋ですって? あんな話を聞いた後で? どんな攻撃も学習されるのよ。正攻法じゃ絶対に勝てないわ」
彼女の心配はもっともだ。
だが、私の頭の中には、すでに一つの答えが浮かび上がっていた。
「ええ。だから、“攻撃”ではないもので、決着をつければいいんですよ」
「攻撃じゃないもの……?」
不思議そうに首を傾げるエリスさんに、私は悪戯っぽく笑いかける。
腰に下げた杖ロゴスの、先端に埋め込まれた翠の宝玉をそっとなぞりながら。
「たとえば……そうですね。ただの石ころを、星が落ちるくらいの速さでぶつけてみるとか」
「……あなた、本気で言ってるの?」
呆れたようなエリスさんの声。
私はそれに答えず、ただ迷宮の奥を――まだ見ぬ第20階層の方向を見据えた。
「ふふ、どうでしょうね。でも、俄然、面白くなってきました」
私のその、自信に満ちた横顔。
エリスさんはそれ以上何も言わず、ただ「やれやれ」とでも言うように、小さく息を吐くだけだった。




